イャーシチェリッツァ村の少年達
ヤミヲミルメ
[1]カルルは舌をチロリとさせた。
その国がソ連と呼ばれていた時代、イャーシチェリッツァ村はシベリアの山奥に確かに存在していた。
一つしかない教室に、小さな子から大きな子まで。
十歳の僕は、この教室の平均年齢ど真ん中だった。
先生はまだ来ていない。
みんなの笑い声があふれ返って、窓辺の雪がずり落ちる。
とても残念だけれどそれは、あまり心地よい笑いじゃなかった。
「だって本当に聞こえたんだもん!」
嘲笑の中心で叫んだのは、一つ年上のツェツィーリアって女の子だった。
「お化けなんか居るわけねーじゃん!」
もう一人の中心は、向かい合って張り合う、カルル。
周りのクラスメイトが「そうだそうだ」ってはやし立ててケラケラ笑っているけれど、カルル自身は真面目な顔だ。
僕は教室の隅っこで、本を読むフリをしながらチラチラ様子を見ていた。
「ニコライも何とか言ってやれよー!」
これはゲンリフの声だ。
ああ、もう、何でこうイジワルなんだ。
そりゃあカルルは僕の同い年の従兄弟だけれど、だからってカルルが何かする度にいつもいつもこの僕が巻き添えを食らわなくちゃならない理由はないはずだ。
「本当だもんッ!」
ツェツィーリアの声に涙が混じる。その目は僕のほうを向いている。
だからこれが嫌なんだよ。勘弁してくれよ。
「で、でも、パパが、森に野ブタが出てるって……」
「そりゃ野ブタは出るだろーよ!」
チビのアンナのおずおずした声をゲンリフがさえぎる。
そうさ。僕の父さんや、パーヴェル伯父さん……カルルの父さんも、昨日それを聞いて、猟銃を持って野ブタを撃ちに森へ行ったんだ。
結局、見つからなかったみたいだけどね。見つかればごちそうなのに。
野ブタの肉はイノシシよりもやわらかくておいしい。
狩りの様子は、子供は見ちゃいけないって言われてる。村の掟だ。
なのにツェツィーリアは、お父さんがお兄ちゃんだけを連れて行くのはズルいとか言って、こっそりあとを追いかけた。
で、迷子になった。
雪の森を一人きりで歩き回って、野ブタの足跡を見つけて、これをたどっていけば野ブタを狙っている村人に逢えるはずだって思ったのに、その足跡も風が強まって消されてしまった、そんな時……
崖の上にお墓が一つだけポツンと建っているのを見つけた。
その場所で、お化けのすすり泣きを聞いたって言うんだ。
(風の音か何かだろ)
僕は胸の中で静かにつぶやいた。
「その足跡は野ブタのものなんかじゃない!」
カルルは子供らしいキンキンした声に精一杯の迫力を込めている。
「それは、地底人の足跡だ!!」
カルルの言葉にクラス全体から爆発のような大笑いが上がった。
ああ、やっぱり、と、僕は大きな本で顔を完全に隠した。
ツェツィーリアは今日だけちょっとだけおかしいってだけで、いつもは普通の女の子。
対するカルルは普段から変なヤツなんだ。
結局そこからはツェツィーリアの代わりにカルルがクラスの笑いものになって、それは本人のせいなのに何故か僕までみんなにバカにされて、騒ぎはエカテリーナ先生が教室に入ってくるまで続いた。
先生に叱られて、カルルは舌をチロリとさせた。
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