第57話 最終回 ミキの記憶
どうやら、1992年に戻ってしまっている。
「タクヤ、おはよう」ミキは元気に歩いている。杖なんてついていない。15歳の美しい芸能人オーラを漂わせたミキだ。
「あ、ミキ…あのさ」
「ん、何?」
えっ、これは夢なのか。怖くて確かめられない。
「あのさ、初夢どんな夢見た?」
「えっと…、覚えていない! キャハ!」とミキは嬉しそうに笑った。
そして、お雑煮を食べた後、僕たちはおばあちゃんに言われるがままに祈りの課題を紙に書いた。25年前と全く同じだ。
「なんだよ、全部夢なのかよ」僕は心のなかで悪態をついた。
「ミキと一緒にいることができますように」と僕は25年前と同じように書いて四つ折りにたたんで、缶の中に入れた。ミキも同じようにした。
前回と違うのは、ミキの祈りの課題を見ることが出来たこと。
「タクヤのお嫁さんになれますように」と書いてある。ああ、これを確認していれば、僕はミキを疑うことがなかったかもしれない。疑わなければ、ダンプカーにひかれることもなかったのかもしれない。
「さあ、これを教会の屋根裏部屋に運んでね。5年後祈りがきかれているかどうか、もう一度教会に見に来なさい」
おばあちゃんは、僕たちを屋根裏部屋に案内した。
「しばらく、二人で祈りなさい。祈り終わったら降りて来なさい」
と、言って、僕たちを二人にした。
その時、ミキは耳を疑うようなことを言った。
「カズヤ、助けてくれてありがとう」
「えっ」
「私、はっきり覚えているわ。40歳で母に放火で殺されたのよ」
ーいったいどういうことだ。
「神様出てきて!」僕は神様に叫んだ。
すると、声だけが聞こえてきた。
「ごめんごめん、熱すぎて、まちがえて過去に時間を飛ばしてしまったよ」
「ええ、何この声!」ミキは大きな声をあげた。僕は思わず口をふさいだ。
「あのさ、これ本当に神様なの」
「ええ、本当にいるんだ…なんかお化けみたいだね」
「ええっとあんまりここにいると、この世の中の調和を壊してしまうから。人間の自由意思を侵害してしまうから、手短に話すね」
「はい」僕たちは硬い表情で答えた。
「記憶はそのまま残してあげるから、君たちは人生をこれからやり直してみなさい。
過去に飛ばしてしまったのも何かの意味があると私は信じるよ」
「神様、ありがとう。これでミキと一緒に同じ時を重ねられるんだね」
「そうね、わざわざ16歳差カップルになんてならなくていい」
僕たちは手をとって喜んだ。
「おばさんになっても愛してくれたあなたのこと絶対忘れない」
「僕も君を絶対に幸せにする」
そう言って僕はミキの唇の自分の唇を近づけようとした時、
「やめい!」という声が聞こえてきた。
「ーキスはだめだぞ。ここは教会だし、君たちはまだ10代だ。心身ともにおとなになって、一人前になって結婚をしてから好きなようにしなさい」
僕たちは、屋根裏部屋で会議をした。
まず、ミキの母が今の時点で、岩井さんとミキが男女の関係であることを知っている。このことを確認した。
「ミキ、何十年も恨みが積み重なってお母さんの殺意になっただろう、今回」
「そうだよね」ミキは腕組をしている。本当に若い。可愛い。
「これさ、最初から謝ろう」
「えっ」
「だってさ、これうやむやにしたことが問題だったんだよ。僕もついていってあげる。岩井さんとお母さん、ミキと僕で4人で集まって、話し合おう」
僕たちは、教会を出て、ミキの家にまっすぐに向かった。
ミキは全てを話した。
「ごめんなさい、お母さん。私は岩井さんを困らせようと思ってあんな話を持ちかけてしまって…。岩井さんの恋人がお母さんだったことを知らなかったの。本当なの」
ミキのお母さんは涙を流した。
「本当にゴメン。俺がしっかりと断っていたら、君をこんなに困らせなかったのに」
岩井さんがミキのお母さんを抱きしめた。
お母さんは言葉が何も出ない様子だった。仕方ない。浮気相手が娘で、その娘が真正面から謝っている。その言葉をどう受け止めたらいいのか。
お母さんは最後こう言った。
「正直に、話してくれてありがとう。ミキ、時間がかかるかもしれないけれど、私はあなたを許すことにするわ」
「ごめんなさい、お母さん」ミキとお母さんは抱き合って泣きあった。
1月7日。やはりミキと売れっ子芸能人のにせスキャンダルがワイドショーを賑わした。僕はもう動揺しない。
ミキに電話をした。もちろん黒電話に戻っている。
「ただいま留守にしています。メッセージのある方はピーっと言う発信音の後に…」とメッセージが流れた。
「ミキ、僕だけど」そう言うと、ガチャっと音がした。
「ねえ、明日遊びに来てよ」ミキは、いたずらっ子のような声を出している。
「セックスしよ」
「バカ」
僕たちは、そう笑い合って電話を切った。
翌日、25年前と同じようにミキの家の途中の薬局に寄った。
「コンドームの場所まで同じなのか」僕はフフっと笑った。
そして、ベネトンのコンドームを手にとった。
「これ買って行ったらウケるだろうな」
今回は冷静な気持ちで、コンドームをレジに持って行った。
そして、レジ袋を下げて、薬局を出た時、
僕は、目の前に猛スピードでダンプカーが迫ってくることにまだ気づかなかった。
ー完ー
25年後の恋 大西 明美 @kaiken
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