最終話 その声が届いたら

ここ数日間で私の環境は目まぐるしく変わったけど、世間も未だに大賑わいだ。


『暴落のネット配信』


連日の新聞もニュースもこの見出しと話題で持ちきり。


それが配信された夜。動画投稿サイトに大々的な予告が流れた。


もちろんそのサイトの運営からではなく全く知らない人物から。


それを面白がって見てた人から瞬く間に拡散されて、私が契約していた会社と登録会社が揃って責任問題を問われ叩かれまくっている。


もちろん会社として機能なんて出来るはずもなくて、そのおかげで私は今絶賛フリーターになった。


そのおかげとか言ったけどこれは皮肉でもなんでもなくて、本当に"おかげ"だと思ってる。


こんなに体が軽いのはいつ振りくらいだろ?


こんなに頭がスッキリしているのはどれくらい振りだったろ?


食べて、寝て、休む。


それだけで自分の体が取り換えられたかのように見違えた。


そして何より一番、心が救われたと思う。


あの日。あの夜。


あの子が差し出した手を掴んでいなかったら、私はどうなっていたんだろうか。


会いたい。会ってちゃんとお礼が言いたい。


そう思ってあのお店のあった辺りをぐるぐるしてるんだけど……全然見付からない!


一応ググってもみたけど、あの雰囲気のお店がホームページなんてやってるわけないし、覚えてた文字打っても『八百万神』とか変なのが検索に引っ掛かるし。


なんでちゃんとお店の住所とか番号を聞いとかないの私!


「もぉ~~~~~~」

「……何やってんの?」


へたり込んでた私の真上から男の人の声が聞こえる。


見上げると、そこには見覚えのある顔。


「あ!」

「え?」

「あのお店の人ですよね!?私の胸を触った!」

「うわぁ。こんな往来で爆弾投下するとはね」

「え?あ!いや!あの変な意味ではなくて!」

「それ以上慌てると俺が痴漢って事になるからそこまでで。んで?どうしたのこんな所で?」


あの時の人って確認したくて思わず口に出ちゃった……。


慌てるな私。落ち着け私。


「すいません。お名前お聞きしてもいいですか?」

「え?このタイミングで?」

「お店の人じゃ失礼ですし」

「別にそれでいいけど」

「ダメです」

「……」

「ぜひ!」

「……芦屋です」

「芦屋さん。私、お店に行きたいと思ってまして」

「強情だなこの子……。えっとお店?あ。ウチ?」

「はい。そうです」

「なんで?」

「お礼を言いたくて。あの子のおかげで今の私がありますから。それで来たんです」

「あーそういうこと。真面目だねあんた」

「そ、そうでしょうか?」

「あれはお節介みたいなもんだから、お礼なんてアイツも求めてないよ」

「それでも私はお礼が言いたいんです!お願いします!」


90度のお辞儀でお願いする。


これがすぐ出る辺りまだ社畜は抜けてないなぁ。


「こんなにパワフルだったんかい。はぁー。お守りってまだ持ってる?」

「お守りですか?はいもちろん」


あの子がくれたお守りは肌身離さず持ってる。


私には大事なものだしね。


「じゃあそれ握り締めて、目一杯心の中でお礼って言ってみ」

「え?」

「ほれ」

「あ、はい」


言われた通り手の平で包みながら気持ち強く握って「ありがとう」を心の中で復唱する。


でも、これは一体?


「手、見てみ」

「あ、あれ!?無い!お守りが無くなってます!!」


今の今まで感触のあったお守りが跡形もなく無くなった。


え?なんで?


?????


「分かり易いぐらいキョドってるけど、気にするな」

「気にしますよ!」

「いいんだよ。それで

「へ?届いた?どういう事ですか?」


―――どういたしまして―――


「え……?」


耳元で声が聞こえた。


微かだけどハッキリと。透き通るような女の子の声が。


「なんて言ってた?」

「どういたしまして、って……」

「ほらな」


よく分からないけど、お礼言えたのかな?私。


「じゃあもうここには来るなよー。それが願いだってさ」

「え?願いって誰のですか?」

「さぁね。神のみぞ知るって事で」


目を丸くしてしまった。


パチンと指を鳴らした芦屋さんが、私の目の前でゆらゆらしながらそのまま消えた。


なんか、狐に摘まれたそんな日だった。

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畜生な世界であなたの声が聞こえたら 結城あずる @simple777

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