手を伸ばすことで、世界が延長する。
その言葉が何と見事に著されていることでしょうか。ここにはふたつのアスペクトが込められています。自ら働きかける意思があること、あくまで彼らのいる場所が延長線上であること。
この物語のヒロインは、妖や、神や、怪異などの『隣人』と縁を持ちます。彼らと遭遇するのは、どこかの霊峰や樹海ではなく彼女の生きる世界の傍らであって、日常との接点です。
そのやわらかな語られ方は、あくまで非日常である彼らを日常に溶け込ませ、寄り添います。彼女を物語の主人公足らしめているのは、何かを変える力ではなく、変えられた何かを受け入れる心です。それは、こと怪異譚であるこの物語を日常へと落とし込む奇跡を生みます。
『雨連れる声』というお話があります。この話を読めば、この世界がどういうふうに流れていくかがわかると私は思います。
この物語が日常であれるということ。それを納得させる筆力、描写に対するスタンス、何よりそこに至った企画力を感じさせる奇跡です。
日常の隣、人の世界に共にあるもうひとつの世界。ほんの少し手を伸ばした先に見える、不可思議な彼ら。
特別な力があるというよりは、ただその彼らの傍にほんの少しだけ近い少女。彼女が見てきた世界をゆっくりと丁寧に語った物語は、非常に美しいです。
ひとつずつの経験が並ぶようなお話たちは、ひとつ手に取るに丁度いい絵巻物にも似ています。少女が歩む通学路、散歩道。本当にささやかな日常すら美しく語るような文章と、そこにするりと怪異が紛れ込む世界の近く見える心地は奇妙です。ただひたすら、雨の匂い、土の香り、木の葉の音、空の高さといったものを四肢に巡らせるような感覚。
ふと隣を見上げればなにかあるのではと思うような日常と怪奇の世界を、手に取って試しに眺めてください。
諦めるのでもすべてを変えてしまうのでもない少女の選ぶ物語は、雨の匂いすら優しく、季節や時間を愛させてくれるでしょう。
妖、神、幽霊……様々なものとの縁が、ちょっとだけ深い娘の、実に不思議な日常が綴られています。それらは人知の及ばないものではあるのですが、普段は見えず聞こえないだけで、確かに私たちの暮らす現実と背中あわせにあるのだと思わせてくれます。不思議だけれど、決して奇異なるものではない。稀なるものでもない。
常に側にある、不思議。
この作品は短編集になっていて、話はどれも短いですが、ひとつひとつの話が繊細に書きこまれております。登場する人ならざるものたちの心境、それを見つめる語り手の感情の機微、季節感あふれる風景の描写まで、取り落としているところがひとつもありません。
かといって語りすぎず、そこからさきを想像して余韻に浸ることもできます。
真に巧みな筆力で綴られており、話の数が多いにもかかわらず、頁をめくる手がとまらなくなりました。
この著者さまは只者ではないと思います。
不可思議でありながらどこか身近な物語の数々に、あなたさまも是非に身を委ねてみてはいかがでしょうか。まずはひとつ、「山眠る」から。
それから願うことならば、「春の旅立ち」を。