第3話 恋敵の殺害


 時があっという間に過ぎ、五谷家の3人が帰る時刻となった。

「そろそろ、御いとま致しましょうか」

 沢が夫 蔵乃進の顔を見た。

「そうじゃな。そろそろ、いとまするといたそうか」

 蔵乃進が相槌を打った。

「大変お世話に成りました。長い時刻、お邪魔いたしました。これにて失礼致します」

 篠と父母の二人は、丁重に礼を述べると、帰宅の途に着いた。


 三人の帰りを見届けると、

「中々いい娘さんですね」

 と、菊が淳乃条、淳乃介の顔を見ながら言った。

「気に入ったようだな」

 淳乃条が息子を見た。

「まあ、そうですね」

「どこが気に入ったのだ」

 淳乃条が、さらに鋭い質問をした。

「美化の扱いですね」

「猫の扱いとな」

「ええ、あの扱い方なら、私も上手に扱ってくれるでしょう」

「わはははッ・・・。さもあらん。さもあらん」

 淳乃条が上機嫌で高笑いをした。

「そうですね。おほほほほ・・・」

 菊も夫に釣られて笑い出した。

 3人の幸せそうな顔を見て、ぽろぽろと大粒の涙を零したい心境だったのが美化だった。

「畜生!畜生!畜生!」

「なんてこんなにどじなんだ。馬鹿。馬鹿。馬鹿。美化の大馬鹿。いやになるよ。あ~あ、余りの馬鹿さ加減に涙も出ない」

「どうしよう。あの女を追っ掛けて、せめて居場所でもつきとめるか。策を練るの

は、それからだ。よ~し、そうしよう」

 美化は考えが纏まると、急いで三人の後を追い掛けた。


 五谷家の屋敷は、楓家の屋敷から徒歩で、現在の時に換算すると約10分。

 三人が道のりの半ばに指しかかった頃。

「あっ、忘れ物を・・・」

 篠が立ち止まり、忘れ物をした事を不意に思い出した。

「何を忘れたの?」

 沢が篠に尋ねた。

「扇子です。今から、戻って取って参ります」

「一緒に行って上げようか」

 と、沢。

「大丈夫です。すぐ近くですから、ひとりで行って参ります」

「では、気をつけてな」

 蔵乃進が楓家に戻って行く娘に声を掛けた。

「わかりました。すぐに戻ります」

 篠は父親に声を掛けると、振り返り小走りで楓家の屋敷へ向った。


 美化は、ずっと三人の後を忍び足で追っていた。

 暫く後を追っていると、篠が立ち止まった。そして、父母と何やら立ち話をしてから、今来た道を戻り始めた。

 話の内容から、扇子を忘れて屋敷に取りに帰るみたいだ。

「しめしめ。絶好の機会が到来。神も仏もいるもんだ」

 美化は篠が一人になるのを待ち受け、急に篠の前に姿を現した。

「あっ、先ほどの猫。美化だったわね」

 篠が美化に気が付いた。

 美化は手招きをして篠の少し前を、振り返り、振り返り、歩いて行く。そして、篠を大きな通りから、人通りの少ない路地へ、誘導して行った。

「美化、いったいどこへ行くつもり」

 篠は、物凄い磁力に引っ張られるように、美化の後をふらふらついて行く。

 路地の中ほどに差し掛かった。

 丁度、日も暮れ終えた頃。

 美化が篠を鬼のような眼差しで睨み付け、凄い唸り声を上げた。


 ニャおご――ッ!!!


「ああああッ・・・」

 篠が美化の余りの形相に顔色をさっと変え、後ろに仰け反った。

 その途端、美化が篠の首筋目掛けて、目にも止まらぬ速さで跳び付いた。

「あレ―――っっ!」

 篠が悲鳴を上げた。

 がぶッッッ!

 美化が篠の首筋に噛み付いた。

 しゅパー-ー。

 篠の首筋から真っ赤な血が飛び散った。

 美化が歯に渾身の力を込めた。

 むぎゅ~。

(息の根をとめてやる)

 むぎゅむむっむ~。

(死ね!)

 美化がありったけの力を歯に込めた、

 篠が崩れるように倒れて行った。

 美化は射止めた獲物を誇らしげに見詰めた。

 篠の首筋からは赤い鮮血が、たらたらと流れている。


 ぺろぺろッ。


 美化が篠の血を舐めた。


 ぺろぺろぺろり。


 美化は赤い長い舌を、何度も何度も出したり入れたりして、赤い篠の血を舐めた。

 美化が篠の血を舐め終わる頃、篠は息絶えた。

 美化の口の回りには、篠の血がべちょ~と付いていた。

 美けは、その血を長い舌でぺろりと拭った。

 儀式は終わった。

 篠になる為の儀式は,滞りなく終わった。



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