カクヨム・パラレル・ワールド

高尾つばき

カクこと、ヨムこと、それが人生


「先生! 

 救急隊がまもなく到着ですよ!」


 ちょっぴり恰幅の良いオデブな救急外来の看護師長は、待機しているドクターの背中越しに怒鳴った。


 三十歳代半ばの整形外科医は、机上のPCパソコンに向かったまま言う。


「あっ、はい。

 ちょ、ちょっと待って」


 一生懸命、キーボードを叩いている。


「ここまで拝読しましたよっと、ハートマークを押して。応援コメントは……続きを楽しみにしています♪ でいいかな」


 看護師長はドクターをせかしながら、片手でスマホを操作していた。


「あらやだ、私の近況ノートにどなたか勝手にお話を載せてるじゃない。

 困っちゃうわよ――プププッ、でも面白いわね、このおかたの小話」


 救急車が病院に到着した。

 ストレッチャーに乗せられているのは、老人であった。


「アイタタッ、わしゃあ、もうこのままアッチの世界へ転生されるんじゃろうか……今度は可愛い腐女子ツンデレ・ヒロインになりたいのう、アイタタッ」


 老人は片手で痛むお腹を押さえながら、もう片方の手で器用にスマホを操作していた。


「もう病院に着きましたからね。

 もう少しガンバってください! 

 え~っと、更新予約はここに日付と時間をっと。

 せめてPVは二桁欲しいな」


 救急隊員はストレッチャーを押しながら、手にしたスマホ画面と前方を交互に見やる。


「な、なんとかもう少し生きて描かねば、わしの物語を楽しみにしてくれておるフォロワーの皆さんに――アイタタタッ」


 老人は痛みを堪えながらも、『異世界でムネキュンなゲートボウラー♡』の第1,304章をスマホで描いていく。

 ちなみにこの老人のペンネーム “ 竜巻ジャック ” はフォロワー数が6,005,084人あり、カクヨム界の異世界ファンタジー部門で常にトップを独走している。


“ 竜巻ジャック ” 、いや、急患の老人は虫垂炎もうちょうと診断され、すぐに手術室へ運ばれた。


 ドクターは手術用の手袋をはめた手に、スマホを握って手術室へ入る。


「おっ、マイページに『異世界でムネキュンなゲートボウラー♡』の新作がアップされてるじゃん。

 う~ん、すぐに読みたい……

 ああ、お待たせしました。

 なぁに手術はそんなに難しくないですから安心してくださいね」


 手術台に横たわる老人に、微笑みながら告げる。


「先生、全身麻酔なんじゃろか」


「いえいえ、腰椎麻酔ですから安心してください。

 意識はありますし、指先も使えますよ」


「そうかな、それはありがたいわい。いやなにね、ちょっと読んでレビューをせねばならん依頼が何件もあってのう」


「どうぞどうぞ。

 レビューはきっちりしてあげないと、レビュー爆とかって言われてしまいますからね。

 私も読みたい新作がアップされてるんで、手術はチャッチャッとしちゃいますよ」


 老人、“ 竜巻ジャック ” は安心したようにスマホをスワイプする。


「さて、それでは虫垂炎の術式を始めます」


 ドクターの言葉に、待機している看護師たちは片手にスマホを持ったままうなずいた。


「メス」


 ドクターは利き手を看護師に差し出す。

 もちろんもう片方ではスマホを操作している。




 一億総カクヨムの日本国。


 仕事中も勉強中も、デートをしたり喧嘩する時も、どんな場合だってカクヨムから片時も離れない。

 総理大臣も、裁判官も、テレビの司会者も、幼稚園児も、誰もが当たり前にカクヨムを読んで、新作を投稿する。

 とても素敵なアナザー・ワールドである。

                                                 了


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カクヨム・パラレル・ワールド 高尾つばき @tulip416

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