第二章 第二話 零道彼方、クラスに馴染むのち予知夢

 無事に栞先輩を助け出した次の週の月曜日。そのとある授業休みに俺はとある疑問を海斗に投げかけられた。


「あのさ、唐突に思ったんだけどさ。彼方が転校してきたのって一年生が始まって一か月経ったばかりのころじゃん。そんなころに転校してくることってあるの?」


 その言葉は、やり忘れていた宿題をやっていた俺の手からシャーペンをいとも容易く落とさせた。

「ちょっ、海斗! 馬鹿!」

 話を聞いてた絵美が海斗の頭を叩く。だが、叩かれた理由を海斗は分かっていなかったようだ。

「えっ、何が!?」

「皆、それを疑問には思っていたけど聞かなかったのよ! きっと何かしらの事情があるからって!」

「え、そうだったのか!?」

 絵美、それ、大声で言うか?


 絵美が気遣うように俺に声をかけてくる。

「彼方、答えなくていいからね」

「いや、別に言えないような理由じゃないから言うよ。ていうか、もう言う流れ出来てないか? 皆の視線釘付けじゃないか?」

 絵美が大声で喋っていたせいか、クラスメイト達は皆俺の方に注目していた。


 まぁ、皆気になってたらしいしな。

 そして俺は転校してきた理由を語った。だいぶ簡潔に。

「要はだ。前の高校にちょっといられなくなっただけ」

「……まぁ、だいたい想像通りだったわね」

「おいぃ!? 別にそんな絵美達が想像しているような問題をやらかしたわけじゃないぞ!」

「じゃあ、何したのよ。場合によっては……」

 絵美が少し俺から後ずさる。


「それは……言えないけど」

 言えない理由、それは予知夢が関わっているからである。予知夢通りの未来を阻止するために動いた結果、とんでもないことをやらかしたのだった。

 絵美が値踏みするように俺の顔を見てくる。だが、やがてため息をついて笑みを浮かべた。

「まぁ、いいわ。彼方が何かするとは思えないし」

「……よくもまぁそんな転校一週間でそう言えるな」

 俺は思わず疑問を口にした。たった一週間でそこまで人を信用できるものなのだろうか。


 すると、それには海斗が答えた。

「だって、あの立花先輩が認めてる男なんだぜ? 栞先輩が認める男がそんな社会的にやばい奴なわけないだろ」

 栞先輩のおかげかよ。俺の信用っていうか栞先輩の信用かよ。

 俺達の会話にクラスメイトも参加してきた。

「まぁ、もし零道君が前に何しでかしても今は特になんともないしねー」

「ねー」

 女子達がそう言ってくれる。

「ていうか、俺達も彼方みたいにイカレたら、もしかしたら立花先輩に認められる?」

「俺、頭おかしくなろ!」

「俺も!」

 男子達もそう言ってくれる。ていうか待て。


「俺って頭おかしいか!?」

 それには驚くことに全員が答えてくれた。

「そりゃそうでしょ」

「……そうですか」

「だって、この前の金曜日だって急に教室飛び出していったしねー。それで帰ってきたの放課後だし」

「やっぱり、立花先輩は危ない後輩に燃えるのか!?」

 理由はともかく、俺はクラスメイトに認めてもらえているようだ。……まぁ栞先輩のおかげというのが癪ではあるが。


 その時、次の授業の先生が入ってくる。それを見て、皆が自分の席に戻っていった。そんな中、隣の絵美が話しかけてくる。

「……皆、彼方の事受け入れててくれたわね」

「嬉しいもんだな」

「急に話させてごめんなさいね。私、これでもどっちつかずって好きじゃないのよ」

「やっぱりわざと大声で言ったのかよ」

「でも、結果オーライだったじゃない?」

 絵美が微笑んでくる。


 このやろう、もしかしたら俺このクラスに居られねえところだったじゃねえか。でも、結果論で言うならば、

「まぁ、ありがとな」

 しっかりわだかまりみたいなのを無くせたのは良かった。

「いいえ、ごめんなさいね」

 俺と絵美が笑い合う。

 栞先輩にも感謝しなくちゃな……癪だけど。


 俺は気付けば学校の屋上に立っていた。

 暑い太陽が燦々と照りつけている。その中で部活動に励む声が聞こえてきていた。グラウンド側を見てみると、陸上部がトラックを走っていた。今度は校舎を挟んで反対側の野球場を見てみる。そこでは、野球部が必死に部活に取り組んでいた。どうやら時間帯は放課後かも。あるいは、真っ青な空の色からして土日なのかもしれない。


 俺はこれが夢だとすぐに把握した。さらに言うなら予知夢だと。

 予知夢だと理解してからまず俺が行ったのは、霊の姿を見つけることだった。だが、驚くべきことに霊の姿は見当たらない。

 そんなことあり得るのか……? 霊がいないなんて……。

 俺は空を見上げてみた。ほんの少しだけ、空に違和感を感じたが目に見える範囲に霊はいなかった。


 そして気づけば、今度は野球場のマウントに俺は立っていた。その俺の隣にはユニフォームではなく私服を着ている男が立っている。どうやら野球部のOBのようだ。髪の色も学校じゃ許されてない金髪である。

 と、次の瞬間。俺は気付いてしまった。この男……霊が憑いてやがる。姿は見えないが、OBに何かが重なっていて輪郭が二重に見えるのだ。

 そのOBが投手として投げる構えをとる。キャッチャーもミットを構えて準備をしていた。


 そして、OBが投げようとしたその時だった。キャッチャーの奥にある緑色のフェンス。さらにその奥の校舎の一階に一人の女子生徒がいた。あそこは保健室だよな。あの後ろ姿は……和泉先輩か!? その瞬間、この予知夢のターゲットが誰か理解した。

 今回は和泉先輩なのか!?

 すると、OBも投げる直前に和泉先輩の存在に気付いたようだ。一瞬、和泉先輩に視線をやっていた。その次の瞬間、OBに変化が起きる。ブレていた輪郭が一つに戻り、代わりに投げようとしているボールが黒い靄のような、憎悪に包まれたのだ。


 まさか……霊がボールに移った!?


 俺は止めようと手を伸ばしたが、OBの手からボールは放たれてしまった。そのボールはキャッチャーミットを外れて和泉先輩めがけてまっすぐ飛んでいく。

 だが、その間には緑色のフェンスがあるはずだ。そう思っていた俺の目の前で、ボールはフェンスをいとも容易く貫通した。そしてそのまま保健室の窓も割って和泉先輩へと飛んでいく。


 だが、和泉先輩はそのボールに直前に気付いていた。咄嗟に身を低くしてボールを躱そうとする。すると、ボールは驚くべき軌道を描いた。ボールが和泉先輩の頭上を通る直前で下に落ちたのだ。

 目を見開いてそのボールを見つめる和泉先輩。

「和泉先輩!」

 そして鈍い音が響き渡った。


 俺は思わず立ち上がった。荒い息を深呼吸しておとなしくさせる。ふぅ、よし。って待てよ……立ち上がった?

 辺りを見渡してみると、そこは教室。さらに言えば授業中だった。そして目の前には……、

「おい、零道。どうした、大丈夫か?」

 由夢先生が俺を心配そうに見つめていた。俺は状況が分からなくて少し目を閉じて整理した。つまりは、由夢先生の授業中に寝てしまったということか。

「はい、授業中に寝てしまってすいません」

「いや、いいけどよ。いやよくないわ。でも、零道、顔色悪いぞ」

「……気にしないでください」

「いいや、とりあえず保健室行っとけ。今回は許してやる」

「……由夢先生が優しい、だと?」

「やっぱ地獄行くか?」

「保健室行って参ります!」

 俺は急いで教室を出た。確かに頭が重いし、なにより気分が悪い。


 保健室に行くと、養護教諭の音河先生が一人椅子に足を組んで座っていた。音河先生は美人で優しく、そして妖艶だと海斗に聞かされていたが、確かにそのような雰囲気が音河先生にはあった

「あら、見ない顔・・・・・・いや、あんまり見たくない顔ね。だいぶ顔色悪いわ。とりあえずベッドで寝なさい」

「・・・・・・はい」

 音河先生は俺の顔を見た途端、ベッドで横になるよう指示してきた。

 そんなに顔色悪いのか?

 俺的にもありがたい申し出だったため、ありがたくベッドを使わせてもらった。


 俺は横になりながら、先程の予知夢について考えてみる。

 まず分かることは、あれが放課後か土日に起きたということ。確率的には土日の方が高いだろう。でもって被害者は和泉先輩だ。昨日知り合ったため回避しやすいかも。犯人、と言うつもりはないがこれは野球部のOBだ。こちらとはどう接触しよう。


 そしてあのOBに憑いていた霊。あれはきっと何かしら和泉先輩への悪意を持ってるはずだ。そこらへんも当たらないと。あと、あのフェンス。貫通するほどもろくなっていたのだろうか。 分からないことはまだたくさんあるが、前よりも日にちを特定しやすい。きっと何とかなる。とりあえず、栞先輩に連絡するか。


 栞先輩に予知夢を見たことと和泉先輩が危ないことを伝えると、すぐに昼休みに屋上集合という連絡がきた。

 その連絡を見た後、俺は体を起こしてベッドから出た。

「あら、もう? まだ寝ていた方が・・・・・・」

「いや、だいぶ整理がついたんで。大丈夫です」

 丁重に遠慮して俺は保健室を出た。


 俺が夢を見たのは、午前最後の授業の時だったため、俺が保健室から出た時、ちょうど昼休みが始まったタイミングだった。

 俺はお弁当が教室にあったため、一度教室に戻った。

「お、彼方! どうだ、体調は戻ったのか?」

 俺の帰還にいち早く海斗が気付いて聞いてくる。それに続くようにクラスメイトが俺を囲んできた。

「あ、ああ。もう治った。ちょっと悪い夢見ちまって」


 先程もそうだったが、このクラスに馴染めていることが嬉しい。

「最初爆睡だったけど、徐々にうなされていたもんな」

「あんたも寝ていたでしょうが!」

 絵美の手刀が海斗の首に入って海斗が崩れ落ちる。

 もうだいぶ日常だな、これ。

「彼方、相当ひどい顔だったわよ。今だってまだ顔色悪いように見えるけど」

「いや、大丈夫だ。それより俺、今日はちょっと、栞先輩とご飯食べることにするから、二人で食べてくれ」

 いつもは海斗と絵美と昼ご飯を食べているため、しっかり断りを入れておく。


 すると、俺の発言に俺を囲んでいたクラスメイトがざわつき始めた。

「立花先輩と食事? どういうことだよ!」

「そうだそうだ!」

「転校生ってそういう特権があるの!?」

「俺も転校してまた転校してこよ!」

 クラスメイトがわけの分からないことを言っているが構っていられない。

「ま、待て! 俺は早く行かないと・・・・・・」

「まあまあ。分かったわ。彼方、楽しんできてね」

 俺はクラスメイトに囲まれていたため、絵美が弁当を持ってきてくれた。絵美に感謝しながらどうにか教室を出て、俺は人目を避けながら屋上へと向かった。


 屋上には既に栞先輩が来ていた。

「遅いわよ」

「悪い、ちょっと弁当取りにいってた」

「まあいいわ、私も十五秒前くらいに着いたばかりだし」

「よく遅いって言えたな」

 栞先輩が購買で買ってきたらしいパン類を屋上に広げる。いつも食堂で食べているから準備していなかったのだろう。それを見て俺も弁当を広げた。今日は雪の好きなハンバーグを入れた弁当である。


 だが、栞先輩がそのパン類に手をつけることはなかった。

「で、和泉に何が起こるって?」

 栞先輩は焦っているようだ。それは仕方がないことかもしれない。親しい友達が危ないと分かって焦らない者はいないだろう。

「じゃあ説明するぞ」

 そして俺は栞先輩に予知夢の内容を説明し始めた。

 

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