[4]僕らとは異なる生物。
次の日の教室。
僕は開いた教科書に隠れてこっそりと窓の外を眺めた。
エカテリーナ先生のことは大好きだけど、授業なんてものは誰がどうやったって退屈なんだ。
先生は、若くて美人で、みんなのあこがれ。
僕らが生まれる前に村を離れて、村の外で勉強をして、去年、村に帰ってきた。
都会の香りのするオトナのオンナってやつだ。
村の大人達は、今日も狩りに行っている。野ブタがまだ見つからないから。
教科書に目をやる。よその村で飼育されてるブタは、ここの森の野ブタとは異なり、ひづめやしっぽがあるらしい。
授業が終わって、僕とカルルはすぐに森へ向かった。
例の場所の少し手前に、野ブタの足跡があった。
野ブタは僕らとは足の形が違うからすぐわかる。
僕は野ブタを追いかけたかったけれど、カルルは大人に任せておけって言って、僕の腕を引っ張った。
僕らが例の場所に着くのと同時に、強い風が吹いて、枯れ木が一斉に鳴り出した。
「ひっ……」
僕は思わず悲鳴を漏らした。
カルルにバカにされるかと思ったけれど、カルルの顔もこわばっていた。
すすり泣きに似た音なのに、ここまでたくさんだと賑やかにすら感じられる。
中には含み笑いのように聞こえる音も混じっていた。
枯れた木は、昨日よりも増えていた。倍ぐらいに。いったいどうして?
怖い。逃げたい。
カルルだって怖いはずなのに、それでもカルルはチロリと唇を舐めて勇気を奮ってずんずん前に進んでいく。
……僕は風の中に、また別の音を聞き取った。
「待って!」
カルルの腕を掴む。
次の瞬間、轟音とともに十字架もどきが地面ごと消えた。
周りの木が枯れて、根っこが土を掴む力が弱くなったせいなのだろう。
崖崩れが起きたのだ。
足もとを確かめながら、おそるおそる崖下を覗き込む。
雪と土砂の中に何かが見えた。
木の箱。
棺だ。
ふたが微妙にズレていて、中が見えそうで見えない。
カルルが降りられそうな場所を探して棺に近づく。
「危ないよカルル!」
そう言いつつも僕だって好奇心を抑えられずに着いていく。
ふたの隙間から遺体の足が見えた。
夏物の靴。あせた色のスカート。だけど何か違和感がある。
足の太さが。足首の間接の角度が。見慣れた村の大人とは違う。
「!」
カルルが棺のふたを開け放った。
僕は思わず悲鳴を上げた。
その死体は、薄桃色の不気味な肌をしていた。
「カ、カルル……どうして野ブタが人間みたいに葬られているんだ?」
「それよりニコライ、どうしてこの死体は腐っていないんだ?」
変なニオイがする。
理科室で嗅いだホルマリンのニオイに似てる。
だけどもっといろいろ混ざっているようだった。
僕はこの、僕らとは異なる生物の死骸をまじまじと見つめた。
思えば調理される前の野ブタをこんな風に観察するのは初めてだったかもしれない。
野ブタには、ウロコもなければシッポもない。
こいつは僕らとは違う。
目も口も小さくて、鼻は奇妙な形をしていて、頭には毛髪とかいう野ブタ独特のモノが生えていた。
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