[2]僕は風に身をすくめた。

 放課後、僕はカルルに引きずられて、例のお墓に連れてこられた。

 昨日の夜、ツェツィーリアはこの場所でお化けに怯えて悲鳴を上げて、それを村長の息子のグスタフさんが聞きつけてツェツィーリアを見つけてくれた。

 ツェツィーリアは帰り道でもずっと怖がっていて、グスタフさんにナイフを借りて、そこいらの木に魔除けの十字架を刻みつけながら村まで歩いた。

 僕とカルルはその十字架を逆にたどってここに来たわけだ。


 それにしても十字架か。

 こんなのを頼っているのが政府の役人に見つかったら、きっとすっごく叱られてしまうよ。

 我がソビエト連邦では宗教は禁止されている。

 みんなが平等な共産主義の国家には、神様みたいなエコヒイキ野郎は居ちゃいけないんだ。

 学校の図書室の古い本には十字架はすばらしいみたいに書いてあったけど、ラジオはそんなものを崇める欧米をバカにしている。

 テレビは僕らの村にはない。


「なあ、ニコライ。どうしてこんなところにこんなものがあるんだと思う?」

 カルルがニヤニヤ笑いながら訊いてくる。

「誰かがこの下に埋まってるからだろ?」

「そりゃいったい誰だ?」

「んー……」

 少なくとも村の人のお墓じゃないよな。

 国の政策でこの村が作られたのは、僕らの両親が僕らぐらいの年の頃。

 お墓に十字架が使われてたのは、おじいちゃんが生まれる前。

 村人の墓地はこことは別の場所にあって、ただの四角の飾り気のない墓石がズラリと並んでる。

 ここに一つだけ建っている雪まみれの墓標は木製で、縦棒一本に横棒三本の、ロシア正教の八端十字架ってやつだった。

 ツェツィーリアが森の木に描いた魔除けも八端十字架だ。


 カルルが墓標に積もった雪を払う。

 あれ? 本で見た八端十字架と違う。

 本で見た十字架の横棒はどれもまっすぐだったのに、この十字架の横棒は下を向いてカーブしている。

 それは、雪の白さもあいまって、僕には動物の骨のように見えた。

 何でだろう……何だか不気味だ……


 カルルが、学校から勝手に持ち出したスコップで、墓標の根もとの雪を掘り始めた。

 ほどなくして、雪に埋もれていた四本目の横棒が現れた。

 四本目だけ、やけに太い。

 三本目の横棒と四本目の横棒は、間が妙に開いていて……

 僕は記憶を手繰ってこれに似た形を探した。

 上の三本が肋骨。下の太いのが骨盤。

 そう考えるとしっくりいった。

「こいつはお墓なんかじゃねーよ」

 カルルがニヤリと笑う。

 ツェツィーリアだってこの状態でこれを見ていたら、お墓だなんて言わなかったはずだ。

 こんなグロテスクな印の下で安らかに眠れるなんて思えない。

 でも……だけど……だからって……

「これを建てたのは地底人だ! この“看板”は、地下世界の出入り口を示すものなんだ!」

 だからってそれはないと思う。

 風が唸った。

 身を切るような冷たい風が、雪煙を巻き上げる。

 僕は、カルルの気取っていても無邪気な笑顔が、この風に吹き散らされそうな気がして身をすくめた。

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