11、筆頭竜巫女、エルリア
痛い。
痛い。心が、切り裂かれていく。
神官たちの手を、声を振り切り、同じ竜巫女たちの視線を一身に浴びて、私は自室へ飛び込んだ。ああ、ああ、あれは、あれが、国を守護してきた竜の意思!
「ううっ……!」
ゲイジュア様が、キヨラ様をかばい立てて鳴いたとき。初めて、ゲイジュア様の意思が私に伝わってきた。
なぜこの娘と話すことを邪魔をする。なぜこの娘を叱る。この娘が悪いことをしたのか。
答えよ! 我が愛しき娘を叱りし者、我が声を聴こうと参りし者よ。
あの時、ゲイジュア様から暴風のようにぶつけられた意思。
キヨラ様はいつも、あれほどの強烈な意思を受け止めて、平然としていらっしゃったのだろうか。それほど強大で、ハッとするほど深みがあり、そして聞いたこともないほど大きなお声だった。
当然、かもしれない。
ゲイジュア様は、とても大きな素晴らしい体躯をなさっている。声が大きいことくらい、想像できただろう。
でもそれ以上に私の心を締め付けるのは、ゲイジュア様の意思だ、お言葉だ。
娘と話をするのを邪魔されたと、お怒りであった。
なんて馬鹿なことをしたんだろう。私の方がよほど、よほど竜巫女においてあるまじきことをした。
「国竜ゲイジュア様の申し出を、何故竜巫女ごときが断るのか。その職務、間違えておらぬだろうな……! ですって! ああ、なんて、なんて言葉を……!」
断ったわけではない。職務を間違えたわけでもない。
あの人はただ、キヨラ様はただ、私に配慮してくれたのだ。陛下よりの依頼を受けた私のことを思って、ただそれだけのこと。それきりのことなのに。
「私は、なんてことを……」
肩を落としていた、その時だ。
「筆頭竜巫女、エルリア殿」
外から聞こえた声に、驚く。確かこの声は、アルフ様の直属の竜騎士、キルド殿のお声だ。数回しか話した機会はないけれど、良く通る声だったから覚えている。
「キルド殿……で、いらっしゃいますでしょうか」
神殿の、しかも筆頭竜巫女のいる場所まで、竜騎士が直接足を踏み入れることは稀だ。とすれば、誰かの代理で来ていると考えるほかない。
例えば。
そう、例えば、アルフ様。
「……左様です」
私が名前を言い当てたことが意外だったのか、一瞬言いよどまれた。
涙が、引いていく。彼が来たということは、キヨラ様がらみのことだろう。一瞬で冷静になった頭は、ぐるぐるとこれからのことを、考えようとしてもがいている。
「先ほどのこと、我々も不慣れなキヨラ様にお伝えをできず、エルリア様に大変失礼なことをしたと。我らが主、アルフ様より言伝を頂戴しております。子細、お伝えさせていただく機会を、賜れませんでしょうか?」
「……分かりました」
予想が当たったことにホッとしながら、私は神官を呼ぶためのベルを鳴らした。彼らが安堵する気配が伝わってきて、扉が開かれる。自室に閉じこもったせいで身なりがよれてしまったが、見てくれはそう悪くはないはずだ。シャンと背筋を伸ばして、外に出る。
竜騎士としての第一礼をとるキルド殿の手が、私に一通の書簡を差し出している。
赤い鱗のような蝋封は、ついぞ受け取ったことはなかった、アルフ様からの書簡を示す印だ。書かれていることは対面的なことであり、悪いことを、いや。竜巫女非ざることをしたのは私だというのに。
「こちらを」
キルド殿の手から、書簡を受け取る。
夢にまで見た、アルフ様からの手紙。でもその内容は、おそらくは、書記官へ代筆を頼んだものなのだろう。
はらり、とめくって、目を見開く。
筆頭竜巫女様。
書き出しは、それだった。筆頭竜巫女、エルリア様。そう続いていた。
内容は陛下よりの依頼をこなしていた私の元へ、キヨラ様がゲイジュア様の意思によるものであれ、無作法にも聖堂に足を踏み入れたことを、謝るものだった。陛下からの依頼であれば護衛を増やすようにと、遠回しの苦言もあった。
確かに、ゲイジュア様に警戒されないようにと、護衛は最低限にしていた。
ゲイジュア様の心が休まるように、人払いもしていた。
聖堂の時間をこの依頼のために割いてもらい、ゲイジュア様のためにあらゆるものを用意した。
それを分かってくれとは言えない。分かってほしいとは、言えない。
だけど、分かってほしかった。
アルフ様には、あなたには分かってほしかった。だってあなたは、ずっとずっと、アルフ様は、キヨラ様と一緒に公務を務めていらっしゃるのでしょう。竜巫女が竜のためにどんな心の砕き方をするか、知らないの。
ああそうか。
知らないのだ。
キヨラ様が言葉をすべて聞き取ってしまうから、だから知らないのだ。
「なるほど」
この手紙は、私への謝罪であって、私への警告だ。
これは、私をかばうようでいて、あくまでキヨラ様のお立場ためのものだ。
彼女の地位が揺らがないためのものだ。
私と言う筆頭竜巫女の存在が、変わらないようにするためのもの。体面的なもの、仕方がないもの、しょうがないもの。
分かっている。
分かりすぎている。
「……これで、私が許すとお思いですか?」
冷え切った声が、自分の中から滑り落ちる。
書記官が書いただろう手紙を、私の手がびりびりと破いていく。
「アルフ様にお伝えくださいまし。筆頭竜巫女は、神話の紡ぎ手、歴史の証拠。それをないがしろにした罪は重い、と」
私のためなどではない、ただの手紙。
ああ、ああ。何の意味もない。
何の価値もない。
私だって、ゲイジュア様の意思を聞けるのに。
竜巫女たちの誰よりも、何よりも、気高く美しい存在のに。
銀龍フィーエ様に例えられるほどの、存在なのに。
なのに、アルフ様。あなたの手紙は、私ではなく、筆頭竜巫女しか守らないのね。
「ごきげんよう」
肩を怒らせ、私は扉を思い切り、閉めた。
ある竜巫女の顛末記 六角 @takuan10
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