第三章 原初の魔女と救世主
第十一話 裏切りの魔女
最初の魔女。
それは、50年前の『侵略の日』に突如として現れた救世主にして、裏切り者。
……少なくとも、最近の学説ではそう称される。
自らを「救世主」と名乗り、それまで世界中の誰もが識らなかった力――幻想したものを創造する力を振るい、迫りくる『魔物』を蹴散らした。
そして、現在の対魔管理局の基盤となる組織、“魔女同盟”を立ち上げ、今から30年前、現在でいう魔女たちを束ねて率い、かつて日本と呼ばれた国、『魔物』たちの本拠地へ向かい――そして帰ってこなかった。
「退魔管理局」という呼称は、その後、“魔女同盟”に残されたメンバーが組織を再編成した際につけられたものである。
さて、なぜ最初の魔女は裏切り者と呼ばれるか。
それは、最初の魔女が初めて世間の目に晒した力、『幻想創造』の力は、『侵略の日』以前からあったのに、それを最初の魔女と、“魔女同盟”の初期メンバー――日本へ向かい、帰ってこなかった者たちが、ずっと秘匿していたということが、最近になって判明したからである。
「なんで最近なんです?」
「彼らの情報が最近まで秘匿されていたからだよ。それも含めて、最近のマスコミの管理局叩きが激しくなってるんだ」
退魔管理局の意思決定機関、
最初の魔女の伴侶にして、自身も魔女の素質をもつ、ギュスターヴ・ベスティア評議会長。
彼は、これまで伴侶である最初の魔女について言及することはなかったのだが、3年前に一つの手記を公開した。
それは、最初の魔女が残した手記。
「そう言えば……ニュースにもなってましたね。確か、最初の魔女が日本人だとわかったって」
「そう。そして、日本ではひそかに、『幻想創造』の力が研究されていた。『侵略の日』より前、世界のどこよりも先に。『幻想創造』という名前は、その時につけられたものだとも記されていた。そして」
最初の魔女――マキ・ベスティアは、『幻想創造』の研究を行っていた組織の一員であり、『侵略の日』はその組織で行われていたある実験の暴走の結果、起きた災厄である。
「でも、それってデマだったんじゃないんですか?」
「そうだね。そう言われていたけれど、ここ数カ月でそれを裏付ける証拠がいろいろと出てきているんだ」
「証拠……って?」
「証言、同様の手記、連絡記録。そういったものが、次々と見つかっている。親が残したものを、子供世代が見つけてマスコミなんかに情報を流している」
そこまで言ってから、セインは首をかしげた。
「アリアさんは、ニュースは興味ないのかな?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。何せ仕事柄、情報を得るのが遅くって」
私用の携帯端末は、セインのようなごく一部の例外を除き、勤務中は使用厳禁。
主な情報源であるインターネットのニュース配信は、刻一刻ごとに話題が入れ替わり、よほどの大ニュースでない限り数日にわたって掲載することはない。
加えて、中央都市から離れれば離れるほど、魔物との交戦の影響で情報発信局が破壊され、そもそもニュースが受信できなくなることが、かなりの頻度であるのだ。
「なにしろ田舎でしたから、個人的な付き合いもほとんどが管理局関係者ですし」
「……そういう管理局員は、多いのかな」
「どうでしょう……? 少なくとも、私の周りはそんな人ばっかりでしたね」
そう言われてみると、セインにも思い当たる節は数多くある。
学院に通う子供、その多くが家族のもとから切り離され、寮生活を送っている。
学院を卒業すれば、そのほとんどが管理局関係者になっているため、交友関係はおのずと管理局内部に集中することになる。
前例がないわけではないが、セインが学院に勤務するようになってから、卒業後管理局および学院関係者にならなかった子はいない。
「それで、オーウェルさん、なんで日本人が上層部に注目されているんでしょう? 裏切り者だって言う話なら、注目というより排除されそうですけど」
「ああ、それはね、少しオカルティックな話になるけれど『日本人はハイレベルの幻想保持者になりやすい』っていう統計結果があってね」
「ハイレベルの……幻想保持者?」
「魔女の素質を持って生まれやすい血統、とでもいうべきかな。魔女でなくとも、幻想創造の力に目覚めれば、より強い力を発揮できるという研究結果があるんだよ」
「幻想創造の力って、遺伝するんです?」
「力そのものの遺伝は確認されていない。でも、日本人の血を引く子が魔女として生まれる確率はほかの人種より高く、後天的に幻想創造の能力を得た子も、高火力であったり、汎用性が高かったり――といった、いわゆる管理局が求める能力保持者になっている率が高いんだ」
まだ魔物が地上にはびこる前。
幻想創造のような力は「魔法」もしくは「魔術」と呼ばれ、実在するかどうかが定かではない、オカルト的能力と位置付けられていた。現在、先天的な能力保持者を「魔女」と呼称するのもその名残だ。
そして、「魔法」もしくは「魔術」において、何よりも重要視されたのは血統。
優れた魔法を有する者同士の交配が、より優れた魔法使いの誕生に繋がるとされていた。
「それが、統計的に実証されているってことですか?」
「おおよそ、だけどね。それに、血統といっても厳密に日本人かどうかなんてDNA見ても分からないし、祖父母の出身地と姓名くらいでしか判別していないから、どこまで正確かわからない。ただ、“魔女同盟”時代――前線基地であった日本では、約8割の人間が幻想創造の能力を有していたとすら言われているんだ」
「8割!?」
アリアが思わず声をあげ、しまった、と口を押さえる。
周囲の人間は突然の大声に訝しむような視線を向けていたが、やがて、雑踏の中に紛れていった。
「驚くのも無理はないよ。現在、能力保持者は全世界人口の2割に満たない。8割が能力保持者の世界っていうのは、本当にファンタジーのようなことだからね」
「で、でも……私、そんなの学院で習わなかったですよ……?」
「歴史のカリキュラムには含まれていないからね。普通の学校でも教えていないことさ。僕だって、興味本位で調べてみなければ知りもしなかったことだから」
さまざまな情報がインターネットの中にあふれる現在、最新の学術論文や研究成果などもすぐに閲覧できる状態にあるのだが、閲覧できることと閲覧しようとすることとは別の話だ。
多くの人は自分の興味がある分野だけ情報を得て、それ以外には目もくれない。大衆向けのニュース配信では、ニッチな情報は得づらい。
普通にニュースを見て学校で勉強していても、興味を持ってしっかりと自分で調査しなければ、情報が得られない社会なのだ。
「オーウェルさんは、歴史研究に興味があるんですか?」
「歴史というより、自分の力について知っておきたいと言うのが正確かな。多くの能力保持者は当たり前のように力を使うけれど、それは「普通」ではなくて、「特殊」な状態であること。それを自覚してから、幻想創造に関するあらゆる知識を得ておきたくなったんだよ」
セインにとって、知らないことは恐怖である。
昔から、少しでも知らないこと、わからないことがあれば納得のいくまで調べる癖がついていた。
ミステリー小説を愛読していたのも、多少のフィクションが交えてあるとはいえ、あらゆる分野の知識が物語の中に織り込まれていたからだ。
50年前、そして30年前と二度の大きな災厄のために、これまで培われてきた文化のほとんどが形を失い、古くから伝えられてきた名作と呼ばれる作品の多くが、戦火の中に没してしまった。
それは、多くの知識が戦火に没したのも同じである。
もう『侵略の日』以前の世界がどうであったかを詳細に語れるものは少なく、魔物との抗争で消えていった国のことを知る者も少なくなっている。
そのことに警鐘を鳴らすため、多くの文化人があるものは絵筆を、あるものはペンを持ち立ち上がった。
残された文献、残された語り部。
その情報を細やかに調べ、少々の物語上の味付けを加え――そうして、今も文化は多少の形は変わったが完全に途絶えることなく、細々と継続していた。
「技術ばかりが先進したこの世界で――僕が最も尊いと思うのは、失われた過去、失われた反省。そして、」
管理局本部が見えてきたところで、セインはアリアを振り返る。
天まで聳える退魔管理局本部を背に。
「断言するよ。ユートは……間違いなく、純血の日本人であり――かつ、その中でも希少な、「30年前の魔女の災厄を生き延びた」日本人の末裔であることを」
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