第十話 中央都市

 中央都市サントル・ヴィル

 退魔管理局オルドル本部ほか、あらゆる機関の中枢施設が集結した、まさに世界の中心と呼ぶべき都市。

 古くはパリと呼ばれたその都市は、50年前の『侵略の日』以降、その様相を大きく変えた。

 最新鋭の設備が揃った高層ビルが立ち並び、かつて華やかで陽気なイメージが先行していた都市は一変、どこか機械的で物々しい、そんな都市へと変わった。


 とはいえ、かつて美の最先端と呼ばれていた名残もあってか、各中枢施設の区画外に出てしまえば、デザイン性にこだわった店や家々がある通称『居住区』が広がっており、何も知らない一般人もそうでない人間も関係なく、人々の憩いの場となっている。


「ええと、あとは……」

「ず、ずいぶん買い込むんだな……急な異動だったからかい?」

「うーん、それもありますけど、あの子の物が何もないっていうのが想定外だったんですよ」


 居住区の中でも最も賑わっているショッピングモールで、衣服を詰め込んだショッピングバッグを両腕に抱え、アリアは続ける。


「普通は何かしら持ってるはずなんですけど。それこそ、大事にしてるぬいぐるみでも」

「言われてみれば、そうか……全くのゼロってのはちょっと異常だね」

「ですよねぇ」


 生活必需品と数冊の学習用テキストの入ったショッピングバッグを抱えたセインは、声量を押さえて呟くように言う。


「ユートは何か気付いてるみたいだが、大っぴらに言える状況じゃないらしい」

「そうなんですか?」


 アリアもつられて声量を落とす。

 音楽や人の話声で賑やかなショッピングモールの中で、ぎりぎり相手に聞こえる程度の音量で、二人は会話を続けた。


「たぶん、どうにかして君たちにも伝えたいとは思っているだろうけど、ままならないんだろうね。たぶん、さっきのローテーションの話も、どうにかして君たちに伝える手段の一つだと思う」

「……すごいんですね、ヒイラギ二尉って」

「そりゃあそうさ。殲滅力が最も重要とされる管理局の騎士登用試験で、防御力だけで本部抜擢されたくらいなんだから」

「なんだか、こっちに来る前に聞いた話とは全然違う人で、リオナもびっくりしてるみたいです」

「聞いた話?」


 セインの問いかけに、アリアは少しだけ言い淀んだ後、言いにくそうに口を開く。


「その……コネで本部騎士になっただとか、女性にだらしがないだとか……。実際会ってみて思ったのは、今まであった“本部のエリート騎士”のイメージとは、私にとってはいい意味で違う人だなって」

「それならよかった。……サントラムさんはそうはいかないって感じだったけど」

「はい……リオナは、まじめですし。あと、こう言うのもなんですけど……リオナは最初、自分がチームの中心戦力として招聘されたんだと思っていたんです。でも」

「そうじゃなかった、か」


 思い出すのはエリックの発した言葉。

 “二士ごときが思い上がるな。”

 

 学院は、幼等部、中等部、高等部、そして管理局員と学院教職員志望者の進学する専門課程がある。

 一球幻士というのはその専門課程を経て卒業した者に与えられる最初の階級だ。

 魔女や成績優秀者は、二球幻士の階級を授与される。

 現存する他の軍隊とは違い、数が大きくなるほどに階級が高くなる方式で、階級に応じて階級章にオーブが増えていき、オーブ5つの階級、幻士長の次の階級が一球幻尉となる。

 幻尉になると、階級章に五芒星が一つ追加される。セインは特別に幻尉同等の権限を与えられた特球幻尉なので、階級章にあるのは星のみで、オーブはない。


「むしろ、俺の方が彼女の気に障ってるんじゃないかと思っていたけれど」

「オーウェルさんのことは外部からの専門家の招聘だと思ってたので特に気にしてませんでした。でも、同じ騎士としてヒイラギ二尉には思うところがあるみたいで」


 それなんだよな、とセインは首をかしげる。

 なぜ、リオナはあんなにもユートを敵視にも似た感情で見ているのか。


 同じ騎士として、殲滅力のない彼が上位にいるのが気に入らないから?


 先天的に幻想を扱える魔女として、見くびられたことがプライドを傷つけたから?


 誰しも嫉妬というものはするから、そんな理由でも理解できないことはない。

 しかし、腑に落ちないのだ。

 リオナは新人とはいえ、十二分に訓練を受けた騎士。確かに若さゆえの多少の驕りはあるのだろうが、そんなつまらない嫉妬をする人間には思えなかったのだ。

 

「なんなら、聞いてみましょうか? ヒイラギ二尉の言う通りなら、リオナがあの調子だと何か問題が起きそうってことですよね」

「そうだね……それとなく、でいいよ。ああ、それと、連絡先を聞いておいていいかな。ユートから君たちに伝えたいことがあれば、僕から連絡できるように」

「あ、はい、いいですよ。私用のなので仕事中は見れませんけど」

「問題ないよ」


 連絡先を端末に登録し、セインは「そろそろ戻ろうか」とアリアを促す。

 

「ああ、そういえば」

「ん?」


 ふと思いついたことを、アリアはそのまま口にした。


を、探してるようでした」

「!」

「ヒイラギ、って変わったファミリーネームですもんね。だから、気になったのかも。……オーウェルさん?」


 足を止めたセインを振り返るアリア。


「……どうして、日本人を?」

「え? さぁ……知らないですけど。あ、でも、あれですよ、変な意味じゃなくて。別に彼女、差別主義者とかじゃないですから」

「そう信じてるよ。ただ、気になったんだ」


 セインは、歩き出しながら言った。


「どうやら、管理局上層部や学院上層部は日本人を重要視しているようだから」

「え……?」

「帰りすがら、少しだけ話そうか。……最初の魔女の話を」

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