[3]そんなことがあるはずないんだ。

「ETとの遭遇ではアメリカに先を越されたからな。今度こそアメリカを泣かせてやるんだ!」

 それはカルルの普段からの口癖だった。

「おれたちの村をロズウェルみたいに有名にしてやる!」

 それがカルルが地底人に執着している理由だった。

 だからカルルは雪を掘る。

 地底世界の入り口を求めてスコップを振るう。

 雪の下から花束が出てきた。

「やっぱりお墓じゃないか!」

「そんなはずない! これはきっと地底の花だ!」

「いやこれシベリアユキノシタだろ」

 雪の下でも咲くからユキノシタ。そのまんまの名前の、ピンク色の冬の花だ。

 だけどカルルは花束を脇に退けてスコップを振るい続ける。

「ニコライも見てないで手伝えよー!」

 ヤだ。だってお墓をそんな……

 ああ、別にお化けが怖いわけじゃあないよ。もちろん僕だってお化けなんか実在しないってことぐらいはわかってるけど、それでもやっぱりお墓を荒らすのは……ほらさ、死体ってバイ菌がついてるじゃないかっ。だからヤなんだよっ。それだけだよっ。

「他に手がかりがないか探してくるよ」

 そうして僕はそこから離れた。

 厚く積もった雪の下には、凍った硬い土がある。

 墓穴は、大人が大勢でかかって掘るものなんだから。

 子供は日が暮れる前に家に帰らなくちゃいけないのに、カルル一人じゃどうせ棺に届くまでなんて掘れないさ。


 日当たりの良い場所に大きな枯れ木があるのを見つけて、僕はうろの中に入り込んだ。

 ここなら風が当たらない。 

 鞄を開けて教科書を掻き分け、カルルに読めって言われてたSF小説を取り出す。

 背表紙には図書室のシールが貼られていた。

『さらば故郷よ』

 地底人同士の戦争を描いた物語だ。

 挿し絵の中の建物や乗り物はいかにもSF小説って感じでイイんだけれど、肝心の地底人が僕らと変わらない姿をしているのは物足りなく思う。

 ラストでは、敵側の地底合衆国の最終兵器が暴発して、地底世界が汚染されて敵も味方も住めなくなって、主人公である地底連邦の科学者が、生き延びたわずかな地底人を敵味方のわけへだてなく仲間に加えて、新天地を求めて地上へやってくる。

「あ……」

 さっきの十字架もどきが挿し絵の中に描かれていた。

 竜の骨をモチーフにした、悪しき地底合衆国の紋章だった。

 ……あの十字架もどきは、誰かがこの挿し絵を真似してイタズラで建てたんだ。

 カルルが言うとおり死体なんか埋まっていないだろうけど、カルルが言うような地下への入り口だってあるわけがない。

 だってこの本は小説で、書いた人はソビエト人なんだ。

 作者が地底に行ったことがあるとか……そもそも作者自身が地底人だとか……

 そんなことがあるはずないんだ。


 夕方。うろの中にも風が吹き込んで、笛みたいに鳴り出した。

 これがツェツィーリアが聞いた声の正体だ。

 僕は急いでカルルを連れてきて音を聞かせてみたけれど、カルルは肩をすくめただけだった。

「まったくおまえは哀しいヤツだな。地底からの呼び声が、風の音にしか聞こえないなんて」

「おまえなぁ……」

「選ばれた者にしか感じ取れない仕組みでもあるのかな」

「だーかーらーっ」

「なあ、ニコライ。そもそもこの木はどうして枯れたんだと思う?」

「冬だから」

「バカ。良く見ろよ。常緑樹だぜ? しかもこの辺りだけやけに枯れ木が多いんだ」

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