第八話 思考する赤

「プリムの着替え?」

「はい、このままだと、満足に移動もできないし、それに格好の標的だって看板下げて歩いてるようなものですし」

「あー、そうだな……しかしどうすっかな……」

「駄目ですか……?」


 女子寮から戻ってきたアリアとリオナ、そしてプリムの三人を前に、ユートは借りてきたホワイトボードを拭く手を止めて、思案する。

 護衛対象である以上、むやみに外を連れ回すべきではない。外に出るなら、できればユートとリオナの二人体制での護衛が必要だろう。

 そうしたとしても、目的の服を手に入れるまでに周囲の目を引いてしまうのは火を見るより明らかだ。専用に車を手配するにしても、管理局の車で買い物が可能なのかが不明である。

 ヘタをすると反管理局のマスコミにすっぱ抜かれて、公費で不要なものを買っているとか何とか、いらぬデマ記事を書かれてしまいそうだ。


「服を買うのは賛成だ、がプリムを外に連れ出すのは難しいな……」

「そうですか……」

「何か採寸できるものか……とりあえずのつなぎとして、本部の保護課にサイズの合う服があるかを問い合わせてみるかだな」

「あ、それなら私、行ってきます!」

「頼めるか? 保護課の受付は1Fの総合案内所にある。ちょっと待ってろ」


 ユートは内線用の通信機を手にとり、内線一覧から保護課の番号を探し出す。


「……保護課受付で間違いないでしょうか。こちら、特殊部隊タスクフォース第32小隊隊長のユート・ヒイラギです。任務のため、そちらに保管されている衣服をお借りしたいのですが……はい、……はい、そうです。子供用――女児用のを。……サイズは、これからこちらのものが向かいますので、……はい、はい。お願いします」


 通信を終え、振り返ったユートの目に入ったのは、驚愕の表情のリオナ、アリア両名の顔。


「なんだ?」

「あ、いえ、その……」

「……? ノーチェ一士いっし、プリムの服のサイズは俺には分からなかったから、向こうで適当なサイズを見つくろってきてもらえるか」

「は、はいっ! 了解しましたっ! 行ってまいりますっ!」


 ぎこちない敬礼とともに飛び出していったアリアを見送って、ユートは心の底から不思議そうな顔をする。


「なんか、まずいこと言ったか?」

「いえ……」


 歯切れの悪いリオナの様子にも首をかしげるユート。

 そんな二人の様子に苦笑しつつ、セインはユートが借りてきたプリンターでの印刷を終える。


「さて、できた。ノーチェさんが戻ってくるまでに終わるかは分からないけど、プリム、こっちに来てもらえるかな」


 呼ばれたプリムは、一瞬だけ怯えるような仕草を見せた後、リオナを不安げに見上げた。


「大丈夫よ。私も一緒だから」

「少しだけ、先生とお勉強しようか。……あ、ユート、パソコンありがとう」

「構わねえよ。ああ、そうだ、そのプリンター、どこも使ってないから任務の間ここの備品にするよう手続きしとくな」

「ああ、頼む」


 ユートはセインからパソコンを返してもらい、三人が学力テストに臨む様子を横目に、備品の貸し出し手続きを手早くメールで済ませる。

 そしてしばし迷った後――通常の電子メールでエリック宛にメールを打つ。

 内容は、プリムの身の周りに必要なものを誂えるために、プリムを外に連れ出すことについての許可申請。

 案の定、数分の後に許可できない旨が返ってきた。


 まぁそうだろうな、と内心思った言葉は飲み込んで、思考する。

 現状、プリムを狙うとするなら、護衛役が外れた時。特に、ユートがいない場面を狙うだろう。

 相手が管理局内の人間であるならば、“赤の守護騎士ガルディアン・リュビ”と呼ばれるその実績を、知らないはずがない……と、プリムを迎えに行くまでは胸を張って言えたのだが、今はそうは思えなかった。

 どうやら、管理局本部と支部とでは、想像以上に知名度に隔たりがあるようだ。

 相手がどの程度管理局内部に精通しているかによって、相手の出方は変わってくるだろう。

 それを確かめるべく、先ほどはアリアとリオナだけにこの部屋から女子寮までの往復をさせたわけだが、二人とも特に異常を訴えてくる様子はなかった。

 

 もちろん、ユートとてただ待っていたわけではない。

 セインのためにプリンターを借りるついでに、こまごまとした備品を借りて回るために、こまめにこのブリーフィングルームを出入りしていたのだ。

 プリンターを借りるために事務へ。用紙が切れていたのでついでに備品倉庫へ。

 セインがテキストを作成するためのパソコンと、授業のためのホワイトボード。

 ホログラフディスプレイが主流のこのご時世、ホワイトボードがいまだ現役で残っていたのには驚いたが、借りに行った事務の人間いわく、管理局の外、一般社会ではまだアナログの書類が主流なのだと言う。

 そのために、印刷用のプリンターやホワイトボードといった、アナログな情報のやり取りをするための備品が残っているらしい。


 それはさておき、そうやってあちこちをそれなりに走り回っていたユートにも、局内に不穏な空気が漂っているようには思えなかった。

 いまだ、ユートが特殊部隊に抜擢されたことが一大ニュースのままで、プリムにまつわる噂は一切流れていなかった。

 ――あれだけ目立つ容貌なのにもかかわらず、だ。

 、どこか薄気味悪い感覚。


「――……い、……おい、ユート?」

「うぉっ!?」

「どうしたんだよ、さっきからじっと画面見つめたままで」

「い、いや、ちょっといろいろと、な。そっちは終わったのか」


 プリム達の方を見やると、採点の終わったテスト用紙をじっと眺めるプリムと、同じように覗き込んでいるアリアがいた。

 リオナは、と思えばテーブルをはさんで正面に、セインと同じ、呆れたような表情でこちらを見ていた。


「とっくに終わってますよ。ノーチェ一士も、無事に帰還してます。気づいてなかったんですか」

「ああ、悪い。さっき提案してくれたプリムの身の回りの品を買いに行く話について、レドモンド三佐に問い合わせたんだが、やはり護衛対象を外に連れ出すのは許可できないとのことでな、どうしようかと悩んでいたんだ」

「やっぱり駄目ですか……」

「なら、私とノーチェ一士とで、買ってきます」

「いや、それは許可できない」


 即座に否定を述べたユートに、リオナはピクリと眉を不愉快そうにしかめた。


「……何故か伺っても?」

「常に決まった相手とバディを組んだ場合、想定外の事態の時に別の奴と共に行動する際に支障が出る」

「その程度、私は……」

「サントラム二士にしは問題ないだろう。そう訓練されているからな。だが、こちらにはオーウェル特尉とくいとノーチェ一士とがいるのを忘れるな。ノーチェ一士は教習と基礎訓練は受けているだろうが、戦闘部隊ほどのメニューはやってないはずだ。オーウェル特尉に至っては、これから基礎訓練に加入することになる。訓練不足は否めない」


 リオナからの反論はない。

 ユートはさらに、と続ける。


「俺とオーウェル特尉は学友で、サントラム二士とノーチェ一士は同じ支部での同僚。多少なりともお互いの癖や行動パターンを覚えているだろう。訓練をしていても、気易い仲間がいると無意識にお互い甘えてしまう。ただでさえ頭数の少ない小隊だ、四人全員がそれぞれの行動パターンを覚える努力をするくらいはしてもいいと、俺は思う」

「……そんな時間が、あるでしょうか」

「幸か不幸か、この任務の期限は無期限だ。長期スパンで物事をとらえた方がいい。短い期間でも、この程度の人数なら全体の連帯性を高めておいて損はない、というより、現状考えうる俺たちの弱点がそれだ」


 ユートとセイン、リオナとアリア。この二組の関係性は良好だ。バディとして組んで行動するのに何ら支障はないだろう。

 だが、個人ごとにみた場合、決して関係が良好だとは言えない。互いに初対面であるのと、互いに帳面上でしか互いを知らないからだ。

 もし、プリムに害なす存在が管理局内にいるとすれば、その程度のことは想定の範囲内だろう。

 そして、気易さに甘えてバディの組み合わせを変えずに動いているところを分断し、チームの結束をかき乱すのが最も効果的な戦法だ。

 

「いいか、初手は大事だ。何事も初めが肝心だ。プリムもこの部隊の一員になったつもりくらいの心構えで、結束しなければならない」

「彼女は私たちが守ればいいだけでしょう? ならわざわざそこまでしなくても」

「いや。結束は大事だ。少なくとも、子供にとっては。わざわざいがみ合ってるように見える大人たちに、助けを求めようと思う子供がいるか? 今プリムの身に何か起きた時、自分に助けを求めてくれると思えるか?」

「……それは、」

「俺は思えない。だから、プリムとの関係性も含め、五人全員での連帯性、関係性の向上が早急の課題だ。そのためにも、しばらくはバディを数日ごとのローテーションで組み替える」


 まずは、とユートはそこで様子をうかがっていたアリアとセイン、プリムに向き直った。


「買出しについてだが、ノーチェ一士が最適任とみなし、任命する」

「は、はいっ」

相棒バディはオーウェル特尉だ。身の回りの品と一緒に、学力に見合うテキストを購入することを許可する」

「なるほど、了解」

「サントラム二士と俺、それとプリムはここで待機、というより、そうだな……」


 ユートは頬を掻いて、できるだけ優しい声でプリムに言った。


「少し、お兄さんたちと遊ぼうか」

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