第九話 折鶴

「…………」

「…………」


 じっと見つめられるユートの手。

 男性らしくやや骨ばった、しかしそれでいて細く長い指先が、一つ、また一つと紙に折り目をつけていく。


「……で、ここを、こうして」

 ユートの手の中で、紙の形が完成形に近づいていく。


§


 セインとアリアが買い出しに出かけた後。

 「遊ぼうか」と言い放ったユートはリオナの若干冷めた視線をものともせず、セインが印刷に使った紙の余りを適当な大きさに切り、プリムの前にかざして言った。


「プリム、何か好きなものはあるか? 花でもなんでも」

「…………」

「特にないなら、俺が一番得意なやつを作って見せようか」


 きょとん、と首をかしげるプリムに、ユートは歯を見せて笑う。


「まぁ見てなって。びっくりするぞ、きっと」


§


 そう言ってから始まった謎の工作だが、ユートは一切の道具を使わず、紙を折っていくだけで何かを作ろうとしている。

 最初は何を始めるのかと呆れ半分で見ていたリオナも、いつの間にかユートの手の中で形を変えていく紙へと意識を集中させていた。


 そして、見守ること約数分。


「ほら、鳥の完成」

「わぁ……」


 羽が大きく広がった、首の長い鳥の形になったそれを、ユートはプリムの掌に乗せてやる。


「なんてとり?」

「鶴だよ。わかるかな……あんまりこの辺じゃあ見ない鳥だからなぁ。少し緑の多い所に行けば、川縁にいたりするんだけど」

「ツル……」

「…………」

「? どうした、サントラム二士」


 リオナは、大げさすぎるほど顔を青ざめさせて紙の鶴を見ていた。


「ヒイラギ……二尉……ああ、やっぱり」

「なんだよ? 何がやっぱりなんだ?」

「ヒイラギ二尉、もしかして……ご両親のどちらかは、日本人ですか」


 日本。

 管理局オルドルの前身となる組織があったという、かつての対魔物の前線基地があった島国。

 今はどうなっているのか知る者はなく、管理局の最終目標地点とされている。

 魔物たちの住処であるとか、魔物が生まれた地だとか、さまざまな憶測は飛び交っているが、どれも憶測の域を出ない土地だ。


 『侵略の日』から20年、世界と魔物の戦いの前線となっていた土地は、ある日突然、わずか一週間で全ての音信が途絶え、それまで水際で食い止められていた魔物たちが大陸にまで勢力を伸ばし始めた。

 その時、残っていたであろう人々の消息はいまだ知れず、日本人の血は、その日たまたま国外に出ていた者のみが引き継いでいくこととなった。


「……どちらか、じゃなく、、だよ。俺は」

「なっ!?」


 わなわなとリオナの手が震える。

 そして

 なぜユートが、殲滅力が最優先とされる管理局騎士において、学院卒業後すぐの本部直属になったのか。

 なぜユートが、戦闘力がほとんどないにもかかわらず管理局本部内で多少遅くとも着実に昇進しているのか。

 


「…………」

「リオナおねえちゃん?」

「な、なんでもないよ、だいじょうぶ。プリムちゃんは、大丈夫だから」

「なんだよ。確かに珍しいかもしれないけど、そこまで驚くことか?」

「驚くことです。――少なくとも、私にとっては」

「ふぅん」


 そのまま不意と視線をそらされ、ユートは首をかしげつつもいまだ手の中の鶴を矯めつ眇めつしているプリムに微笑みかける。


「気にいったか?」

「うんっ」


 にこ、と笑うプリム。

 その愛らしい、初めて見た笑顔に、ユートもまたつられて笑った。


「じゃあ、ほかに何か作ってほしいものあるか? 花でも、動物でも、だいたいのものなら作れるぞ」

「ほんと!? おはな、おはなつくって!」


 研究所で研究員の手を振り払った時とは全く違う、子供らしい表情できらきらとプリムは目を輝かせる。

 ユートは「じゃあちょっと待ってろよ」と次の紙を折り始めた。


「…………」


 その中でただ一人、リオナだけ、眉間にしわを寄せて、ユートの横顔をじっと見つめていた。

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