第2話 涙の見合い


 見合い相手は、淳乃介の父親 楓淳乃条の友人 五谷蔵乃進の次女 篠。本歳18歳。懇意の仲という事もあり、気取らずに話を。と、言う事で、見合いの席は、楓家の屋敷で相成る事になった。

 見合い当日。

 朝から、美化はそわそわ。そわそわ。居ても立ってもいられない。それで、おしっこばかり。全く落ち着きが無い。

「どうぞ、見合い相手はぶす、いや大ぶすでありますように」

「淳乃介さまの大嫌いな巨漢の女性でも構いません。その場合、出来るだけ巨漢をお頼申します」

「何卒、淳乃介さまが気に入りませんように。切に、切に、お願い致します」

 美化は両手を合わせて必死に祈った。いや、祈りまくった。


 七つ下がり(午後4時過ぎ)

 見合い相手が両親と共に、しなしなとおしとやかに現れた。

「な、ななななな―――なななななんと、相手は絶世の美女」

「しかも、お茶、お花、お琴、料理・・・と、才色兼備の超難敵」

「神も仏もいないのか」

 美化は篠を廊下の隅からチラッと見て、思わず仰け反った。そして、彼女の評判の高さを小耳に入れ、神と仏を心底呪った。

「畜生!これじゃ、淳乃介さまが気に入ってしまう」

「どうしよう」

 美化は歯軋りをきりきりと噛んで困り果てた。

 見合いの席では、楓家の当主である父 淳乃条、母 菊、そして、淳乃介が神妙に席に付く。

 相手方は、五谷家の当主 蔵乃進、その妻 沢 次女 篠が、これまた神妙な面持ちで席に付いた。

「今日はめでたい。実に、めでたい。蔵乃進の家と縁続きになるとは・・・。迂闊にも、夢にも考えなかったわ。うはははは・・・」

 上機嫌で淳乃介の父 淳乃条が口を開いた。

「あなた、まだ決まってもいませんのに・・・」

 淳乃介の母 菊が、着物の袖を軽く引っ張ってを夫をたしなめた。

「何を言う。決まったも同然だ。なあ、蔵乃進」

「おお、誠にめでたい。こんないい組み合わせが、ほんの手近にあったとは、誠 迂闊であったわ」

 五谷蔵乃進が淳乃条に同調した。

 父親同志の対話を聞いて、篠がポーと頬を薄赤く染めた。

 それを見て 菊が篠に声を掛けた。

「篠様は幾つになられました」

「はい、18歳になりました」

 篠が恥ずかしそうに、菊の質問に答えた。

「淳乃介が20歳だから、歳も申し分ない」

 淳乃条が思わず口を挟んだ。

「淳乃介さまはどんなご家庭を築きたいのですか」

 今まで黙っていた篠の母親の沢が、鋭い質問を淳乃介に投げ掛けた。

「父と母のように仲睦まじき間柄にて、何でも語り合える対話のある家庭を作りとうございます」

 家庭を持つなら亭主関白ではなく、対話のある開けた家庭を作りたいと、常々淳乃介は考えていた。

「それは、それは、お羨ましい事」

沢が微笑みを浮かべながら囁いた。

「篠さまは、どんなご家庭を」

すかさず、菊が篠に尋ねた。

「私も淳乃介さまと同じ考えでございます。ただ、対話の中にも礼儀を重んじたいと存じます。旦那さまを立て、子を礼節の内に育て、親を敬い、家の繁栄に励みたいと思います」

 篠の発言に淳乃条、菊、淳乃介の三人は大いに感服した。

(18歳にしてはしっかりしている)

 三人は、内心同じような思いを抱いた。

 篠の発言に面白く無いのが、隣の部屋から話を盗み聞きしていた三毛猫の美化だった。

(くそッ!格好つけやがって。こっちが黙っていりゃ、つけやがりやがって。こうなりゃ、実力行使でこの話を壊すしかあるまい。今に見ていろ。腰を抜かすなよ)

 美化が大きく深呼吸した。そして、襖の少しの隙間を手の爪でこじ開けると、篠を目指して猛然と突進した。


「あ- ――ッ!」

篠は自分目掛けて猛然と一匹の猫が突進して来たので、仰け反って驚いた。


ガチャン。



ビチャ―――ッ!


 勢い余って美化の足が、湯呑に引っ掛かり湯飲みの蓋が吹っ飛んだ。

 篠の前に置かれた湯飲みは倒れて転がり、中のお茶が、篠の着物と帯に噴きかかった。

「あれっ!!」

 篠は正座のまま慌てて後ろに下がり、小さめの手拭いで着物のお茶を拭った。そして、帯の間に入れていた扇子を取り出した。

 篠は元来汗かきだった。緊張しても涼しい顔をしていられるよう、篠はこっそり扇子を忍ばせていたのだった。

 扇子は竹の部分が少し濡れただけで、紙の部分は大丈夫だった。

 篠は、その扇子を自分の席の後方に乾くまで置いておく事にした。

「美化!駄目じゃないか。普段はあんなに大人しいのに。いったい何があったのだ。篠さま、ご迷惑をかけて誠に申し訳ありません」

淳乃介が篠に侘びを入れた。

「いいえ、お気になさらずに。美化というのね。美化こっちにおいで」

 篠は部屋の隅でべそを掻いている美化のそばに寄って来て、背中を撫で、ひょいと抱き上げた。

「美化、大丈夫。気分でも悪いの。蚤にでも噛まれたか。痒かったの。それで、飛び出したのね。ああ、そう。そうだったの。痒いの痒いの飛んで行け。どう?もう痒くない。良かったね」

 篠は怒るばかりか、着物を汚した美化に愛情深く接した。

 淳乃介は篠の気立ての良さ、愛情深さに心打たれた。

 淳乃条と菊もまったく同感だった。

 人の本性は咄嗟の時に出る。

(この娘ならうちの嫁にしても申し分ない)

 淳乃条と菊は、心の中で楓家の嫁として合格点を出した。

 面白くないのは、美化だった。

 見合い話を壊す為にひと芝居い打ったのが、生憎の逆効果。篠の評判を一気に高める事になってしまったから、腹立たしいやら、情けないやら。もう、ぷりぷりのこれ以上ない、というしかめっ面をして、篠に抱かれていた。

(死んでしまいたい。敵に塩を差し出す結果になったとは・・・。とほほほほ。情なくって涙もでない)

 美化は、愛情深い篠の顔を見ながら心で泣いていた。

「篠さま、そのお着物は大切な大切なお着物なんでしょう」

 菊が篠の着物を見ながら呟いた。

「これですか。いいえ、そんなでも・・・」

 篠が恥ずかしそうに答えた。

「新しい着物を贈り物としとうございます。篠さま受け取っていただけませんか」

 淳乃介が篠の顔を見て涼やかな目で言った。

「えっ、淳乃介さまが・・・」

「美化の失態を大目に見て頂き、その心からのお礼と、篠さまに私が選んだ着物をぜひとも着て頂きたく思い、贈り物をしたくなりました。よかったら、二人で呉服屋に行きたいのですが、いかがですか」

 淳乃介が心に感じた事を素直に口に出した。

「そういう事でしたら、喜んでお受けいたしますわ」

 篠が淳乃介を見て微笑んだ。

「そうするが良い。そうするが良い。金は私が面倒をみてやるから、安心せい。めでたい。誠にめでたい。猫が取り持つ縁で両家が結び付くとは、にゃんともめでたい」

 淳乃条が、縁談が決まったような口ぶりで饒舌に語った。

 美化のひと芝居で、見合い話は美化が願わぬ方向へと上首尾に進んだ。

 この後も、和やかな談笑が続き、見合いの席は大いに盛り上がった。



 

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