[5]野ブタが……?

 近づいてくる足音に気づいて、僕とカルルは岩の陰に隠れた。

 やってきたのはオスの野ブタだった。

 野ブタは棺の中を覗いて何かを叫んだ。

 なまりがひどくて一部しか聞き取れないけれど、僕らが使っているのと同じロシア語なのはわかる。

「なぜ」「あいしてる」「ちくしょー」

 そんな言葉をくり返してる。

「エカテリーナ!!」

 それは僕らの学校の先生の名前だった。

 ……たまたま同じ名前なだけ? そうだ。そうに決まってる。

「おい、野ブタ! おまえ、どうして先生の名前を知ってるんだよ!」

「バカ! カルル!」

 野ブタが振り返る。野ブタは背丈からすると大人の固体。それなのに、僕ら子供を見た野ブタの目は、驚きと、それを超える恐怖の色で見開かれた。

 銃声が響いた。野ブタが隠し持っていた拳銃を抜いたんだ。弾丸は僕の右耳とカルルの左耳の間を掠めて森へと消えた。

 足がすくむ。どうして野ブタが銃なんか!?

「ニコライ!」

 カルルが僕の腕を引っぱって走り出した。


 逃げる、逃げる、逃げる。

 雪に足を取られつつ、森の木々の隙間をかいくぐって逃げる。

 その先に、エカテリーナ先生の姿が見えた。

「先生! 逃げて!」

 カルルが叫んだ。

 僕は息が上がってとても声なんて出せなかった。

 エカテリーナ先生は大きな木の陰に身をひそめた。

 その直後、僕とカルルは野ブタに追いつめられてしまった。

 目の前には崖がそびえていた。

 野ブタの銃口が僕達を捕らえる。カルルが野ブタを睨み返す。僕は怖くて野ブタから目をそらした。

 サクサクと雪を踏む足音が響いて、木の陰から二匹目の野ブタが現れた。エカテリーナ先生が隠れているはずの大木の裏からだ。

 二匹目の野ブタは、エカテリーナ先生の服を着ていた。

 銃を持つ野ブタが二匹目に駆け寄り、夢中で何かを語りかける。

 二匹目が現れたという、ただそれだけで、一匹目は僕らのことなんか完全に忘れてしまったみたいだ。


 メスの野ブタがオスの野ブタを連れて立ち去る。

 僕らは大木に駆け寄った。

 そこに先生はいなかった。

 ただ、真っ白な雪の上に、先生の自慢の鮮やかなエメラルド・グリーンのウロコが散らばって、根もとからちぎれたシッポが転がっているだけだった。

「エカテリーナ先生は……野ブタに食べられちゃったの……?」

 僕の声が震えているのが自分でわかる。

「違げーよ! これは……いや、やっぱりわからない……そんなはずない……」

 カルルは何度も首を横に振った。何を考えているのか、いくら訊いても答えなかった。

 早く村に帰りたい。だけど村への目印の、ツェツィーリアが木に刻んでいた八端十字架はとっくに見失ってしまっている。

「あそこに行けば村が見えるだろ」

 カルルが小高い丘を指差した。


 丘から見下ろす景色の中で、軍隊の格好をした野ブタの一団が、僕らのイャーシチェリッツァ村に迫っていた。

「あいつらいったいどこから来たんだ!?」

 我がソビエトにはアメリカとも戦えるような立派な軍があるはずなのに、外国人どころか人間ですらないやつらの軍が、どうやってソビエトの地に入り込んだんだ!?

「どこからだって? 地底からに決まってるだろ」

 カルルがうなる。

「野ブタが地底人だってことなの!? それを僕らは食べてたの!?」

「ああ……野ブタはオレ達に復讐しようとしているんだ!!」

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