第5話 出会茶屋の密会
武家屋敷が建ち並ぶ通りの右手方向少し離れた所に、小さな川が流れていた。その川には、小さな橋が架かっていた。
淳之介と篠の二人は、半円形の小さな橋を渡っていた。
橋を渡ると、川岸沿いに何軒もの店が建ち並んでいる。
出会茶屋は、その一角にあった。
淳乃介は出会茶屋が近付くにつれて、心臓が激しく半鐘を鳴らしているのを感じていた。
(心臓がぱくぱく脈打って、今にも破裂しそうだ)
淳乃介は心臓の高鳴りに喘いでいた。
化身した篠は、早く二人きりになりたかった。そして、その一瞬を想像すると、胸が熱くぐらぐら沸騰するようだった。
二人が出会茶屋に到着した。
篠が淳之介の手をしっかりと繋いだ。
淳乃介はこんないかがわしい所に入るのは、生まれて初めての経験だったので、凄く緊張し、手が汗ばんでいた。
「いらっしゃいまし」
中から女将らしき人が愛想良く二人に声を掛けた。
「空いていますか」
淳乃介がもじもじしているので、思い余って篠が女将らしき人に声を掛けた。
「丁度、よございます。二階の奥の部屋が、たったいま空きましたので、案内させます。ちょっとお待ちを」
出会茶屋は繁盛している様子。
「お仲~」
パチパチパチ。
そう言って、女将が手を叩いた。
中から、30過ぎの女中が出て来た。
「はい、女将さん」
「お客様を二階の奥の部屋に案内してくれないか」
「はい、わかりました」
女中が二人を二階の奥の部屋に案内した。
二階に上がると、廊下伝いに部屋が三つあった。
二人は女中の先導で奥の部屋まで案内された。
三人が奥の部屋に入った。
「襖を開けた奥の部屋が寝室となっていますので」
女中は湯飲みに茶を注ぎ、それに蓋をした。
「これが戸の鍵です。ここに置いておきます」
「では、ごゆっくりと」
それだけ言うと、女中は出て行った。
四畳半畳位の畳の部屋には、行灯と座布団、湯飲みが二つあるだけ。
篠は木の戸に鍵を掛けると、鍵を行灯のそばに置いた。
行灯の光りが薄暗く、妙に艶かしい。
淳之介は部屋の入り口付近に棒立ちに成り、鉄柱のように固まっている。
淳之介を横目で見ながら、何を思ったのか、篠がずかずかっと奥に行き、行き成り寝室に続く襖を開けた。
中には、寝具が二つ並べて用意されている。
篠が布団を見下ろして口を開いた。
「出会茶屋とは、いと面白き物。私の想像を遥かに超えておりましたわ。恋仲の二人には、最高の場所ですわ」
篠は興味津々。目を猫のようにぴかりと光り輝かせている。
「淳乃介さま、そこに棒のように突っ立ってないで、ここにお座りになったら」
「はあ、はああ・・・」
化身した篠の言葉で、やっと淳乃介は我に返った。
「出会茶屋が商売繁盛なのも頷けますよね。ねえ淳乃介さま」
「そう、そうですね」
淳之介は仕方なく相槌を打った。
「もっと早く来たかったなあ、淳乃介さまと」
「・・・」
「ここなら鍵も掛かるし、どんなに乱れても平気。いいなあ。どうしてもっと早く来なかったのかしら」
部屋の中をきょろきょろ眺め回しながら、篠の独り言。
「しかし、人間は凄いモノを発明するわね。じゃ、どうして今まで無かったのか。うち等はどこでもやるから、いらないのか。ああ、そうか。そうだね。納得。納得」
訳の分からない事を篠は、ぶつぶつと喋っている。
「部屋も見学出来た事だし、そろそろ帰りませんか」
今まで自棄に落ち着かない素振りの淳乃介が、いきなり突拍子も無い言葉を、篠に囁いた。
「ナニっっっ!帰る。信じられない」
呆れた顔をして篠が、淳乃介の惚けた顔を見詰めた。
「何が、信じられないのですか?」
と、淳之介。
「信じられないから、信じられないのです」
と、篠。
どうにも、二人の歯車が噛み合わない。
淳之介は、益々篠が分からなくなった。
武家の娘らしく気高く楚々した篠と、出会い茶屋に興味津々の猫のように目を光り輝かせる篠。この二人が、とても同一人物とは、淳之介には思えなかった。
「淳之介さま、折角ここまで来たのです。篠は、篠は、淳之介さまと結ばれとうございます」
篠が自分の意思をはっきりと伝えた。
「えええええええええええ・・・結ばれる。今日、見合いの席で初めて会ったばかり。まだ、夫婦(めおと)にもなっていないのに・・・」
豹変する篠を見て、淳之介は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「それ故、体だけでも、一刻でも早く夫婦(めおと)になりとうございます。私(わたくし)の願いは、可笑しいのでしょうか」
篠が真剣な顔をして淳之介に迫った。
「可笑しくはないのですが・・・」
そう言いながら、淳之介は後ろに後退りした。
「なら、抱いて下さいまし」
篠が後退りする淳之介の懐に、行き成り跳び付いた。
化身した篠は、元々が猫である。跳び付くのはお手の物。身の軽さは、化身しても変わっていない。
「篠さま、待って下さい。その前に、ひとつ聞きたい事がございます」
抱き付く篠の体を引き離し、淳之介が心に湧き上がる疑問を篠に投げ掛けた。
「何でしょうか」
「篠さまは、果たして着物を自分で着る事が出来るのでしょうか」
「自分で着物の着付け・・・」
篠は、そこまで考えが及ばなかった。元々、猫は一年中、そのままの姿。つまり、生まれたままの素っ裸。着替えや、着付けなどする必要は、全く無かった。
「着物を脱いだは良いが、着れぬとあっては恥を掻きまする」
淳之介が心配顔で篠を見詰めた。
本物の篠は、もちろん自分で着付けなど、朝飯前。だが、化身した篠は、着付けなど、した事がなかった。
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