第5話 月曜日

 目が覚めた。今度は見慣れた自分の部屋の天井だ。枕元の時計は朝の7時をしめしていた。


「なんだ、長い夢だったのか……なんか疲れたな」


 自分の部屋からリビングへ行くと、洗い物をしていた母がびっくりした顔で駆け寄ってきた。


「精也!よかった!お母さん心配で心配で」


「何が?」


「あなた、2日間も熱を出して、起きなかったのよ」


「えっ?2日も?じゃあ、今日は……」


「月曜日よ!大丈夫?まだ寝てた方がいいんじゃないの?」


「大丈夫だよ。学校行かなきゃ」


「本当に?」


「うん」


 金曜の夜から寝込んで、本当に今日が月曜なら、あかり先輩のオタ研内撮影会がある。休んでる場合じゃない。


 授業が終わって部室に行くと、あかり先輩と山口先輩が談笑していた。木暮も部室にいたが、会話には加わらず端の机で、いつものようにマンガを描いているようだった。


「お、来栖君お疲れ。じゃあ、オタ研撮影会に行こうか」


「え?山口先輩も参加なんですか?佐々木は?」


「うん、僕も参加させてもらうよ。佐々木君はお休みらしい。ね?木暮さん?」


 話を振られた、木暮がこちらをチラッと見た。


「らしいです…」


「そうなんだ。あれだけ楽しみにしてたのに……」


「じゃあ行きましょうか?」


 そういって立ち上がったあかり先輩は、白いワンピースに青いスタジャンを羽織っていた。




 今日も天気がいい。晴れた空から、日差しが柔らかくおりてきている。先週と同じ中庭の落葉樹の下で、山口先輩が先に撮って僕の番になった。今度は山口先輩がレフ係だ。


「来栖先生!レフOKでしょうか?」


「はい、いいです」


 そういって、撮り始めて数秒。決め顔だったあかり先輩の口元がゆるみはじめ、目も若干細くなり始めた。


「あかり先輩、すごくいいですよ、そのまま!」


 ファインダーから見えるあかり先輩の雰囲気が、夢で見たイメージと重なった。シャッターを5枚ほど切ったときに、あかり先輩が吹き出した。


「だめ、我慢できない!」


 僕と山口先輩が顔を見合わせた。お互いに、何がおかしのかちっともわからない。すると木陰から、あかり先輩が近寄ってきた。


「やっぱり!このシャツの胸元に貼ってある半透明のシール、Mサイズって書いてあるよ?ふふふ」


「えっ?」


 自分の着ている、ペイズリー柄のシャツの胸元には、確かに半透明のシールが付いたままだった。


「商品タグだよね?今日1日誰も言ってくれなかった?」


 そこへ山口先輩も歩いて寄ってきた。


「はは!確かに!僕はシャツの模様なのかと思ってたよ!」


「いや、これは、今日出してきた服なので……」


 僕はそういって、素早く半透明のシールをはがして、ポケットにつっこんだ。


「来栖君は、意外とおっとりしてるんだね」


 あかり先輩はそういって、また木陰に戻っていった。山口先輩も後に続く。


「じゃあ、仕切り直しね!」


 にこにこしたあかり先輩の声で、撮影が再開された。




 部室に戻ったのは夕方前。部室のパソコンに僕のデータを取りこみ、写真のセレクトを自分で済ませて、先輩あかり先輩と山口先輩に見てもらうことになった。


「編集はしてませんが、キョウイチ(今日の一番)はこれです」


 パソコンのモニターには、夢の中で見た女子高生のあかり先輩を再現したような画像が出ていた。パソコンに向かっている僕の後ろから、山口先輩とあかり先輩がモニターを見て、山口先輩が先に口を開いた。


「おぉ~これはいいね!まるで親密な相手に書いた手紙みたいな写真だ。そういうのは意識した?」


「どうでしょう。ただ夢中だったので」


「なるほど、今日は来栖君の商品タグにしてやられたってところだな。うまい戦略でした。完敗だよ」


「いやあれは!」


「あはは!」


 山口先輩と僕の会話が、はずんで途切れたところで、あかり先輩が後ろからスッとモニターに顔を近づけてきて、落ち着いた声でこういった。


「来栖君には、私がこんな風にみえてるんだね」


「たまたまですよ」


「ふーん」


 そういって、モニターからあかり先輩が顔を離す時、ボソッとつぶやいた。


「うそつきね」


「えっ?」


「なんでもないよ!」


「はぁ」


「よし、じゃあ、飲みに行きますか!」


「あ、僕は校内ATMでお金おろしてこないと」


 山口先輩がそういうと、あかり先輩も同じだったらしく


「じゃあ、来栖君はちょっと待っててね」


 あかり先輩と山口先輩は、部室を出て行った。




「来栖君」


「おう、木暮。褒められちゃったよ」


「そうみたいね」


 木暮がそう言った後、耳打ちするようにつづけた。


「でも、あかり先輩に近づきすぎるのは止めたほうがいいよ。今日、大学に郵送で佐々木君の休学届が届いたらしいよ」


「えっ?」


 僕も小声になった。


「不審に思った職員さんが、一人暮らしの佐々木の部屋を見に行ったら、もぬけの殻になってたって……」


「ふ、ふーん……」


「とにかく、気を付けた方がいいよ……」


 僕の頭の中で、赤黒い血で染まったあかり先輩の顔がフラッシュバックしてきた。まさかね。

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「あかり先輩についてカメコの僕が知っていること」 コイデマワル @mawaruK

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