第二章 魔女の少女と守護の騎士
第七話 少女を迎えて
「それじゃあ、まずは……自己紹介からかな」
本部通用口でエリックと別れ、ブリーフィングルームに無事戻ってきたところで、セインが口を開いた。
「そういや、ノーチェ
「ですね。……プリムちゃん、ちょっと椅子に座ろっか」
アリアがプリムを膝に乗せる形で椅子に座り、ユート、セイン、リオナもそれぞれ席に着く。
そして、数瞬、気まずい空気が流れた。
「えーと……俺から言うべきなのか?」
「こういうのは一応階級順かと思ったんですが」
「でもノーチェ一士が既に自己紹介してるから下からでもいいんじゃないか」
「えっと……リオナからでいいんじゃないかな……?」
リオナはしばし迷ったが、意を決してプリムの目を見る。
「はじめまして。リオナ・サントラムです」
「セイン・オーウェル。これから君の先生になるよ」
「で、俺がユート・ヒイラギ。よろしくな」
プリムは順番に三人の顔を見比べ、少し困ったようにアリアの顔を見上げた。
「ちょっと早口で分かりづらかったかな?」
「ううん……」
ふるふると首を横に振るプリム。
「わたし、どうしてここにつれてこられたの?」
「私たちが、プリムちゃんのお世話をお願いされたの。こっちのセインお兄さんと、リオナお姉ちゃんがお勉強を見てくれるの」
「……アリアお姉ちゃんは?」
「私は……うーん、なんて言えばいいかな。プリムちゃんの話し相手、かな」
「……じゃあ、あっちのお兄ちゃんは?」
「ユートお兄ちゃんはね、私たちのリーダーなの。だから、何かお願いしたいことがあったらユートお兄ちゃんに言ってね」
プリムは何度かユート達を見まわした後、「うん」と小さく頷いた。
「それから、これからお部屋は私とリオナお姉ちゃんと一緒になるから、ちょっと狭いかもしれないけど我慢できるかな?」
「だいじょうぶ、ひとりじゃないなら」
小さな言葉に、ユート達はそれぞれ無言で顔を見合わせた。
たった一言、それだけなのに、その一言に込められた悲哀が、この場の大人の胸を深く突き刺す。
「……じゃあ、先に部屋を見てくるといい。足りないものがあれば報告してくれ」
「了解しました」
「わかりました。じゃあプリムちゃん、お部屋見に行こっか。欲しいものあったら言ってね」
「うん」
頷いたプリムの手を引いて、アリアとリオナは席を立つ。
三人が部屋を去り、その足音が遠くなって聞こえなくなった頃になって、ユートとセインはほぼ同時にどっと疲れた息を吐く。
「やべぇ……既に挫けそう……」
研究棟での周囲を拒絶するかのような反応は、アリアのおかげで緩和はされているが、それでも一言発するのに気を遣う。
この調子で期限のない護衛任務を開始するのかと思うと気が滅入る。
「隊長がそんな調子でどうするんだよ……」
「だから平静保ってたろ……お前こそ、これからあの子の専属教師だぞ、大丈夫か」
「努力するよ。まずは学力テストからかな……少しパソコン使っていいかい」
ユートは無言でパソコンを立ち上げ、自分の個人コードを入力する。
「まぁ本当は規律違反かもだけど、特例な。必要な資料は?」
「いや、問題ないよ。テキストは持参してきた。印刷機器があればいいんだけど」
そう言って胸ポケットから記憶媒体を取り出し、ブリーフィングルームを見回す。
がらんとしたブリーフィングルームに、それらしき機械は見当たらない。
「あー……ブリーフィングで紙媒体使わないからな……ちょっと借りてくる」
「じゃあ、その間にテキストエディタだけ使わせてもらっていいかい」
「おう。他は触るなよ」
「重々承知してるさ」
§
管理局女子寮。
その一室は、ルームシェア用に広く作られた部屋の一つであり、キッチンもバスルームもそこそこ広く、二段ベッドが備え付けられたワンルームは、大人二人と子供一人が暮らすには十分すぎる広さがあった。
「うわ……さすが本部……」
「だね……こんな部屋が寮として無料で使えるって……」
なお、二人は支部の寮で暮らしていたが、今回の任務にあたり、最低限の着替えと必需品だけ先に送ってあり、先ほど寮の入り口でそれを受け取ってきたところだ。
「あ、そうだ、まずはプリムちゃんの着替えがいるじゃん」
手を打ってアリアはプリムの患者衣のような服を見る。
これから管理局内を多少出歩くこともあるだろうから、少なくとも悪目立ちしない程度の服装にしておかねばならないだろう。
「できればすぐにでも服買いに行きたいけれど……たぶん無理ね」
「えー、さすがに服くらいいいでしょ」
「あのねアリア、この子が護衛対象だって忘れてない? 隊長に指示を仰がないと外出は難しいわよ」
「ならとりあえずこの後すぐに指示を仰ごうよ、それから考えてくれるだろうし」
ね、と笑顔でいうアリアに、リオナは猜疑に満ちた視線を向ける。
「どうしてそこまであの隊長を信頼できるのかが謎だわ」
「信頼っていうか……ほら、さっきもさ、リオナのこと頭ごなしに叱ったりしなかったじゃん」
さっき、と言われて思い出すのは、研究棟から戻る車中での会話。
リオナは良くも悪くもまっすぐな物言いをするので、支部では何かと先輩や上司と衝突していることが多かった。
そのたびに上司、先輩だからと頭ごなしにリオナが怒鳴られるのを見てきたアリアとしては、ユートとエリックのあの反応は意外という言葉がしっくりくる。
アリア自身が両親から言葉による虐待を受けてきたせいもあるだろう。怒鳴られる、叱られる、と思うと身が竦む。たとえそれが自分でなくとも。
「きっと話せば分かる人だよ。ううん、むしろ積極的に話していかないと。だって私たち、もう同じチームなんだよ?」
「同じチーム、ね……」
アリアの心情は分からなくもないが、リオナとしては釈然としない思いがまだ胸中にわだかまっていた。
アリアは知らないのも無理はないが、ユートは局の戦闘員の中では支部員であるリオナですら知っているほどの、エリートとは程遠い人間だと評判なのだ。
多くの戦闘員が思い描く“本部のエリート戦闘員”像とは、最前線で体を張り、果敢に戦う騎士。公私ともにきっちりとした人格であることが理想とされる。
だがユート・ヒイラギという男は、炎という攻撃的な幻想を持つにもかかわらず、それを守ることにしか使わない、否、使えない。そして私生活は女性や酒にだらしないと評判なのだ。
実際に会って真っ先に感じたのはひどい煙草の臭い。どちらかと言うと中性的で年齢よりも幼い印象の顔立ちはさぞ女受けがいいだろうし、制服の着方も他に比べてだらしがない。
噂は噂だ、と思ってはいても、拭えない不信感が彼の全身から漂っていた。
「アリアのダメ男センサーに引っかかってるようだから、私はほどほどにしておくわ」
「ちょっ、ダメ男センサーって何よー! もー!」
「だってそうじゃない、アリアが今まで付き合ってきた人、みんな」
「わー! わー! もう!! プリムちゃんがいるんだからそういう話禁止!」
バタバタと両手を振って話を遮るアリアに、苦笑一つ返して、リオナは呟いた。
「――もう少し、見定めさせてもらうわ。“
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