第二章 第三話 彼方と栞、ため息が零れる

 予知夢の事を話し終えた後、栞先輩は青い顔をしていた。

「……絶対に止めないと」

「そうだな、絶対に止める。けど、それには体力が必要だぞ。まずは目の前の惣菜パンを食え」

 俺に指示されて、栞先輩が手をつけていなかったパンにようやくかぶりつく。そ

の間に俺もちゃっちゃと弁当を食べ終えた。


「で、まず予知夢を防ぐために一番しなくちゃいけないことは、OBに憑いている霊の特定だと思う」

 栞先輩は袋のごみを一つにまとめながら訝し気な表情をしていた。

「何故かしら。一番しなくてはならないのは和泉を守ることでしょ。憑いている霊は二の次のはずよ。とりあえずは和泉とそのOBを会わせないように―――」

「栞先輩。確かに和泉先輩を守ることが大切だ。でも、そのためにやらなきゃいけないのが憑いている霊の除霊じゃないか?」

「何でよ」

 栞先輩の語気が少し強い。きっと、焦ってるんだ。


「いいか? まず、和泉先輩を守るって言ってもどのくらいの期間守ればいいのか分からない」

「そんなの、野球部の人にでも、そのOBが来る日を教えてもらえば予知夢の日なんてすぐに特定できるわ」

「確かに予知夢の日は和泉先輩を守ることが出来る」


 俺の言いたいことが分からないようで、栞先輩がイライラしていた。

「どういうことかしら。もっと端的に言いなさい」

「だから、仮にその予知夢を防ぐことが出来ても、その霊がいなくなったわけじゃない。また、いつその霊が和泉先輩を襲うか分からないだろ。あの霊は和泉先輩のことを恨んでる感じだった。霊を除霊しない限り、和泉先輩が危ないのは続くんだ」

 ようやく合点がいったようで、栞先輩が目を大きく見開いていた。


「分かったか? 守るのはいいけど守るだけじゃ駄目だ。次がないようにしないと」

「……分かったわ。どうやら少し急いていたみたいね」

 ため息とともに、栞先輩が目を閉じる。

「仕方ないさ、親友の命が危ないんだしな。で、じゃあどう動く?」

「……予知夢の日はさっき言ったようにどうにか特定できるはず。一つ確認だけど、予知夢が来年のことだったりしたことってあるのかしら?」

「いや、長いやつでも三週間くらいだったな。だから特定は簡単なはず。雪が野球部のマネージャーだし、特定は俺がするよ」

「分かったわ。後は、その霊が誰なのかね。私は、和泉に恨まれるようなことをしたことがあるか、それとなく聞いてみるわ」

「そうだな。霊を除霊しないとだし」


 すると、栞先輩が思いついたように尋ねてくる。

「さっきから除霊除霊言ってるけど、あなたしたことあるの?」

「いや、全然」

 あまりにぶっきらぼうに言い過ぎたせいか、栞先輩が茫然としていた。

「まあなんとかなるだろ。霊としてこの世に残っているってことは何か未練があるってことだと思うし。その未練を無くしてやれば除霊出来そうじゃない?」

「……急に不安になってきたわ」


 その時、昼休み終了のチャイムが校舎内に鳴り響いた。それを聞いて俺は立ちあがった。

「とりあえずだ、栞先輩は和泉先輩と霊の事を少し探ってみてくれ。俺はOBの方に当たってみながら霊の事も調べてみる」

「分かったわ」

 栞先輩も立ち上がって一緒に屋上の出入り口へと向かう。

「あ、それとな、放課後は少し時間作ってくれ。調べたいことがあるんだ」


「何かしら」

「フェンス。球があんな簡単に貫通するかなって思ってさ。だから、ちょっと確かめようと」

「あのフェンスが壊れてるせいで貫通したなら、今のうちに直せば貫通せずに済むかもしれないものね」

「そういうこと。じゃ、放課後にフェンスの前でな」

「分かったわ」

 そして俺達は昼の授業に臨むべく階段を下りて行った。


 五時間目が終了した後、俺はすぐに雪のクラスを訪れた。

「雪、いるかー」

 声を出しながら、クラスに入っていくと女子生徒達と談笑している雪の姿が見えた。雪も気付いたようで、何故か嫌そうな表情を浮かべていた。

「げ、彼方」

 ていうか嫌そうな声も出した。

「そんな露骨に嫌がる事ないだろ」

「嫌なものは嫌よ。あんたと兄妹っていうのが嫌」

「それはどうしようもなくね!?」


 すると、雪が俺の手を掴んできた。

「なに? 嫌とか言いつつのこのスキンシップは」

「馬鹿な事言ってないでこっち来なさい!」

 雪に引っ張られて廊下に出る。そして、雪は俺を解放して廊下の壁に寄りかかった。


「あのね、あんまり簡単に入ってこないでよ」

「何だよ、同じ一年生なんだから別にいいだろ」

「良くないわよ! まったく。それで、用件は何」

「あー、雪って野球部のマネージャーだろ。あのさ、今金髪で昔は投手やってた野球部のOB知らないか?」


 雪が少し考え込むような顔をするが、すぐに首を振った。

「知らないわね。ていうか転校してきたばっかりでそんな情報知らないわよ」

「だよなー。じゃあ、今週か来週にOBが遊びに来るとか聞いてないか?」

「聞いてないわ。それよりもこの質問にはどういう意味があるの?」

「あー、知らないならいいわ。じゃあ、放課後ちょっと野球部寄るからよろしく」

「はぁ!? ちょっと、彼方!」


 雪に詮索される前に、俺はその場を立ち去った。

 雪はやっぱり知らなかったか。なら、放課後に野球場に行って雪以外の野球部に聞くしかないな。

 幸先がちょっと悪かった俺は、少しため息をついた。


 昼休み終了後、二年三組の教室に戻ると、和泉が笑顔で手を振ってきた。

「お帰り。どう、楽しかった?」

 その屈託のない笑顔が今は少し辛かった。

「いいえ、相変わらず生意気だったわ」


 和泉は私が屋上で彼方君と昼食を食べてきたことを知っていた。

「でも栞がまさか男の子と二人きりで食事なんてね。今でも半信半疑だよ」

「何がよ。別に彼方君とは何でもないんだからいいじゃない」

「相手は、そう思ってないかもよ」

 彼方君が? まさか。


 それよりも私には和泉に聞かなければいけないことがあった。

「和泉」

「ん?」

 和泉が授業の準備をしながら、返事をする。

「あのね、和泉って誰かに恨まれたりしたことってある?」


 私の質問に和泉が動きを止めて私の方を見た。その顔は不思議と言わんばかりの表情だった。

「いや、ないと思うけど。どうして?」

「いいえ、ないならいいのよ」

「ふーん、変な栞」

 和泉は不思議そうにしていたが、やがて笑顔を見せて前を向いた。

 和泉が嘘をついているとは思わない。私と和泉は嘘を言うような仲ではない。


「……」

 でも、私は霊が見えることを和泉に言っていない。これは嘘、みたいなものなのかしら。そして私が言えないことがあるみたいに、和泉に何か言えないことがあるのかしら。

 そうして私は少しネガティブスパイラルに陥ってしまった。

 午後の授業は、そのことだけが頭の中でぐるぐるして授業の内容が頭に入ってこなかった。

 私は、授業中に肘をつきながらため息をついた。

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霊が繋ぐ彼方と栞の人生譚 春華秋灯 @ainosin107

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