第六話 魔女の慢心
「
「お待ちしておりました、特殊部隊の皆様。こちらです」
白衣の研究員に案内されたのは、救護室のような、清潔な白一色の部屋。
その中央で複数の研究員に囲まれるようにして、彼女はいた。
白磁の肌に、ふんわりとウェーブのかかった薄紅色の髪。伏し目がちな目はアメジストの色。
着ているものが患者衣でなく、ゴシックロリータ調のワンピースだったなら、まるで精巧なビスクドールのように似合ったことだろう。
「彼女が?」
「はい。プリム・ルクレーアです。……プリム、お迎えが来たよ」
プリムと呼ばれた少女は、緩慢な動きで顔を上げる。
ぼんやりと、どこか焦点のあっていない目で、ユート達をゆっくりと見つめる。
「さぁ」
研究員がプリムの手を取ろうとしたとき――
「……ゃっ」
小さな拒絶の声とともに、プリムは弾かれたようにその身をすくめた。
「プリム」
「…………」
俯き、小さく震えるプリムに、そっと近づいたのはアリアだった。
「こんにちは、プリムちゃん。お迎えに来た、アリアです」
「…………」
しゃがんで、目線をできるだけ近づけて話しかけるアリア。
プリムの震えが落ち着くのを待って、アリアは優しく語りかける。
「これから、私たちと一緒に、別のお部屋に行かなきゃいけないの。歩けるかな?」
「……ん」
こくり、と小さく頷いて、プリムはゆっくりと立ち上がった。
それを見上げて、アリアは満面の笑みを浮かべる。
「よかった。じゃあ、行こうか。はぐれないように、お手手つないでもいいかな?」
「……ん」
プリムは再びこくりと頷く。アリアが立ち上がり、手を差し伸べると、おずおずとその手を小さな手で握った。
「――行きましょう」
「ああ。……では、お預かりします」
「よろしくお願いします……」
§
「さすが保護課、だな」
研究棟を出た後、送迎車に乗りこんで一息ついたところで、ユートはいまだアリアの手を放そうとしないプリムを見ながら言う。
「……こういう子って、結構多いんです。特に、就学前に幻想が発現した子なんかは、親御さんも拒絶反応を起こすことが多くて」
「ああ、それは確かに僕も感じたことがあるな……学院の寮生は、だいたいそんな親御さんから預かっている状態なんだ」
「そういうものなのか……」
「ヒイラギ
何気ない、ありふれた質問。
だがそれは、チクリとした痛みをユートに与えてしまう。
「あー……その、なんだ。うちは親いないんだよ、もう」
「あ……」
しまった、という顔をするアリア。
だがそれに対し、ユートはひらひらと手を振って、「気にするな」と言う。
「まぁ逆に、それが功を奏して学院への入学も、その後の進路とかも、周囲にとやかく言われずに済んだしな」
「まぁ、どこの家庭も大なり小なり、何かしら問題はあるもんだ」
エリックはそう言って、「さて」と話題を切り替える。
「これはヒイラギ二尉にはすでに伝えたことだが、この任務はかなり特殊だ。些細なことでもいい、違和感を感じたらすぐさまヒイラギ二尉に報告するように。まぁ、顔を合わせたばかりで、気後れするかもしれないが、こいつはなかなかに頭も切れるし信の置ける奴だ。遠慮はするな」
「レドモンド
ユートがため息交じりに言えば、エリックはハハハ、と豪快に笑う。
「お前の経歴、訓練、おおよそのデータはこっちにも入ってきてるからな。そのうえでの俺の判断だ」
「……? 何でそんなに俺のことを」
「言っただろう? 隊員として迎えるには十全だ、ってな」
ああ、とユートはようやく得心がいった。
つまり、もともとユートは近く、部隊員として特殊部隊に異動させられる予定だったのだろう。
そのため、エリックはユートのデータをかなり把握しており、おそらくはここ最近の訓練データ、戦闘データなんかも見てきたのかもしれない。
「……レドモンド三佐。お言葉ですが、一ついいですか」
「ん? なんだ? サントラム
「ヒイラギ二尉はこの任務に置いて、どのような任を任されているのでしょう? アリ……ノーチェ
リオナの言葉に、ユートとエリックはあっけにとられ――そして、ほぼ同時に噴き出した。
「ちょっ……失礼じゃないですか!?」
「いやぁ、悪い悪い。ズバッと上官にそこまで言えるやつってのは珍しくてな」
「だな、この肝っ玉は、ほかのやつにも多少見習わせたいところだ。……さて、サントラム二士。小隊における隊長格の役目を、教科書的でもいい、答えてみろ」
今度は、リオナがあっけにとられた。
そして、当たり前のように答える。
「小隊における隊長の役目は、小隊の指揮、及び作戦決定、そして大隊への報告任務、です」
「正解。だがそれじゃあ及第点だな」
エリックは笑ったまま、一つ、と人差し指を立てる。
「ヒイラギ二尉はお前と違って守護に長けた
顔は笑顔のまま、エリックはさらに続ける。
「二士ごときが二十四時間体制の護衛を任されるなんて思い上がるな。対象が少女でなく少年だったなら、お前の仕事は魔女の知識の提供のみだ」
「!?」
「魔女は強い。それは確かにそうだ。俺たちとは全く違う、生まれながらの幻想使い。コントロールを学ぶ必要はなく、ほぼ無意識であらゆる形に幻想を創造できる、その汎用性の高さは他に類を見ない。それゆえに階級に関係なく、自らは強いのだという錯覚に陥りやすいが、思い上がるな」
リオナは瞠目したまま、動かない。
「魔女の能力の強みが汎用性ならば、魔女でない幻想保持者たちの強みは特化性だ。ヒイラギ二尉は討伐数が少ないためにいまだ二球幻尉だが、戦闘経験数、平たく言うなら修羅場くぐった回数はお前の比じゃない。なおかつ、こいつの役目は守護。仲間を守ることだ。ヒイラギ二尉が今まで守り、その命を救ってきた騎士たち、一般人たちは、俺たちが討伐してきた魔物の数より尊い」
基本的に、
討伐数は分かりやすい指針として、人事に大きく影響を及ぼす。
ユートはその幻想ゆえに、攻めるより守ることを得意とし、討伐数は同時期に騎士になった者たちよりもはるかに少ないが、それでも同期の中ではかなり出世している方なのだ。
その出世に、妬むものは少なからずいるが、今回の小隊編成まで表だってそうした視線に晒されてこなかったのは、その昇進理由、「多くの命を守りぬいた」その命の中に、少なからず、身近な者、もしくは自分自身が含まれるからである。
「守ることは、攻めることより難しい。何せ自分がくたばってもダメ、守る相手がくたばってもダメだ。自分の身を守るだけでいい攻め手と違って、守り手は自分と複数の命を守らなきゃならねえ」
「…………ヒイラギ二尉は、今回の護衛任務の要である、と?」
絞り出すようなリオナの声に、エリックは大きく頷く。
「そういうことだ。お前の任務はヒイラギ二尉を含めた全員のバックアップ。汎用性に優れる魔女には適した任務のはずだ」
ユートは苦笑しながら、俯いたリオナに対しフォローの言葉をかける。
「俺の説明の仕方が悪かったな。何せ小隊を率いるなんて初めてなんだ。これからも今のようにどんどん突っ込んでほしい。それがきっと、お互いのためになる」
「お互いの……」
「そう、俺は俺の足りないところを認識できるし、お前もお前の足りない部分を認識できる。ノーチェ一士やセイン……オーウェル特尉は自分が異物、というより特殊な立ち位置にいることを既に理解しているから分をわきまえて遠慮するかもしれない。その遠慮を、お前がぶち壊してほしい」
リオナはしばし黙した後、まっすぐにユートとエリックを見て口を開いた。
「わかりました。私の浅慮で御不快な思いをさせるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、だ。笑って悪かったな。何せ本部じゃ、護衛任務で俺が出る幕がないなんて言うやつがいなかったから」
「だな、本部じゃ常識でも、支部まで行けばアウェーだ。特殊部隊でも支部に出向する時は気をつけるように言わないとな」
そう言って笑うエリックのそばで、ほっと息を吐いたアリアを、セインは見逃さなかった。
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