第3話
中学、高校では直交座標系が使われる。デカルト座標系とも呼ばれるこの座標系は、二次元であれば(1, 2)とか(-√5, 23.4)といったようにxとyに実数の値を指定してやればどこに点があるかがちゃんとわかる。高次元への拡張も単純で三次元なら(1, 2, 3)と3つのパラメータがあれば良いし、実際に想像できるかは別問題として四次元なら(1, 2, 3, 4)と4つのパラメータを用意すれば良い。イメージとしては二次元なら長方形、三次元なら直方体、四次元以上は超直方体(これは超立方体を参考に作った私の造語である)の頂点の一つを原点に合わせて、反対側の頂点で場所を決めている感じだ。このイメージがすんなりできるなら、平行四辺形や平行六面体でも座標の位置を決められることがわかるだろう(斜交座標系という)。実際は長方形や直方体が持つ「直角(直交)」という性質がなかなかに便利であるので、斜交座標系を使うことは稀である。
ただ、長方形や直方体が万能かと言われればどうだろうか? 例えば、二次元で一番美しい立体と言われたら、みんなは何を思い浮かべるだろうか。私は迷わず「円」と答える。円周上の点はどれも中心からの等距離にあり、どれか一点を指定したければ偏角θを決めてやれば良い。これが極座標系の考え方だ。円座標であれば、(r, θ) = (2, 30°)のとき、原点からの距離が2でx軸からの偏角が30°である座標であるとわかり、それ以外の点にはなり得ない。このように、直交座標系のように距離を2つ指定する代わりに、距離と角度を1つずつ指定しても座標の位置は決まるのである。もちろん、直交座標系と極座標系は互いに変換することが可能で二次元の場合は
x = r cosθ
y = r sinθ
となる(r =,θ = の式はちょっと条件が必要になるのでここでは割愛)。(r, θ) = (2, 30°)であれば(x, y) = (√3, 1)となる。特に複素数平面(z = x + iy)を扱うときはこの変換のイメージをしっかり理解しておく必要がある。というのも、複素数の計算は原点からの距離と偏角の計算に帰着できるからである。
そして、この極座標表示は三次元にも拡張できる。拡張の仕方は簡単で先ほど決めた円座標にz軸からの偏角φを追加すれば良い。x, y, zとの関係式を書くと以下のようになる。
x = r sinφcosθ
y = r sinφsinθ
z = r cosφ
式の置き方はこの限りではないが、一度図を書いて見ればどのように対応するかわかるだろう。もちろんこれもr, θ, φの式に書き換えることができ、3つの距離を指定する代わりに1つの距離と2つの偏角を定めることでも三次元座標を決めることができるのである。
ただし、極座標系は原点中心に考えるときはかなり有用であるが、原点ではない点と点の相対的な関係を記述するのには向いていないという弱点がある。直交座標系と極座標系は問題に合わせてうまく使い分けるのが重要だ。
さて、ここまで駆け足で、しかも長い導入になってしまったが、私の言いたいことは次の通りである。
彩花ちゃんを見つめるためのベストポジションは「彩花ちゃんの胸の位置を原点とし、彩花ちゃんと私を結ぶ直線で私側をx軸の正方向と定めると極座標系で(r, θ, φ) = (50cm, 15°, 60°)」である!!!
まず、顔が不自然な位置になく、ここであればノートを見ているように思われれるだろう。しかし、ちょっと視線をずらせば、彩花ちゃんの綺麗な横顔、美しく映える長いまつ毛、そして下に落とせば鎖骨はもちろん、Tシャツから垣間見える下g――
「うーん、どうしてもlog(i)の値がわからないんですが……って、どうかしました?」
「いや、なんでもない、なんでもない!!」
急にこっちを見るから視姦しているのがバレたかと思った。JKを視姦して家庭教師初日からクビとかシャレになりませんよ。
一旦深呼吸して、今度は彩花ちゃんのノートをちゃんと見る。(5) i^i の問題だ。先ほど求めたn^s = n^σ (cos(t log(n)) + i sin(t log(n)))の式にn = i, s = i (σ = 0, t = 1)を代入して、
i^i = cos(log(i)) + i sin(log(i))
まで導いたのだが、ここで完全に止まっていた。私にとっては予想通りの解答ではあった。
「logの複素数での値はこんな感じに定義はできるんだけどね」
そう言いながらノートに1つ式を書き足す。
log z = log |z| + i arg z
「えーあーるじー?」
「アーギュメント。数学だと偏角って意味だね。まぁこれについては後で説明しよう」
と言いつつ、ここでざっくり解説しておくとargは先ほどの極座標で説明したθのことである(ちなみに|z|はrに対応する)。例えば、zが正の実数であれば高校生がよく見ているlogの定義と何ら違いはない。z = √3 + iであれば、θの1つは30°(ラジアンにするとπ/6)だったので"arg z" = π/6となる。もちろんこれだと不十分で、θには2π分の自由度があるため、正しくはarg z = π/6 + 2nπ (nは整数)となる。よってlog(√3 + i) = log 2 + i(π/6 + 2nπ) となる。log zのように、1つの値に対して複数の値を返す関数のことを「多価関数」と呼ぶ。高校までは1つの値に対して1つの値しか返さない「一価関数」しか扱わないため、この多価関数は大学での数学の難易度を一気に上げる難敵とも言える。とは言え多価関数は扱いづらいので、実際は偏角の範囲を例えば-π < arg z ≦ πに制限してlog(√3 + i) = log 2のようにlog zの中から1つ「主値」を決めてしまうことがほとんどである。このように主値を決めて問題ないときはそのまま議論を進めるが、時たまうまく扱わないと問題が発生することもある。が、それはまた別の機会に。
本題に戻ろう。
「このlog zを使えばi^iは求められるけど、実はこれを使わなくても求まるんだよねー」
「えっ、どうやるんですか?」
「ヒントは……オイラーの公式にπ/2を代入!」
キョトンとした顔を見せながら、彩花ちゃんは言われた通り、オイラーの公式を再び計算する。すぐに、
e^(iπ/2) = cos(π/2) + i sin(π/2) = i
という式を導き出した。
「じゃあ、あとはその式をじっと見てごらん」
「えっ? うーん……」
しばらくの間、ノートをガン見する彩花ちゃんを私はガン見する。
「あっ!」
そして、閃いた彩花ちゃんがノートに色々式を書き記していく様子を私は依然、ガン見し続ける。
結構集中してるし、スマホで隠し撮りしてもバレないんじゃないかな? 一枚ぐらい、記念に、いいよね?
そっとスマホを取り出しカメラを無垢なJKに向けたところで、その画面に映る美少女がこちらを向いていたことに気づく。
「こうですか!?」
「えっとっ、あっ、見るね」
慌ててスマホを隠し、可及的速やかに職務に戻る。脳みそと目ン玉をフル稼働させてノートを確認。
i = e^(iπ/2)
両辺i乗して、
i^i = (e^(iπ/2))^i
= e^((i^2)π/2)
= e^(-π/2)
「おっ、いい感じ! でもあともうちょっとかな」
「えっ? これが答えじゃないんですか?」
「これも答えだけど、まだあるんだよねぇ」
賢い人はもうおわかりかもしれないが、z^iは多価関数だ。
「i = e^(iθ)を満たすのって別にθ = π/2以外にもあるよね?」
「あっ、あ! そうか! θ = π/2 + 2nπも解になりますね」
急いで自分で口にした言葉をノートに書き写し、再び同じ計算を行う。
i = e^(i(π/2 + 2nπ)) (nは整数)
両辺i乗して、
i^i = (e^(i(π/2 + 2nπ)))^i
= e^((i^2)(π/2 + 2nπ))
= e^(-(π/2 + 2nπ))
「今度こそどうですかっ!?」
「うん、正解だね」
「やった!」
「ちなみにGoogle先生に『i^i』って入力すると彩花ちゃんが最初に出してくれた主値e^(-π/2) ( = 0.20787957635)の値をサジェストしてくれるんだよね」
そう言ってさっき隠し撮りをしようとしていたスマホの画面を見せる。
「えっ! ほんとですか!? ほんとだ!」
その驚き顔を是非とも1枚の絵に収めたいのですが、他のアプリが起動していても勝手に写真が無音で撮れるアプリ、誰か開発してくれませんかね?
「複素数って計算できるんですね……実際には存在しない数なのに、実数と同じように計算できるのってなんだか不思議ですね」
その言葉に反応して私はドヤ顔でこう言った。
「
「???? 一体どういうことですか?」
「あー、えぇっとですね……」
そうして滑ったギャグを懇切丁寧に解説するすごい寒いことをするのであった。
素数な微少女と素敵な美少女 瀬々院 @nessie_sesein
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