〇七一 分 裂

 ダァン ガァン ガァン

「ギャウッ!」「ギャァッ!」「ギイッ!」


「涼子、来てくれてありがとう」


「お礼は後、虚兵ウツロへいをやっつけちゃいましょう。岳臣たけおみ君、悪いけどバッグ持ってて」

「はい!」


 虚神ウツロガミが現れたと聞いて、岳臣君もついてきてもらった(帰り迷わないようにというのは内緒で)。


 タタタン タタタン タタタン

「グェェェッ」「ギュオオッ」「ギャアッ」


 夜叉姫としては私の後輩になる女の子、百々花ももかちゃんは制服姿で銃弾を異形の兵士に撃ち込む。

 牛鬼との契約から戻ってきた、次の日の放課後になる。

 陽見台ようみだいからだいぶ離れた場所、神奈川県藤沢市。荒れた神社とほこらがあった。

 神社はほぼ全壊だし、祠の方も苔むしてもう半分以上自然に還っている。百々花ちゃんは中学校の帰りに、祠の前で一人で虚兵と戦っていた。

 小柄だけど、反射神経運動神経ともにいい彼女は、私や六花りっかが驚くくらい虚兵の対応に慣れた。

 彼女自身の索敵能力もあって、今回は百々花ちゃんが虚兵を発見して対応に当たってる。右手にサブマシンガン、左手に大きいハンドガンを持って戦う様子はまったく無駄がない。


「はっ!」


 蛇ともナメクジともつかない、うねうねした虚兵にローキックを入れて牽制。黒い銃身の銃の付喪神で虚兵を撃った。


 ガォン


 私も右手の篭手を展開。風の薙刀、嵐風刀らんふうとうで加勢した。


「ふっ!」


 ザンッ! ザシッ! ズガッ!


 夜叉の武器で斬りつけられたウツロたちは、為すすべなくくうに還った。


「終わったみたいね。虚兵と虚孔ウツロあな、両方とも気配が無くなった。空気もきれいになったし。虚兵達はこの祠あたりから出てきたのかな」


「そうだと思います。前に六花りっかさんが『妖魅達が出やすい場所、つまりは観念子ミームが多い場所に、虚兵も多くわだかまる』って言っていました」


 さすがは岳臣君というべきね。妖魅の情報を六花から聞き出してる。ネットとかにアップはしないんだろうけど、それでも聞かずにはいられないみたい。

 ちなみに観念子ミームというのは、広義では『情報伝達の遺伝子』。

 私たち夜叉姫にとっては『妖魅を彼岸のモノとして、此岸に確立させる要素』だ。あまり少ないと妖魅は彼岸の向こうに掻き消えてしまう。


「涼子、少しなんだけど、ここに妖魅の気配がする」


「そうね、それも二体」


 私たちは、切り出した四角い石を組んで作られた、祠の中を覗き込んだ。外観は崩れかけて内側まで苔むしてたけど、中には確かに真円状のものの端が二つ見える。


「あ、僕出しますよ」

 岳臣君が中に手を伸ばして、苔を素手で剥がして中のものを取り出した。手で汚れを落とす。そこから直径10cmほど、金属製の円盤が二枚出てきた。


「これは……古代の鏡ですね」


「銅鏡? いつの時代のかな?」


「どうでしょう、結構近代まで作られてたみたいですし。あれ、裏に何か紋様みたいなのが彫られてる」


 裏返してみると、確かに小さな丸や直線で描かれた、文字か略地図みたいなのが筋彫りされている。

 昔の象形文字とかハングル文字にも見えるかな。


「でも、なんかおかしいですね、僕が今しがた取った時、他の苔とかと同化するくらい埋まってました。でもその紋様って、つい最近彫られたみたいに新しい」


「ほんとだ」彫刻刀の三角刀みたいな溝がきれいに入っている。でも風化した感じもないし、なにより鏡そのものの彫刻の意匠でもない。彫った筋だけ色合いが違ってる。

「なんでだろう」


 夜叉の浄眼を右目にかざしてみた。此岸このよ彼岸あのよ両方で二重写しみたいに見える。


「うん、妖魅化しかけてる」


「そういえば……前から気になってたんですけど、妖魅ってどんな風にできる……発生するんですか?」


「さあ……でも言われてみると謎は謎ね」

 私が初めて妖具化ぐるかした妖魅、御滝水虎おんたきすいこもどこにも絵姿、伝聞がない。まさか滝と虎の形の岩があったら勝手に出来上がるわけじゃないだろうし。


「ね、早く妖魅にしてあげたら? 旧いけどこわれてないから、私の慈悲ジュウイチ心鳥カケルキュウだと付喪神にできない」


「うん」


 右手の篭手の手の甲にある水晶の光で、旧い鏡を照らす。と、鏡が大きくなった。鏡面も輝きを取り戻す。

 直径1mの鏡になった。2枚の鏡はふわふわと浮いている。周りには少しもやが立ち込めていた。


「妖魅のあるじ、夜叉姫として我が眷属に問う。其の方らの名を我に示せ」


「照獣『滅紫鏡めっしのかがみ』」「同じく照獣『至極鏡しごくのかがみ』」


「めっし……しごく……」


「両方とも、紫色の種類の一つですね」岳臣君がスマホで検索する。


「ふうん、映りはいいわね」


 女子たるもの、鏡に向かったら身だしなみを整えるのは、息を吸って吐くくらい当然だ。うん、姫カットも乱れてないし、左目の下のほくろもはっきり映る。そういえば後ろはどうかな。

 夜叉姫になってから、特に意識しなくてもスタイルがキープできるのは正直嬉しい。以前よりもスイーツを食べに行く機会も増えた。だからって食べ過ぎは禁物、ほどほどにしないと。

 うん、ブレザーの背中も汚れはなし。前も、ネクタイもブラウスも大丈夫――――


 ぞわり


「――――?」不意に寒気がした。と同時にひどい脱力感もする。視界が急に灰色に見える。こんなことは夜叉姫になってから、いや、思い出せる範囲ではない。なにこれ、もしかして虚神の仕業? 近くに来てるの? めまいを覚えた私はうずくまる。


「涼子さん? 大丈夫ですか?」岳臣君が手を差し出してくれた。その手につかまる。


「うん、なんとか。でもなんで急に具合悪くなったんだろ」


「――――? え? なんで!?」岳臣君が声を上げた。

 立ち上がったあと、岳臣君の視線の先を見ると…………。


「おお、生身の身体なんて久しぶりだな」


 夜叉姫、彩月さつきが立っていた。ブレザーの制服はまったく一緒。髪は少し外はねしてる。身体を手に入れたのが嬉しいのか、両手を開いたり閉じたりしている。そのあと大きく伸びをした。右手の甲にある夜叉の浄眼は赤紫色だ。


「あなたは――――三滝彩月? でも残像とか、幻影、顕現体じゃない生身の身体。夜叉の浄眼の力でも、実体そのものは作れないはず」


「おおーー、百々花。あの巨大虚兵と戦った時以来だな。飴食べるか?」

 百々花ちゃんは、無言でいちご味のチュッパチャプスを受け取って、こくこくうなずく。


「じゃなくて! なんでいきなり分裂してるのよ!」


「なんでもなにも、お前が鏡妖魅を合わせ鏡にしたんだろ?」


 そうだ、背中側が気になるから二枚平行にしたんだった。でもそんなことで…………。気分が悪いのは収まったけど、代わりにものすごくお腹が減ってきた。下手するとお腹が鳴りそう。


「今の私は、妖魅の能力と鬼力で現界してるみたいだな。私もそうだし、涼子、お腹減ったろ? みんなでラーメンでも食べに行くか」


「もう、彩月あなたが元に戻ればいいでしょ」


「なんだよ、せっかく実体化したのに。じゃあじゃんけんで決めよう」


 と、15回連続あいこの末私が勝った。二体の鏡妖魅の能力を解除する。


「え!?」

「今度は何!?」


 目の前に見慣れた赤い武装が浮いている。

 夜叉の浄眼こと、真っ赤な右腕の篭手だ。いつものと違ってとがった爪までついてる。それが目の前でふわふわ浮いていた。


『おおっ、この状態っていうのもなかなか新鮮だな。浄眼珠がはまってない時は、桐の箱に入って動けなかったが、これなら空も飛べるぞ』


 いいながら彩月(?)は空中を泳ぐように飛ぶ。


『しかしあれだ、お腹は空かないがなんか食べたいな。岳臣、アイス買ってきてくれ』


 すちゃっ


 右手用の篭手は、おもむろに500円玉を三枚出した。


「いいですけど、そのままじゃ食べられないんじゃ」

『じゃああれだ、岳臣。右手っていうか身体を貸してくれ』


 じゃきぃぃぃん


 篭手はバックするみたいに飛んで岳臣君の右手にはまる。

 次の瞬間、赤みがかった彼の髪が変に特徴のある金髪に変わった。芝居がかった感じでネクタイを外す。


「「ちょうどいい身体を見つけた…………っていうか、なんだ? 微妙に歩きづらいな。ああそうか、ついてるのか」」

 と、おもむろにズボンの前を触ろうとした。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 反射的に岳臣君(?)の右腕をつかんだ。そのまま上に上げる。


「「なんだよ、ちょっと触るだけだって。いいだろ? 減るもんじゃなし」」


「減るわよ!(ひょっとしたら増大するかもしれないし) 精神的に私が摩耗する!!」

 篭手を装備して、夜叉の武器とか握るたびに思い出しちゃうじゃない、冗談じゃない!


「「わっ!!」」


「きゃっ」


 岳臣君の身体がバランスを崩した。上を持った私ごと倒れる――――


「あ、いてててて。僕、どうしたんだ?」


 よかった、岳臣君意識を取り戻した…………。


「――――っていうかなんで私に覆いかぶさってんのよ!」


 ちょうど彼の顔が私の上にあった。腕立て伏せの状態で私の上に乗ってる! こんな屋外で冗談じゃない(屋内でもダメだけど)!


「す、すいません! 今……え……?」


 ふよっ


 また右手の篭手が妙な動きを――――と思ったら、岳臣君の手(?)がブレザー・・・・の校章部分・・・・・私の胸に・・・・――――


「何してんの!? どくんじゃなかったの!?」


「い、いや、手が勝手に……」


「言い訳しないでよ!」


 ――――ずむっ


 反射的に右ひざを上げていた。膝頭が岳臣君の、その……両足の間に……。


「ぐ、ふっ…………」牡鹿が頭部を撃ち抜かれた時みたいに、ゆっくりと横に倒れた。腰のあたりをとんとんと叩きながら悶絶してる。


「あ、あの、たけおみくん?」返事はない。反射的に、とはいえ悪いことしちゃった。


 百々花ちゃんがスマホを取り出す。


「はい。六花? うん虚兵は倒した。で、たった今鏡の妖魅が二体できて、涼子が契約した。

 で、今岳臣さんが倒れてる」


 百々花ちゃんが六花に電話してる!


「……うん、そう。…………その…………そこを蹴った」


 待って、というより先に今の成り行きを六花に説明された。スマホ越しに、六花が大笑いする声が聞こえる。

 篭手になった彩月も岳臣君のわき腹をさすってるし。誰が原因でこうなったと思って。

 また、岳臣君との黒歴史が増えた。気を取り直して元凶(?)の鏡妖魅に向かう。二つの丸い鏡は何事もなかったみたいにふわふわ浮いてる。




 さっきまでと違って、私自身のどんよりした顔が映っていた―――――

 

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やしゃ ひめ! 星村哲生 @globalvillage

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