第4話 日曜日
(目覚めはいいけど、今度はどこだ?)
全体的に白い部屋。白い天蓋があって、白いベッドもある。
「こっちは準備できたんで、あかり先輩の準備ができたらお願いします!」
「わかったよー」
佐々木の言葉に、あかり先輩の声が聞こえた。どうも扉の向こうに、あかり先輩がいるらしい。
「今日で、決めるぞ…」
佐々木が、そうポツリと言ったところで、扉が開く音がした。
「何か言った?」
「あ!なんでもないです。あかり先輩、今日もきれいですよ!お願いします!」
「ありがとう、今日もお願いね」
「はい」
僕の目の前に立ったあかり先輩は、黒のワンピースを着ていた。
(今度は大人な雰囲気の先輩だな、確かに今日もきれいだ)
「今日はお金かかったんじゃない?このホテル高そうだよ?」
(おい佐々木、ホテルで個撮なのか!?)
「いやぁ、あかり先輩を撮るには、このくらいの場所でないと」
(佐々木!ホテルの個撮で、何を決めるつもりなんだ!)
「なんかお金使わせちゃってるみたいで、申し訳ないよ」
「いえ、先輩はお気遣いなく!僕が先輩を世界一にしてあげますよ!」
僕はだんだん不安になってきたが、僕の気持ちにはお構いなしに、撮影が始まった。
最初は、あかり先輩がベッドに腰掛けての撮影から入った。午後の日差しがレースのカーテン越しにベッドにまで届いていた。逆光気味になり、僕の理想の光景になった瞬間に、また僕のタイミングでイメージを切り取った。
(逆光は良いけど、レフ板を使わないと、光がおこせないな……)
「あれ?またか……」
「どうかした?」
「いや、俺の天才的判断によって、自動的にシャッターを切ってしまったようです。このまま続けましょう」
(佐々木……僕のタイミングだろうが……!)
「じゃあ、次はそのまま寝転がってもらえますか?」
「こう?」
「いいですよー!じゃあちょっと上から撮ります!」
あかり先輩が少し困惑した顔になった気がした。佐々木は寝転がったあかり先輩をまたぐように立ち、その状態から何枚かシャッターを切りはじめた。次第に佐々木の鼻息が荒くなってきたと感じたその時、佐々木は急にしゃがんであかり先輩に抱きついた。
「やっ!やめて!」
「俺が!」
(やめろ!佐々木!)
2人が取っ組み合いをしている間に、僕は壁際に吹き飛ばされた。
「俺が!」
佐々木が2度目にそういった次の瞬間、ドゴン!と鈍い音がして、佐々木が壁際に吹っ飛ばされたようだった。
佐々木は壁際でくの字になりながら、続けた。
「俺が…あかり先輩を…世界一に…してあげますから!」
あかり先輩がベッドの上を歩いて、床に下りた音がした。僕はレンズが向いている壁しか見えず、2人の気配しか感じられない。佐々木がまだうずくまっているところまであかり先輩は来て、仁王立ちしている様子だった。
「はぁ、しょうがないなぁ」
あかり先輩の声は、めんどくさいなぁというニュアンスが全面に出ていた。
佐々木は顔を上げて、こう続けた。
「俺の力があれば、あかり先輩を世界に連れ出せます、一緒にいきましょう」
「そうね、じゃあ君の力をもらうよ」
「えっ、じゃあ!」
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
「えっ?」
あかり先輩はそういうと、佐々木にしゃがみこんで近づいた。
(えっ!やめ……)
そう僕が思った瞬間、ゴキッ!バシャッ!という音とともに、叫び声が部屋に響いた。
「ギャァーーーーー!!!」
(えっ?何が、何が起きてる?)
そしてゴボッ!!ゴボッ!!という音とともに叫び声は、力を無くしていった。
僕は底知れない恐ろしさを感じて、逃げ出したいが、どうにもならない。
声がなくなった後、ズゾゾッ!ズゾゾッ!と、何かをすする音が続いた。
(い、いったい……何が……?)
10分ほどして、何かをすする音が止んだ。
「はぁ~、潤うなぁ~」
あかり先輩の声がつやっぽく聞こえ、立ち上がったあかり先輩は佐々木から離れていった。部屋の向こうで、ゴソゴソ音がして、こう言った。
「桐生?後始末をお願い」
(おい佐々木!どうなってるんだ!大丈夫なのか!)
あかり先輩が、また佐々木の元に戻ってくる気配がした。
「もっと力のある若者だと思ってたけど、味は普通だったなぁ」
ガタガタ震えそうな僕の恐怖感が最大になったとき、ふと体が持ち上がる感覚がした。
「もしかして、このカメラが?」
そういって、あかり先輩の顔が僕の目の前にあらわれた。
(あっ!ああっ!)
鼻の中ほどから、あごに至るまで、あかり先輩の顔はドス黒い赤で塗りたくられていた。
(うわっ!)
「なるほど、早とちりだったのか。盲点だったなぁ……」
あかり先輩のうっとりした顔をイメージに焼き付けて、僕の意識は、また暗闇に引き込まれるように消えた。
また意識が戻った。
(ここはどこだ?)
「力があるのは、このカメラだったみたいで」
あかり先輩の声がした。
(ちょっと暗いけど、どこかの部屋のようだ。あかり先輩の部屋?)
「なるほど、確かにこれは」
あかり先輩に返事するように、男の声がした。
「このカメラに、なにかご褒美をあげたいんだけど、何がいいかしら。桐生」
「そうですね。僭越ながら私の秘蔵写真を、このカメラの内部メモリに入れるというのはどうでしょう」
桐生という男がそういって、僕のメモリースロットからカードを引き抜いて、別のカードを入れた。
(これは?ずいぶん古そうな写真だな)
「何の写真がカードに入っているの?」
「はい、お嬢様が高校生の時の写真です。まだご存命だった、お父様が撮られた写真です」
「えー、ちょっと恥ずかしいな」
パラパラとめくられる画像は、ちょっとぼんやりしている写真も多いし、画像も少し粗い。
(これは、フィルムで撮った写真だな。でもきれいだ)
「じゃあ、中でも私のお気に入りの、この写真を内部メモリに移しましょう」
そう言われた後に、1枚の写真が僕の中に強く焼きついた。写真には、ひまわりが咲きほこり、日差しが強そうな青空が背景に写っていて、写真の真ん中に、つばの大きい麦わら帽子をかぶった、白いワンピースの少女が無邪気に笑っていた。
まぎれもない、あかり先輩の特徴が写真に残っていたが、あかり先輩がただきれいに写っているだけでなく、あかり先輩にあてて出された、ラブレターのようなニュアンスがはっきりと感じられる写真だった。
「じゃあ、これでいいかな?」
あかり先輩がそういったあと、また僕は意識を失った。
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