第五話 リオナとアリア

「南第8支部より只今到着しました。リオナ・サントラム二球幻士にきゅうげんしです」

「えっと、お、同じく、南第8支部保護課より到着しました、アリア・ノーチェ一球幻士いっきゅうげんし、です」


 他愛もない雑談で時間を潰すことしばし。

 ようやく到着した二名は、一方は規律どおりに、一方は緊張のためか直立不動の姿勢で、敬礼した。


 規律どおりにぴっしりと姿勢を整えている、緑がかった銀色のセミショートの女性がリオナ・サントラム。

 挙動不審と緊張を隠せない、亜麻色のサイドテールの女性がアリア・ノーチェだ。

 

特殊部隊タスクフォースへようこそ、サントラム二士にし、ノーチェ一士いっし。俺が小隊長のユート・ヒイラギ二球幻尉にきゅうげんいだ。それでこっちが――」

「学院より招聘された、副隊長のセイン・オーウェル。階級は特球幻尉とっきゅうげんい……だけど、君たちの方が先輩だから、こちらが教わることが多いと思う。よろしく」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いしますっ!」


 二人を席に着かせ、ユートは備え付けのコンピュータから任務詳細について記されたホログラムウィンドウを展開させた。


「さて、早速だが任務内容についてだ。俺たちの任務は一人の少女の保護と護衛。護衛対象はこれから特殊部隊司令、レドモンド三球幻佐さんきゅうげんさとともに管理局本部の研究施設へ迎えに行く。ノーチェ一士には護衛対象への適切なカウンセリング、オーウェル特尉とくいには基礎教養の教授、サントラム二士には二人のサポートと護衛任務の両方をこなしてもらうことになる」

「了解しました」

「三名とも、護衛対象に何らかの変化があれば逐次報告すること。また、基本的にはこのブリーフィングルームを拠点とするが、寝食に関してはノーチェ一士とサントラム二士と共に過ごしてもらう。ここまでで何か質問は?」

「あ、あのっ!」

 アリアが遠慮がちに、しかしはっきりと声と手を挙げる。

「寝食を共に……って、その、護衛対象、は私たちと同じ生活をするってことですか? 御家族とか、専用の寮とかは……」

「護衛対象の両親、及び近親者は現状彼女を受け入れるつもりはないとの返答だ。学院の寮も、この本部から少し遠い。それに、保護観察じゃない。これは護衛任務だ」

 その言葉に、きょとん、とするアリア。

 ああ、やはりか、と内心思いながらも、ユートはすでに答えがわかっているだろう、リオナへと水を向ける。

「サントラム二士。護衛任務におけるもっとも重要な要点を述べてみろ」

「護衛任務とは、その任に就くものが護衛対象のそばからに、その身柄を守ることです」

「合格だ」

 頷いて、ユートは改めてアリアへと視線を向ける。

「つまり、俺たち四人のうち、常に誰かが護衛対象のそばについている必要がある。護衛対象が少女であることから、ノーチェ一士、サントラム二士が適任と判断した」

「な、なるほど……わかりました、頑張ります」

 いくら管理局勤めとはいえ、保護課は戦闘任務からは遠い課だ。アリアが護衛任務というものを知らないのも無理もないが、それにしても素人臭さが抜けないのは、いまだ着任一年目の新人だからだろうか。

「他に質問は?」

 しばしの沈黙。

 ユートはウィンドウを消すと、では、と三人を見回した。

「これから司令とともに護衛対象を迎えに行く。司令室に向かうぞ」



§



 管理局オルドル本部、研究棟。

 いったい研究棟がいくつあるのか、研究職ではないユート達には分からないが、先日の事故で焼失した一棟を含めて、本部敷地内――といっても都市が丸ごと二つは入りそうなほど大きいので、移動には車を使用したが――には、重要な研究を行っているらしい研究施設がいくつもあるという。

 本部の建物が対外的な意味も含めて瀟洒なデザインであるのに対し、研究棟は物々しい、という形容がしっくりくる。

 一見しただけではオフィスビルとそう大して変わらないデザインの建物であるのに、窓ガラスはすべて防弾仕様の磨りガラス、出入り口には厳重な警備が敷かれ、人の出入りはほとんどない。

 車を降りた後、しんと静まり返っている敷地内を進む五人分の足音が、やけに大きく響く。


「そう言えば、守護隊ってここの警備とかもやってるんじゃないのか?」

「そっちの配属もあるらしいが、俺は本部の守護隊だから分からないな」

「ここの警備は機密性も高い。ゆえに特殊部隊に専属の警備部隊が編成されているな。特殊部隊の小隊の中でも、最大規模の小隊だ」

「研究棟って初めて見た……すごいですね」

「私は一度だけ来たことありますけど」

 リオナの言葉に、自然と全員の意識と視線が向く。

「……何ですか」

「いや、未経験の場所に行く前に、経験者に聞いておくべきかと思ってな」

「ああ、そういうことですか……と言っても、私が来たのは昔のことですし、今とは大きく違ってると思いますよ」


 魔女ソルシエールはその能力の特異性故に、学院における一般的なカリキュラムではなく、専用のカリキュラムを組まれる。

 リオナいわく、そのための前段階として、能力テストを受けるために研究棟に来たことがあるのだという。


「私の知人の「魔女」も、同じことを言っていたので、きっと「魔女」はみんな一度は研究棟に来たことがあると思いますよ」

「そうなのか……セイン、知ってたか?」

「いや……僕は一般カリキュラムの教員資格しか持ってないからね。魔女専用の教員は同じ魔女か、相当のキャリアと資格がいるんだ」

 そう言ってセインは肩をすくめた。

 それだけ、魔女という存在は希少で稀有なものなのだろう。

「サントラム二士には魔女について、機密に触れない程度でいいから講釈をお願いしたいくらいさ」

「そのくらいでしたらいつでも。まぁまずは、護衛対象を無事に本部に連れて帰らなければなりませんが」

「そうだな」

 そう言って、ユートは聳え立つ研究棟を見上げた。

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