第3話  虚構と幻と罰

大理石の床とシャンデリア。


家具はどれも海外から取り寄せた特注品で、格式だけを上げる事にこだわった店内。


際どいドレスに身を包んだ女達がお客をもてなすそういうお店だが、ここはあらゆる筋の者達がお酒と共に言葉も酌み交わす場所である。


そこに、二人の男性客が女を侍らせながらまさにお酒と言葉を酌み交わしていた。


縁のないスクエア眼鏡をした細身の男は、ある大手企業の常務取締役である。


片やセクハラ気味に女の腰に手を回してグラスを傾けている中太りの男が、ある契約会社を運営する社長である。


「はっはは!良ーい店ですなここは!」


陽気に満喫する中太りの男。その手は女の腰から上部へと移っている。


「秘書に手配させたので私も初めてですが、使い勝手もいい店ですね」


対照的に、落ち着き払ったように酒を一口ずつ口に運びながら高飛車にソファーに座る細身の男。


「優秀な秘書までもいるなんて、羨ましい限りだ。はっはは」

「そうでもないですよ。そもそも優秀な部下という表現が違います」

「というのは?」

「会社が所有する駒に優秀も何も無いですよ。使うのはこっちなんですから駒に評価など不要です」

「いやはや。楠木さんは怖いですな~」

「その会社に駒を提供しているあなたも大概ですよ持田氏」


ある種の営業トークを繰り広げる二人。


持田の方は若干酔いが入ってはいるものの、それはいつもの事。


お互いに知れた仲の二人は円滑にビジネスの話を進める。


「会社に利潤あってこその仕事ですからな。それで?用件はいつものですかな?」

「えぇ。一人分お願いします」

「手配しましょう」

「いつも迅速な対応感謝しますよ」


不敵に笑みを溢す持田と、丁寧ながらも端々に冷淡さが見える楠木。


利害の一致する二人の関係は、シンプルに需要と供給。


楠木という男は会社に利潤をもたらす事を徹底している。


経営に関してやり手であるが、彼の会社は非合法で成り立っていると言っても過言ではない。


表より裏。賄賂や不正取引も、楠木の会社では通常業務である。


会社の本質を知る者は上層部ごく一部しかいなく、彼が駒と呼ぶ社員のほとんどはその実態を知らない。


そして、知らず知らず会社の暗部の片棒を担がされ、知らず知らずのうちに使い捨てられている事も知らないのである。


特に、会社の内情に浅い外からの人間は楠木にとって非常に使い勝手が良い駒となる。


パート、外国人労働者、そして契約社員。


彼らは本人の意を介さず、会社の利益になる為の養分ともなる。


形が残る契約とはそれだけで強い。書面を通して会社と契約した時点で彼らにはすでに道は無い。


その最たるものが違約金制度。


会社に損害・損失を出せば違約金を支払わなければいけないという法外の理。


普通に考えれば非合法極まりないものであるが、忙殺するほどの業務を日常的にこなす事を強いられる彼らの思考は毒される。


正常な判断が出来なくなった者は、日々塗りたくられる不安から逃げる事が出来ず目の前の仕事に縋ってしまう。


そうなればあとは簡単。


手頃なワーカーホリッカーを選んでを起こさせればいいだけ。


法外な違約金で金を毟り取る事も出来れば、工面できなかった者の給与財産を差し押さえる事さえしてしまう。


まさしく吸い取られるのである。


思考が毒された者は、誰にも相談しないし助けも請わない。


それが社畜を食い殺す楠木のやり方である。


その楠木の下に、贄のように人材を送り出すのが持田の契約会社という訳である。


「それにしても。持田氏の所の駒はすんなりとワーカーホリックになってくれるので有り難いですよ」

「そりゃ色んなとこをたらい回しにして育てていますからなぁ。我が社の教育が行き届いて何よりです」

「え~~~?なんの話ぃ~~~?」


楠木の横に座るノリの軽そうな嬢が、悪戯っぽく二人の会話に入って来る。


「あっはは。おじさん達の大事な仕事の話だよ」

「聞いた話には気を付けたまえ。軽率に振る舞うと人生を棒に振ることもこの世の中には腐るほどある」

「こわぁ~~~い」


本気に怖がる様子はない嬢。


当然こうした店では暗黙の了解があるからでもある。


「まぁ、軽率に振る舞わなくても人生を棒に振ることもあるがね」

「楠木さんが言うと説得力が違いますなぁ」

「歳も地位も浅くて真面目なほど容易いですよ。今回横領で切った女もまさしくそれで、手頃にワーカーホリック化していれば責任も一人で背負い込んでくれる。これほど都合の良い駒もありませんよ」


感情の起伏が少ない楠木がニタリと笑みを浮かべる。


自分の思うがままなる社員達の事を思い浮かべると、自然と征服欲に満たされている。


それに同調するように持田も高笑う。


「やっぱりこわぁ~~~い」

「はっはは。それは君が本当の大人を知らないからだよ」

「そんな腐った世界で勝ち誇る人たちのどうしようもない思考がこわぁいなぁ」

「は?」

「なに……?」


二人の顔つきが変わる。


「はは。聞き間違いかな?」

「あれ?耳まで腐ってるんですかぁ~~~?」

「……君。この業界にいながら、失言にもほどがあるぞ」

「こんな所で業界も何もないんですけど~~~♪」


嬢が不気味に笑い飛ばすと、辺り一帯の景色がまるで蜃気楼かのように揺らめき始める。


オロオロする持田と、平静を保とうとする楠木。


そんな対照的な二人がいた煌びやかな空間は、程なくして薄暗がりのコンクリート壁に囲まれた一室に変貌を遂げた。


さっきまでいた嬢達も上質な家具も一切なく、その部屋に残っているのは塗装の剥げたテーブルと綿の飛び出したソファー。そこに座る二人。そして、入口で待機していた秘書だけだった。


「な、なんだこれはぁ!?どこだここは!?」

「おい!これはどうなってる!?」


理解不能な事に、睨みを効かせながら秘書に問いかける楠木。


秘書がゆっくりと二人に近付いていく。


「楽しんで頂けました?夢見心地な茶番劇は」

「なんだ、と……お前は誰だ?」


近付いて来た秘書、もとい男に楠木の平静が崩れる。


そこには、見た事も無いノッポの男がいた。


秘書とはかけ離れたボサッとした頭に、やる気の無さそうな眠気眼。ポケットに手を突っ込んだサンダルスタイルのその男は、反応が指し示す通り楠木の知らない人物であった。


「秘書はどこだ……?」

「秘書?いやいや。ずっと俺だから」

「なに?」

「この場所を用意したのも俺。ここに連れて来たのも俺。最初からここまで全部俺ね」


顔に「意味不明」と浮き出る楠木と持田。


それを見て男が呆れたように微笑する。


「いーよいーよ分かんなくて。ただちょっと幻に浸ってたってだけだから」

「幻……?ふざけてるのか?」

「ふざけてなんかいないって。ほら」


男が持田の後方を指さす。


そこには瓜二つの姿をした楠木が立っていた。


「なっ!?楠木さんが二人!?」

「!!!」


動揺する二人。


鏡でもなければマネキンでもない。


突然現れたもう一人の楠木は、おもむろに持田が座るソファーに腰掛け対面の楠木と同じ格好を取る。


言葉が出ない二人。


その様子を見て男がパチンと指を鳴らすと、もう一人の楠木もまた蜃気楼のように揺らめいて実体が消え去る。


「……よく出来たマジックだな。いや、大掛かりなプロジェクションマッピングか?」

「お。絵に描いたようなご都合主義。まぁでも"幻影の神通力"じゃプロジェクションマッピングとそう変わらないか」

「神通力?ふん。言動の理解に苦しむが、君の目的は一体なにかね?」

「ウチの主からの指令でね。あんたらに教えに来たんだよ。悪い事したらばちが当たるぞって」

「要点が掴めんな」

「じゃ、あちらをどうぞ」


男が促す方を二人が見ると、そこには三脚とビデオカメラ、コードで繋がったPCがセッティングされていた。


「なんだ……これは?」

「ここまでのは全部ネット生配信中でね」

「なに!?」

「見てみる?閲覧数もぐんぐん伸びてる」


男がスマホの画面を二人に向ける。


そこには今この場の自分たちの姿がしっかりと映し出されていた。


「な、な、な」

「あんたらにはよく分からん力より、現代の武器の方が実感しやすいかな?怖いよねーネット」

「これはマズイのでは楠木さん……!?」

「勝ち誇ったように喋っちゃったねー。キャバに失言がどうの言ってたけど、あんたの方が失言だったね?」

「き、貴様……!!」


顔が紅潮する楠木。持田は楠木と男を交互に見ながら狼狽える。


動画こんなもの後でどうとでもなる!裏付ける証拠もないのだからな!」

「往生際悪いね。これ何か知ってる?」

「それは……うちの社員証?」

「バッジ式のこれが気になってさ。ちょっと拝借したんだよ。まぁそのせいであらぬ一撃を食らったけど」

「何が言いたい?」

「これにGPS付けて社員の動向を管理してたのはもう分かってるんだよね。で。そのデータの送信先を捕まえてその媒体から中身を抜き取ったUSBがこちらになります」

「なっ……!?」


赤から青へ。顔色が一気に変わる楠木。


自身で管理していたパソコンには、人に見せられない致命的なデータが満載だった。


男のブラフの可能性もあるとはいえ、万が一もあり得ると考えると気が気ではなかった。


「あとは、これは裏リストっていうのかな?せっかくだし貰って行くわ」

「それは私のカバンに入ってたやつ!」


脂汗をかいていた持田が驚愕する。


「用は済んだから俺はこれで。ちなみに俺の姿は力で見えなくしてるから、あんた達二人の滑稽な姿しか映ってないんで」

「夢だ……これは夢だ!!」

「うわあぁぁぁ!!」

「これが夢か幻かは明日になってみれば分かるさ。ご愁傷さま」


そのまま暗がりに消えていく男。


部屋には、顔面青ざめた二人が狂乱する姿だけあった。

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