鬼伝説(桃太郎異聞)

ツヨシ

本編

ある日、青鬼が川のほとりを歩いていると、前から赤鬼がやってきました。


見れば手には大きな籠を抱えています。


青鬼が声をかけました。


「よお、桃太郎桃の収穫かい」


赤鬼が答えました。


「そうだよ。今年の桃太郎桃は、いつになくいい出来だぞ」


「それはよかったな。じゃあ、頑張れよ」


「おう」


青鬼が去ったあと、赤鬼は橋を渡りはじめました。


川の向こうに桃太郎桃の畑があります。


桃太郎桃とは大きな桃の中に、鬼が桃太郎と呼んでいる人間に似た生物の赤ん坊ができる桃です。


それを鬼は栽培しているのでした。


何のために? もちろん喰うためです。


外側の桃といっしょに食べる桃太郎は、そりゃあうまいの、うまくないのって。


うまいんです。


鬼はいつしかスキップしながら、桃園へと向かいました。


――こりゃあ。


桃の木には見事な桃が生っていました。


例年よりも大きくて、例年よりも見るからに水々しい桃の実が。


――今年は当たり年だな。


鬼は早速桃を籠いっぱいに詰め込むと、いそいそと橋を渡りはじめました。


その時です。


「あっ!」


どぼん


欲張って桃をてんこ盛りにしたためでしょうか。


上にあった一番大きな桃が、川に落ちていまいました。


――ありゃあ、今までに見たことがないような大きな桃だったのに。


桃はどんどん下流へと流されていきます。


それを赤鬼はうらめしそうに見ていました。




ところ変わって、あるところです。


そこにおじいさんとおばあさんが住んでいました。


おしいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。


おばあさんが川で洗濯をしていると、上流から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。


――えっ?


びっくりするほど大きな桃でした。


おばあさんは思わず川にずぶずぶ入ると、流れてくる桃を両手ではっしと掴みました。


本当に大きな桃です。


バレーボールくらいはあるでしょうか。


しかしこの時代にバレーボールは存在しなかったので、バレーボールくらいの大きさの桃と言う言葉は使用できません。


残念ながら。


――なんて大きな桃だこと。


おばあさんは、うんうん言いながらその大きく重たい桃を、家まで持って帰りました。


おばあさんが家で待っていると、程なくしておじいさんが帰ってきました。


「なんじゃあ、そりゃ?」


びっくりしているおじいさんを尻目に、おばあさんが言いました。


「おいしそうな桃でしょう。早速いただきましょうね」


「……そうだな」


おじいさんはナタを振り上げると、その桃を真っ二つにしました。


すると割れた桃の真ん中に、小さな赤ん坊がいて、わんわん泣いているではありませんか。


でも、何故桃が真っ二つになっているのに、真ん中にいた赤ん坊が真っ二つにならないのかと、疑問を持たれる方もおられるとは思いますが、主人公が真っ二つになったのではその後の話が続きませんので、その点はご了承いただけると幸いです。


「まあ、かわいい赤ちゃん」


おばあさんは赤ん坊を抱き上げました。


そして状況が理解できずに固まっているおじいさんに言いました。


「おじいさん、この赤ちゃんを二人で育てましょう。そして……名前は……桃から生まれた男の子だから桃太郎、なんてのはどうでしょうね」


おじいさんは無言で首を縦に数回振りました。


五十年以上の夫婦生活の中で、おばあさんにどうでしょうねと言われた時に、いや違うと否定し、おじいさんの意見が通ったことなど、ただの一度もないのですから。




二人は、特におばあさんは、蝶よ花よと桃太郎を育てました。


桃太郎は毎日くっちゃ寝くっちゃ寝をただひたすら繰り返し、そのおかげで見事に成長しました。


いや、成長しすぎました。


ものの数ヶ月で、赤ん坊は平均的日本人の成年男子よりもはるかに大きくなってしまったのですから。


しかもその食べる量といったら半端ではありません。


牛でもこんなには食わないだろうと言う大量の食物を、あっという間にたいらげてしまうのですから。


おじいさんとおばあさんは、ほとほと困り果てました。


このままでは二人とも、飢え死にしてしまいます。


おばあさんは何か考えていましたが、突然目を輝かせると言いました。


「おじいさん、いいことを思いつきましたよ。あの子は桃の中から出てきましたね」


「そうだが、それがどうした」


「子供のころに聞いた事があります。川の上流の山奥に鬼の棲む隠れ里があり、そこには中に子供ができる大きな桃が生る木があって、それを鬼が食べていると」


「そう言えば、わしも子供の時に聞いたことがあったな。すっかり忘れていた。そうか、あの子がそうなのか」


「おじいさん、桃太郎を今すぐここに呼んでくださいな」


「えっ、なんで?」


「いいから呼びなさい!」


「はい!」


離れでごろごろしていた桃太郎が呼ばれ、おばあさんの前に座ります。


「桃太郎や、おまえに折り入って話がある」


おばあさんは桃太郎に、鬼と桃太郎のできる桃の事を話しました。


「そんなわけで鬼どもは、むごい事におまえの仲間をむしゃむしゃと食っているんだよ。そこでおまえに聞きたいのだが、おまえはそんな鬼をどう思う?」


「ひどい奴ですね」


「じゃあおまえひとつ、鬼退治に行ってみないかい」


「僕がですか?」


「嫌なのかい」


「いえ、面白そうですね」


「じゃあ、これを」


おばあさんは、昔おじいさんが合戦に参加していた頃に使っていた粗末な防具と、それに似合わない立派な日本刀を桃太郎に授けました。


防具は桃太郎にはかなり小さめでしたが、無理やり装備しました。


それは着ていると言うよりも、とりあえず身体にくっつけている、と言ったほうがいいでしょう。


身支度を整えた桃太郎に、おばあさんはきびだんごを三つ与えました。


「これは、どうするのですか?」


「ああこれは、あれがなにしてなにする物だよ」


「あれがなにしてなにする物ですか」


「それと鬼の里には、人間から奪ったお宝がある。それを持ってきてくれないか。いわゆる、今まで育ててやった恩返しのために」


桃太郎は生まれたその日からおばあさんに「早く大きくなって、このわしに恩返しをしておくれ」と毎日呪文のように聞かされていたので、恩返しは当然するものだと洗脳されていました。


「わかりました。では行ってまいります」


「必ずお宝を持って帰るんだよ」


桃太郎は出て行きました。




桃太郎はきびだんご三つで、あれがなにしてなにするをやって、犬と猿とキジを家来にしました。


そして鬼の隠れ里に着いたのです。


赤鬼が里の入り口付近を歩いていると、人間が一人と犬と猿とキジが一匹づつ、こちらに向かって来るのが見えました。


――えっ?


そいつは一応人間に見えるのですが、人間よりも大きな鬼よりもさらに大きいのです。


鬼は赤ん坊の桃太郎しか見たことがなかったので、その信じられないほどに大きく人に見えるものが、桃太郎であるとは気がつきませんでした。


そうこうしているうちに桃太郎は、赤鬼の前に立ち言いました。


「おまえが鬼だな。仲間の恨みを思い知れ!」


鬼の横を何かが風のように、さっとすり抜けていきました。


それは桃太郎でした。


成長した桃太郎は鬼よりも身体が大きいだけではなく、鬼よりも数段素早い動きが出来たのです。


――なんだあ?


しかし赤鬼の記憶もそこまでせした。


なぜなら鬼の首がぽとりと地面に落ちたからです。


桃太郎は鬼の横をすり抜けると同時に、日本刀を振り回していました。


「なんだ。鬼ってこんなに弱かったのか。ちょっと緊張していたのに。なんだか損をした気分だな」


桃太郎は犬、猿、キジに向かって


「おまえ達、そこで待っていろ」


と言うと鬼の里の奥にずかずかと入って行きました。


桃太郎は鬼と言う鬼は、男はもちろんのこと、女から少女から幼女から赤ん坊にいたるまで、全ての鬼を切って捨てました。


一言で言うと皆殺しです。


鬼の里は全滅しました。


「ああ、疲れた」


疲れるのも無理はありません。


桃太郎は生まれてこのかたくっちゃ寝くっちゃ寝が専門で、生産的なことは何一つしてこなかったのですから。


「うーん、腹がへった。何か食べるものはないかな」


さっと見た限りでは、食べ物らしいものは見当たりません。目に映るものは鬼の死体だけでした。


「しょうがない。こいつを喰ってみるか」


桃太郎は鬼の死体にかぶりつきました。


「ぺっ、ぺっ。まずい。なんてまずさだ」


鬼は桃太郎の口にあいませんでした。


「くそっ! じゃあおまえ達、ちょっと来い」


桃太郎は犬と猿とキジを呼びました。


そしてのこのこ顔をだした三匹を捕まえて首をへし折ると、そのまま食べてしまいました。


「犬はいまいち。キジはまあまあ。猿はそれなりにうまいぞ」


まだ物足りませんでしたが、耐えがたい空腹は一応おさまりました。


「じゃあ仲間を助けるか」


桃太郎が桃園を探すと、すぐに見つかりました。


しかしそこには桃の実は一つもなかったのです。


桃太郎桃の旬は、とうにすぎていました。


仲間達はとっくの昔に鬼達に食べつくされていたのです。


「なんだ、しょうがないなあ。それじゃあ」


桃太郎はお宝を探しました。


見つかったお宝は、金銀をはじめとして様ざまな宝石もあり、かなりのものでした。


「これだけあれば十分恩返しができるな」


者太郎はお宝を荷車に乗せると、いそいそと家路につきました。




「ただいま帰りました」


「おうおう桃太郎や。おかえり。鬼退治はうまくいったかい」


「はい、おばあさん」


「それと、あれあれ、お宝は?」


「外にあります」


おばあさんが外に出ると、荷車いっぱいのお宝が出迎えました。


「これは……」


「こいつはすごいぞ」


いつの間にかおじいさんも来ていました。


「桃太郎でかした。おまえは本当に親孝行者だよ」


「はい、おじいさん」


おじいさんとおばあさんは小躍りしながらお宝を家の中に入れました。


その様子を見ていた桃太郎が言いました。


「おばあさん、お腹がすきました。何か食べるものをください」


無理もありません。


くっちゃ寝だけの生涯だった大食漢の桃太郎。


それが鬼退治に続き、大量のお宝を運ぶと言う労働をこなしたのですから。


おまけに鬼の里から家まではそうとうな距離があります。


犬猿キジくらいでは、とてもおいつきません。


おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。


桃太郎のために残り少なくなっていた貯えは、桃太郎が帰ってくる少し前に全て食べつくしていたのですから。


「桃太郎、今すぐというわけにはいかんが……。なあにこれだけのお宝があるのだから、これを売ってお金にしてそのお金で……」


「僕は今すぐに食べたいのです。ものすごくお腹がすいているのですから」


「そう言われても……」


おばあさんは困った顔で桃太郎を見ました。


すると桃太郎も、おばあさんをじっと見ていました。


――えっ?


おばあさんは桃太郎の目に異様な光を見ました。


それはとてつもなく強烈な欲望のようなものでした。


桃太郎は肌が触れるほどおばあさんに近づくと言いました。


「いただきまーす」


恩返しはとても大事です。


それは桃太郎もよくわかっています。


しかし恩返しよりももっと大きなウエイトを桃太郎の中で占めているものがあります。


それは食欲です。


桃太郎はおばあさんを捕まえると、頭からばりばりと食べ始めました。


「ひっ!」


おじいさんは腰が抜けて、その場にへたりこみました。


桃太郎はおばあさんをたいらげると、おじいさんを捕まえて、今度は足からがりがり食べ始めました。


骨ごと。


全てを食べつくした桃太郎は、満足そうな笑みを浮かべて一息つくと、考えました。


――鬼、犬、猿、キジ。いろいろ食べたが、なんと言っても人間が一番うまいな。しかもこんな年寄りなのに。年寄りがこんなにもうまいのなら、若い奴はさぞかしうまいことだろう。


桃太郎は、笑いがこみ上げてくるのを抑えることができませんでした。


そしてこの日を境に、人々が鬼と恐れた桃太郎の伝説が始まったのでした。


めでたしめでたし。



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