第十二話 赤き誓い

「…………」

「…………」


 沈黙が、ブリーフィングルームを包んでいた。

 プリムはセインが買ってきた問題集を黙々とこなし、セインとアリアがそれをじっと見守る。

 リオナはアリアが買ってきた服や生活用品を自室に置きに行っているため不在。ユートはパソコンの画面を食い入るように見つめていた。


 アリアはプリムの様子を見ながらも、時折ユートの方をちらりとのぞき見る。


 ――断言するよ。ユートは……間違いなく、純血の日本人であり――かつ、その中でも希少な、「30年前の魔女の災厄を生き延びた」日本人の末裔であることを。


 セインが言った言葉が、アリアの頭の中でリフレインする。

 さらに、アリアとセインがブリーフィングルームに戻って来た時の、リオナの様子もおかしかったのが気にかかっていた。

 冷静なリオナが、あからさまな動揺を隠しきれない様子でユートを見ていたのだ。

 今は端にまとめて片付けられている、紙で作られた花や鳥を、で見ていたリオナ。


「…………」


 アリアとセインが買い出しに行っている間、ここでなにがあったかはまだ知らない。

 リオナが日本人を探していることは知っているが、なぜ探しているのかは知らない。

 知らないことだらけで困惑と不安ばかりがこみあげる胸中を、を今ここで言いだすべきかやめておくべきか、アリアは迷っていた。


「……どうかしたか、ノーチェ一士」

「あ、いえ……! すみません、なんでもないです」


 視線に気づいたのだろう、ユートがディスプレイから顔を上げて不思議そうな顔をしている。あわてるアリアに、プリムまでもが不思議そうに見上げてきて、アリアは恥ずかしいようないたたまれないような気持ちで両手をバタバタと振る。

 そしてちらりとセインの方を盗み見れば、涼しい顔でプリムに問題集の続きをやるように促していた。


「…………」


 気にするな、ということだろうか。それとも、勤務中だから私事のことを持ち出さないようしているのだろうか。

 なんとなく、今は言うべき時ではない気がして、アリアがプリムのふわふわとした薄紅色の髪に視線を落とすと、ノックなしにブリーフィングルームの扉が開く音がした。

 視線を再び上げれば、リオナが戻って来たところだった。その表情には、出ていく前に見せた挙動不審さは見当たらない。


「サントラム、戻りました」

「何か問題はなかったか?」

「いえ……特に、何も」

「そうか」


 ふむ、と少し考え込み、ユートはプリムの方を見やった。

 その視線に応えるように、セインが口を開く。


「もうあと二問くらいでこっちは終わるよ」

「そうか。じゃあ、そっちが終わり次第プリムも交えて少し会議だ」


 数分後、無事に問題集を解き終えたプリムにはオレンジジュース、大人四人はそれぞれアリアが淹れたコーヒー、そしてテーブル中央にビスケットを乗せた皿。殺風景なブリーフィングルームでなければのどかなおやつの時間だと思われるかもしれない中で、ユートは全員に見えるようにホログラムウィンドウを展開させた。


「これが、ラボから提出されたプリムのプロフィールだ」


 > プリム=マリー・ルクレーア

 > 7歳 女性

 > 称号:なし

 > 魔女の素養あり。属性は不明。

 > 先日の研究所火災によるショックで部分的な記憶混濁が見られる。

 > また、同日以降幻想創造の能力の発現が確認できず。原因は不明。


「……これだけですか?」

「これだけだな。あとは身長とか体重のデータだが、これは今回は必要ないだろ」

「あ、身長と体重のデータは欲しいです。服のサイズとか、食事の内容とかに必要なので」

「そうか、なら後で端末にデータを送る。ひとまず置いておくぞ」


 ユートは大人しくビスケットをかじっているプリムに一瞬だけ視線を送ってから、話を続ける。


「注目すべきは“部分的な記憶混濁”だ。学力テストはどうだった?」

「学院の一般的な初等部の子と、そう大きく差があるわけじゃないね。学院入学前だから、多少の知識不足は見られるけれど、知能障害などは今のところ見られない」


 買出し前の学力テストと、先ほど解き終えた問題集の回答を見ながら、セインは答えた。

 今は大人しくビスケットに夢中になっているが、先ほどユートが折り紙を作って見せた時の会話からしても、一般的な7歳児とそう大きく違いはないだろうことが見受けられた。


「つまり、日常生活を過ごす分には支障はないと判断していいと俺は思う。おそらく、事故当時の記憶が混乱しているんだろう」


 ユートの言葉に、自然と大人たちの視線がプリムに向く。

 プリムはオレンジジュースのコップを両手で持って、大人たちの視線に不思議そうな顔をしていた。


「サントラム二士、ノーチェ一士はそのことを踏まえて、私生活に気を配ってやってほしい。もし突然思い出すなどでショック症状が起きたら、必ず報告すること。身体とメンタルのケアはノーチェ一士主導で行うこと」

「了解しました」

「了解です」

「何がきっかけで思い出すかもわからないからな……しばらく、ノーチェ一士はつきっきりの方がいいだろう」


 能力発現に対して、強いショックを感じる子供は少なくない。アリアの所属していた保護課では、そういった子どもたちのメンタルケアや、健康管理のために医師免許や看護師免許、臨床心理士免許を持つ者も多い。

 アリアが持っているのは保育士免許だけであり、専門の教育を受けたわけではないが、簡単な医学知識や心理セラピーの知識は保有している。

 その知識と短いながらも保護課での実務経験が生かされる機会だ、とアリアは内心で気を引き締め直した。


「プリム、さっきも言ったけど、何かあったらすぐ俺たちの誰かに言うんだぞ。あと、俺たちから離れたりしないようにな」


 ここにきてからの様子を見ても、一人でどこかにふらふら行ってしまうような子ではないことは分かっていたが、念のため釘をさしておく。プリムはこくりと頷いた。


「……それにしても、報告不十分すぎるんじゃないか? 記憶混濁があるなら、詳しいカルテとか専門のドクターが必要だろう?」

「まったくもって同感だ。この件については今、レドモンド三佐から問い合わせている最中だ」

「場合によっては、部隊の再編もあり得るのでは?」


 リオナの言葉に、ユートは眉間のしわを深くして「どうだろうな」と答える。


「そもそも、最初にこの任務が決定されたときに、ヴァルプルギス幻将が疑義を申し立てたが返答は芳しくなかったらしい。評議会が何を考えてこの編成、この任務内容を決定したかが不明だが、評議会は一度決めたことを簡単には覆さない。士気にも関わるしな」

「……つまり、どのような事情があれど、部隊と任務内容には変更はないと考えた方が良いと」

「その通りだ」


 評議会が何を考えているかなど、一介の騎士が知る術はない。

 ただ、何かとてつもない予感が、ユートの頭の中をぐるぐると回っていた。


「……今は、他愛のない戯言だと聞き流してくれていい」


 ウィンドウを消し、ユートは四人を見つめて手を組む。

 祈るように、誓うように。


「俺は“守護騎士ガルディアン”で“隊長”だ。


 

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幻想創造 星積 椿 @camellia-stardust

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