プレゼント
「
ドアホンのモニターを覗くと、上機嫌な
やがて、エレベーターを上がって高橋が部屋の前へ来る。下でインターフォンを鳴らすと、鍵を開けておくのが習慣になっていたので、高橋は上機嫌のまま勝手知ったる牧島のマンションに上がり込んだ。
「あれ? さーえこさんっ」
常ならば玄関で迎えてくれるはずの牧島がいない事に、高橋は怪訝そうな声を上げ、彼女を探してリビングに向かった。そこには、二人分の夕食の乗ったテーブルで、黙々と牧島が食事を摂っていた。
「ただいま、冴子さん」
高橋がその華奢な背を後ろから抱き締める。
「……おかえりなさい」
だがちぐはぐなテンションで、牧島は冷静に呟く。
「あれ。冴子さん、何か怒ってます?」
高橋が牧島のマンションに入り浸るようになって、半年が過ぎようとしていた。飲み会三昧でろくにきちんとした夕食を摂らない彼の為に、牧島は毎日夕食を作って待っている。
「別に」
恋人の『別に』は一番始末におえない事を知っている高橋は、牧島を抱き締めたまま、後ろから彼女の横顔を覗き込んだ。ナイフとフォークを動かす牧島の顔は、いつものポーカーフェイスが張り付いている。
しかし高橋は、牧島の形の良いつり眉が、若干ひそめられているのを見逃さなかった。懐柔するように、頬にチュッと口づける。それにも反応を示さず、牧島は粛々とステーキを口に運ぶ。
これは手強い怒り方だ、と思い、高橋は取り敢えずテーブルの向かいに着いた。いつもより少し品数が多い。メインは、高橋の好物のサーロインステーキだ。明らかに何かの記念日だろう。
「……冴子さん、もしかして……いえ、もしかしなくても、俺たちが付き合った記念日ですか?」
仕事の鬼で、年中行事などに見向きもしない彼女の事だから、とつい忘れていた。ポーカーフェイスは変わらなかったが、牧島のステーキを切るナイフに僅かに力が加わった事を、高橋は見抜いていた。
「冴子さん……僕、感激です!」
高橋は席を立って身を乗り出し、牧島のうなじに手をかけ、口づけようとした。だが牧島はふいと顔を逸らす。
「食事中よ、高橋くん」
「あ、じゃあ食べ終わってから、ですね」
「言っておくけど、私は記念日なんか……」
「あーハイハイ、分かってます。先輩シャイですもんねー、いっただきまーす!」
改めて見れば、サラダもスープもデザートも、全て高橋の好物だ。高橋は、帰宅時よりももっと、機嫌が良くなった。
「旨い!」
子供じみてハシャぐ高橋を見て、牧島は密かに溜飲を下げた。殆ど口もきかず、一気に平らげていく彼に、いつもの調子で溜め息をつく。
「行儀が悪いわよ。全く……」
口いっぱいに頬張ったステーキをシャンパンで飲み下し、高橋は笑う。
「だって、早くプレゼント渡したくて」
「プレゼント? さっきまで忘れていたでしょう」
「だから。プレゼントは」
高橋は掌で、自分のスーツの胸元をポンポンと叩いた。
「ぼ・く」
「なっ……」
言葉を失って無意味に眼鏡をあげる牧島に、高橋はレンズ越しにバチっとウインクを決めて、残りの料理をかっ込み始めた。牧島はうなじをごく淡く染めて、
「……そんなに急がなくても良いでしょう。私のプレゼントも、逃げやしないわ」
淡々と言いながら、自らも部屋着の胸の辺りをポンポンと叩いた。
End.
恋とか愛が始まる、短編集。 圭琴子 @nijiiro365
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