第3話
週三日のビーチの練習は一対一、三対三、五対五のミニサッカーを中心に一応、フォワード、ディフェンスの攻守の役割を決めて全体のフォーメーション練習と戦術的なステージに突入していく。この砂上の練習は実に体に堪えた。
さらに本格的に練習は進み、ラインの上げ下げからサイドチェンジの揺さぶりなど年が明けて二月の厳寒時にはサーファーガールズは完全に湘南のサッカーガールズに変貌をとげようとしていた。だだし、問題が二つ。
一つ目は、グランドの問題にも起因する、皆無な実践の経験。
もう、全員が十一対十一の実践に突入したかった。良くも悪くも、みんな、こんな地味な練習には我慢していられなかった。自分たちのサッカーの実力、レベルの確認をしたかった。実際、ビーチではたまに小学生、中学生の男の子達とミニサッカーで勝負をしてはいたが、最初は小学生と好勝負くらいが精一杯だったが、今ではそこらの中学生には完勝できるレベルに達していた。
二つ目の問題は人数。サッカーは十一人。現メンバーは設立一ヶ月以上を経過して増員なしの七名限り。これでは、ちゃんとした試合をしたくたって無理がある。テニス、ゴルフじゃあるまいし、
「ねぇねぇ、今度の日曜日、サッカーやんない?」
などとクラスの誰かを誘ったって、お嬢様大学の誉れ高いここでは、全く相手にもされない。されど試合やるには、あと最低は四人。しかし、誰でも良いか、というとそれも全員が躊躇。やっぱりスポーツとギャンブル、それに恋愛は勝つから面白いわけで、私たちのサッカーの目的は「勝利」への執着、こだわり。これ、メンバー全員の共通認識だったから恐るべし。
★
対戦相手とグランドの手配は、こっちの人数が揃ってからの話ではある。てな、話を家族の団欒、すき焼きを食べながら母親とおばあちゃんと喋っていた。
突然、齢、六十九才の好江おばあちゃんが、
「よっし、これは私の出番だわ!」
などと言う。
「今日子、ここは一つ、おばあちゃんに任せなさい。実はね、もう、いろいろ区役所とか行って情報はあるんだから、ちょっと待ってておくれ」
と自分の部屋から小洒落た青山・紀伊国屋の袋を持ってきた。なんだ、なんだって私と母親は袋の中の書類を出すおばあちゃんを見つめていれば、出てくるのは東京都サッカー連盟の登録申請書に加盟チームリストから、千代田区所轄のグランド申込書など一式。どうやら、サッカー好きの祖母としては孫娘のサッカー選手としての大成を夢見てひと肌脱いだというか、ここ数ヶ月暇を潰してここ一番、いろいろ研究に研究を重ねていたらしかった。とはいえ、これも嬉しい話で翌日学校に行ってさっそくメンバーに言ったら、みんな大いに喜んでくれた。
もうすぐ七十才の我が家のおばあちゃんは、もう大好きなサッカーなんぞに絶対に関われないと諦めかけていた人生の終局を一発逆転、我がサッカー部のマネージャーに就任することに決定した。
そして、私たちは残された大きな問題の解決、人選に向けて頭を悩ます。
あと四人いないと私たちの夢見るオリンピックロードは始まらない。
★
私のクラス、学部には使えそうな人材はどうにも見当たらない。でも、ひとり前々から、選択のスペイン語のクラスに気骨のありそうなヤツ、前から気になっていたとっても取っつき難そうで、目つきの悪い女がいた。
この女、我らの調査によると名前、田崎マコト、所持するタバコはハイライト。ピアス計六穴。いつもつまらなそうな顔をして教室の一番後ろに座っている、絵に描いたような元ヤンキー。高校のクラスには必ず一人か二人は存在する古典的な不良系、私はとってもよくわかる。そう、よくわかるのも当たり前、自分自身、不眠不休の夜遊び女王の不良からサーフィンに転向した十七才の春にめでたく更生した人間ゆえ、この元ヤンキーに同じ臭いを感じ取った。
今年最後の授業は十二月二十日。
スペイン語は水曜日の二時限。十時四十分から十二時まで。田崎マコトは今日も、ふてくされた顔で教室の一番後ろに座って週刊モーニングを読んでいる。ボディラインがクッキリの黒のピッタリしたセーターにベージュのタイトスカート。結構いいカラダをしている。
私は、彼女の横に座った。授業も中盤、少々の惰眠から目覚めて、
「お願い事あり、あとで少々のお時間いだだいたく。当方、和泉今日子、決して怪しいものでもレズでも、喧嘩を売っているわけでもなく」
そう書いて横で寝ている田崎マコトの机にメモを置いた。が、気がつかない。ガムの包み紙を丸めて寝ている顔に投げ付けてもビクともしない。しょうがないので、私はヤツの脇腹をシャープペンの角で突っつけば、今度は思わずギャッと声をあげてのけぞった。
何事かと目をキ見開き私の方を見れば、私はニッコリ微笑んで、置いたメモを指さした。
授業が終わり、皆がガタガタと席を立ち始めた時、私は彼女に声をかけた。
「ねぇねぇ、そんなわけでさ、ご飯食べに行かない?師走ですしぃ、一杯引っ掛けるもよし」
「師走って、アンタ、誰、何?」
彼女は私を無視して立ち上がり、スタスタと廊下に向かおうとする田崎マコトの襟元を私はグッと掴んで引き止め、腕を逆手に絞め技を決めた。田崎は逆手を返し、私の手首を明後日に向けて絞りあげる。とっさ、私は空いている左手で彼女の襟をとって絞めれば田崎はギャフっと唸った。
「ね、マコトちゃん、お願いよ」
「げ、なんで私の名前知って・・・苦しい」
「ね、サッカーしない」
「馬鹿じゃないの」
「ね、オリンピック行かない?」
と私はさらに襟を締め上げた。
「ね、行くでしょ」
「いぐ。オリンピックいぐ」
彼女は海老反りながら突然の誘いに観念。
この田崎マコトと私の軽快なテンポ、リズムのやり取りに何やら私は二人のコンビの将来を暗示する光明を感じた。
学校から神保町に向かう途中にある女子大生好みのするイタメシ屋、いやいや私達二人はアウンの呼吸で路地裏のお寿司屋さんの暖簾をくぐった。入店時刻、ランチ客が引き始めた午後一時三十五分。私が所持する選手勧誘軍資金二万円。
★
もう、何時間こうして私たちは飲んでいるのだろうか。時、既に、飲酒継続はゆうに十時間以上経過してるようだった。そんな記憶の回路は夕方、午後五時過ぎには完全崩壊しており、サッカー部の説明、勧誘、説得から今ではただの酔っ払い娘、楽しいばかりの飲酒の宴に突入していた。とにかく、私達は二人ともメチャクチャ負けず嫌いで、つげば飲む、飲めばつぐの繰り返しで「もう飲めない」なんぞ一切口に出さぬお似合いのタイプであることが解った。ゆえにガンガンつげばつがれて杯は進む。
夜の客が二、三巡もした頃だろうか、ふと気が付けば板場のオヤジは姿を消して小上がりでうつ伏せに倒れこんで寝ていた。カウンターには空いたポン酒のとっくりが溢れんばかりに転がっている。寿司屋に客は私たちだけ。突然、立ち上がった田崎マコトは漫然と店の裏側に入り込み冷えたビールを持ってきた。
「日本酒、飽きた。ビールで一休み」
グビっとやって美味しそうに口の上に白いヒゲを作った。
壁に貼られたビール会社のキャンペーンガールがニッコリ微笑むその下には、白ベタに黒ゴシックで「飲酒は二十歳になってからの」の文字も白々しく。
「アンタ、気に入った。私、サッカーやってあげる」
「あんがと。でも、マコト、さっきオリンピックいぐって約束したじゃん」
「違う。私が、サッカーやってあげんの」
酔いで噛み合わぬか合うかはともかくも、田崎マコトは、私の誘いを引き受けたことをさっきから何回も大声で恩ぎせがましく言う。どうやら高校時代は弱小チームを率いてバスケットでインターハイ出場、運動神経にはかなり自信があるというから頼もしいかぎりだった。
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