リアル脱出ゲームセット【焼きそば・お好み焼き・タコ焼きとかりがね茶】

「ここか」


 リアル脱出ゲーム『パンドラの箱』。


 うちの店が協力した、商店街のお祭りゲーム企画だ。

 といっても内容を考えたのは先生で、俺たちは何もしていないのだが……。

 月桂樹の冠をした受け付けのお姉さんに無料チケットを渡す。

「携帯電話はこちらに。制限時間は15分です」

 外部と連絡が取れないように携帯を預け、中へ入ると、カチッと鍵を掛けられる。

 これで謎を解くまで出られない。

 教室はギリシャ風に飾られていた。

 特に目を引くのは2つ。


 ずらっと並べられた古代ギリシアの衣装。


 ディスピアすなわち『絶望』というシールが貼られているノートパソコン。


 パソコンはデジカメと繋がっているが、監視カメラというわけではなくただの撮影用の安物だ。

 パソコンのスイッチを押すと、省電力モードだった画面が明るくなった。

 設定をいじっているらしく、このパソコンで行えるのはキーワードの検索(ネットには繋がっていない)・撮影した写真の編集・メールの送信(受信は不可能)だけらしい。

「パンドラの神話にゆかりのあるキャラのコスプレしてから、写真撮ってメールで送れってことか?」

「さすがに簡単すぎない?」

「……だな。先生がそんな単純なゲームを作るはずがない。するとやっぱりこれか。パンドラ……っと」


 パソコンで検索する。


 パンドラの箱は知っているが、伝説の細部までは覚えていない。

 検索結果によると人間に災いをもたらすため、ギリシアの主神ゼウスがヘパイトスという神に作らせた女性らしい。

 ゼウスはパンドラと『絶対に開けてはいけない箱』をエピメテウスに送る。

 その後は有名な話だ。


 パンドラは好奇心に負けて箱を開けてしまう。


 箱の中にはあらゆる災いが閉じ込められており、世界中に災いが振りまかれてしまった。

 ただ箱の底には希望が残っていたので、人間は絶望せずに生きることができる。


 ……そういう神話のはずなのだが。


「残ってたのは希望じゃない?」

「解釈がいくつかあるのね。このゲームでは絶望が外に出なかったことが希望なんだ」


 検索結果によると箱に残った絶望は『未来の記憶』となっている。


 自分の未来になにが起こるか全てわかり、なおかつそれを変えることができない。

 それは確かに絶望的だ。

「つまりこのパソコンの中には未来が詰まってるってことか」

「そしてそれを変えることができない。っていうより、この中に入っている未来は必ず起きるわけだから。逆に考えるとその中の一つを私たちが起こさないといけない、ってことじゃない?」

「なるほど、それでこの衣装か。俺たちはギリシア神話の登場人物の誰かって設定で、その人物になりきらなければいけない、と」


 ゼウス、ヘラクレス、アキレウス、ペルセウスetc.


 ギリシャ神話のエピソードは膨大だ。

 そのどれか一つに絞らなければならない。

 15分で推理するのはしんどそうだ。

「なにかヒントはないのか?」


 カタカタと片っ端から人物検索していく。


 だがいくら探してもただの登場人物紹介で、有益な情報はない。

「くそ、情報量が多すぎる!」

「検索ワード限定すれば?」

「それが出来ないから困ってる」


「監禁とか幽閉は?」


「あ、そうか。俺たちは閉じ込められてるんだ」

 幽閉で検索。


 イカロス、ダナエー、タナトス、ティターン、ピロメラ、ミノタウロスetc.


 試しに生け贄として迷宮(ラビリンス)に送り込まれたテセウスのコスプレをして、ミノタウロスの着ぐるみを倒し、アリアドネの糸で脱出する様子のメールを送ってみたが何の反応もない。

 瑞穂にイカロスのコスプレをさせ、ロウ作りの羽根を背中に生やしてみたがこれも外れ。


 その天使のような姿を俺の携帯に送信しようとしたがそれも失敗した。


 他のコスプレでも結果は同じだった。

「ひょっとしたら閉じ込められてるんじゃなくて。隠れてるんじゃない?」

「その可能性も捨てきれんが。それだと幽閉より検索結果が多くなるぞ」

「難しいわね」

「……あるいは、こっちが難しく考えすぎなのかもな」

「え?」

「いくら検索できるといっても、祭の出し物なんだからマニアックな問題は出さないはずだ。パンドラとか星座の神話みたいに比較的有名なエピソードから問題を引っ張ってきてる可能性が高い。ちょっと考え方を変えればすぐに気付くようななにか……。盲点。逆転の発想」

 ダメでもともと当たれば儲けの気持ちで『隠れる』のキーワードを検索していた時。

「ん?」

 パソコンを操作する手を止める。


 そう、パソコンだ。


 このギリシャ世界で明らかに浮いている文明の利器。

「あ」

「なにかわかったの?」


「……わかった。っていうかなんで気付かなかったんだ。メールでギリシャ神話っていったら『トロイの木馬』だ! くそ、パソコンそのものがヒントだったのか!」


「トロイの木馬ってコンピュータウイルスよね?」

「厳密にいうと違うが。ウイルスのようなものって認識で間違いはない。俺たちは木馬に隠れてトロイを襲ったアカイアの兵士なんだよ」

「? 木馬に隠れたのはトロイの兵士よね?」

「それはありがちな勘違いだ。トロイの木馬って名前だが、実際に木馬の中に隠れてたのはアカイア遠征軍なんだよ」


 トロイの木馬で検索。


「オデュッセウス、エペイオス、小アイアス、ディオメデス、ネオプトレモス、メネラオス……。こいつらが木馬に隠れてた兵士か。問題はこの中の誰に仮装しなければいけないのかだ」

「この小アイアスが気になるんだけど」

「小は特に意味ないぞ。同じアイアスって名前の兵士がいるから区別するために大とか小をつけてるだけだ。大カトーと小カトーみたいに」


 小アイアスを検索。


 英雄アキレウスの次に足が速い。

 神をも恐れぬ傲岸不遜な男で。トロイ陥落時、女神アテナの像にしがみついていた巫女カサンドラを像ごと押し倒し、アテナの怒りを買う。

 小アイアスの乗っていた船はアテナの起こした嵐によって座礁するが、それでも彼は悔い改めず、海神ポセイドンによって処刑された。


 ついでにカサンドラを検索。


 太陽神アポロンに気にいられ、未来を予知する力を得るが、逆にその力によってアポロンに捨てられる未来を予知。

 アポロンを拒むようになり、アポロンに『誰もカサンドラの言うことを信じない』という呪いをかけられる。

 カサンドラはトロイの木馬によってトロイが陥落することを予知し、木馬の中にアカイアの兵士が潜んでいると忠告したが誰も彼女を信じずトロイは陥落した。


「まるでパンドラね。未来がわかっているのに変えることができない」

「小アイアスとカサンドラのコスプレで間違いなさそうだな」

 小アイアスの俺はポセイドンが愛用していた三つ又の矛『トライデント』を持ち、カサンドラの瑞穂はマネキンにアテナの衣装を着せて抱きついた。


「ここで俺がアテナごとお前を押し倒す、と」


「ふああ!?」

 というのはさすがに冗談だが。

「この!」

 瑞穂に足を踏まれるのも構わず、アテナのマネキンを真ん中にして写真を撮り、添付ファイルの名前を『トロイの木馬』にして送信。


 待つこと数十秒。


 ピンポンピンポンピンポンと景気のいいSEが鳴り、『おめでとうございます』とドアが開かれた。

「景品はお祭りの屋台の無料チケットが3枚。それからこれはカップル用の予知になります」

「予知?」

 チケットとは別に封筒を渡される。

 恐る恐る中の文書を読むと。


『一緒に盆踊りを踊る』


 意外に大したことない。


 ……と思っていたのだが。


「なんて書いてあったの?」

「秘密だ」

 予言紙を胸にしまう。

 見られても困ることはないものの、見られないように小細工をする必要はあるからだ。


 パンドラも味なことをする。


「じゃあ無料チケットで手に入れた無料チケットで時間潰すか」

「そうね」

 もうすぐ日も暮れて人も増えてくる。

 売り切れる心配もあるので、ここらで何か食っておくべきだろう。

「なに食う?」

「お好み焼き」

「じゃあ俺は焼きそばだな。んー、二人で食うにはちょっと少ないか? ついでにタコ焼きでも……」

「ソース味でかぶりすぎ」

「ならタコせんだな」

「なにそれ?」

「タコ焼きをえびせんで挟む」

「ソースじゃない!」

 なぜお祭りや海の家で食うソースものは美味いのだろう。


 お茶は『雁々音(かりがね)』にした。

 雁々音は茎茶の一種で、特に玉露の茎から作られた高級なものを指す。

 屋台で売られていたのは冷茶だった。

 雁々音は香りがよくて渋味や苦みがなく、適度に甘い。

 冷茶にもぴったりで、不思議とソース味にマッチする。


 そうして適当に食べ歩いていると日が暮れ、盆踊りが始まった。


「さて、俺たちも踊るか」

「これがさっきの予知?」

「その一つだ」

「一つ?」


 文書に記されていたのはわずか三行。


 一行目は踊ること。


 三行目は『この紙に書かれたことは必ず起こる』という注意書き。


 そして問題は二行目。


『○○は××と△△する』


 ○×△は空欄だ。

 この二行目の虫食い文書に、三行目の注意書きを照らし合わせ、行間を読むとこうなる。


『踊るだけで満足できないなら、やりたいことを書け』


 既に二行目には俺の手で避けられない運命を書き込んである。

 後は実行するだけだ。

 瑞穂の手を取り、リードしながら見よう見まねで踊る。

「もう一つの予知はなんだったの?」

「これだ」


 瑞穂をくるくると回転させてこちら側に引き寄せつつ、腰を抱く。


「え、ちょっと、これ……!?」

「残念ながら逃げられないぞ。なぜならこれは運命だからな」

「ふああ!?」

 周囲の視線と黄色い歓声が気にならないこともないが……。

 おそらくあのゲームに参加したカップルのほとんどがここに来ているはず。

 俺がやれば周りのカップルは雰囲気に流されて全員やるだろう。

 恥ずかしがるだけ損だ。


「目つむれ」


 瑞穂が子供のように丸まって目を閉じた。


 レモンでもイチゴでもなくソースの味がした。

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電気代払えませんが非電源(アナログ)ゲームカフェなので問題ありません 東方不敗 @m_higashikata

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