第二章 第一話 立花栞、日常から非日常へ

 朝起きると、キッチンの方から何かを焼く音が聞こえてきた。きっと、姉さんが何か作ってくれてるのね。私は、とりあえず寝間着から制服に着替えてリビングへと向かった。


 リビングに併設されているキッチンには、制服にエプロン姿の姉さんが何かを焼いていた。

「あ、栞ちゃんおはようございます!」

「おはよう。今日は何かしら」

「今日はフレンチトーストです!」

 朝から甘いなと思わなくもないが、姉さんが大好きなこともあり、「楽しみね」と返して私は洗面所へと向かった。かく言う私も甘い食べ物は嫌いじゃない。


 顔を洗って戻ると、もう朝食の準備は出来ていた。飲み物を除いて。でも、姉さんは気付いていないみたいだった。私は冷蔵庫を開けて牛乳を取り出すと、コップ二つに注いでテーブルに持っていった。

「はい、姉さん」

「あ、何かない気がしていたんですが。流石栞ちゃんです、ありがとうございます!」

 そして二人で朝食を食べ始める。これが立花家の日課だった。


 この家に住んでいるのは私と姉さんだけ。両親は未だ元気ではあるが、元気であるために海外のあちこちに出張やら旅行やらするため、家にいないのである。

 以前は実家に住んでいたのだが、私が高校に上がるのと同時にこのマンションの一室を借りた。ここに決めたのは両親で、ここまで高いところじゃなくていいんじゃないかという私達の意見に対し、「家に居られないし、かまってあげられないからこれくらいは」と無理やりここを押し通した。じゃあ海外行くのやめたらと思わなくもないが、両親にとって海外は娘にかまえないほど大切な場所なのだろう。……決して拗ねているわけではない。


「それで栞ちゃん、本当に何もなかったんですか?」

「またその話。何もなかったって言ってるでしょ」

 今日から三日前の金曜日、私は頬や膝に絆創膏をして家に帰った。私より後に帰ってきた姉さんは、その私の姿を見て驚愕していた。まぁ仕方ないかもしれない。彼方君に散々雨の日の私に注意してみたいなこと言われてたようだから、そんな私が絆創膏つけてたら心配になるかもしれない。


「そうですか……何かあったら、ちゃんと私に言ってくださいね!」

「……考えとくわ」

「なんで検討するんですか!? ここは即決でいいじゃないですか!」

「じゃあ、無理ね」

「やっぱ考えて下さい!」

 私は検討すると言いつつ、別のことを考えていた。


 この土日、私はほんの少しだけ彼方君からメールやら電話やらが来るんじゃないかと思っていた。というのも、予知夢というのは別に平日にしか起きないわけじゃないため、予知夢を見た彼方君から協力の要請が来るんじゃないかと思っていた。

 不謹慎ではあるが、彼方君からの連絡を私は少しわくわくしながら待っていた。何故わくわくしていたのかは自分でもあまりよく分からない。強いて理由付けるなら、彼方君との会話がまぁ悪くない程度には楽しいからだろう。


 だが、彼方君から連絡が来ることはなかった。つまりそれは、予知夢を見ずに済んだという良い報せではあるのだが、私は少しつまらなくなったのを覚えている。

 とはいえ、今日は月曜日。学校で彼方君に会えるかもしれない。


 私がそう思っていると、姉さんがにやにやしながら尋ねてきた。

「栞ちゃん、今日は何かいいことでもあるんですか?」

「そんなのないわよ。急にどうしたのかしら」

「だって栞ちゃんの顔、何かを楽しそうに待ってるような顔してますよ?」

 確かに、彼方君に会うのを楽しみにしている私はいる。

「まぁ、楽しみではあるわね」

「はっ!? まさか、男ですか!? 栞ちゃん、遂に男が!?」

「出来るわけないじゃない。私が男嫌いなの知ってるでしょ。そもそも恋なんてしたことない私にそんなの出来るわけないじゃない。ごちそうさま」


 私は食べ終わって、食器をキッチンへと持って行く。そして水に浸しながら私は恋というものについて少し考えてみた。

 恋をしたことがない、それは漫画やアニメではよくある話らしいが、現に私もその一人だった。恋、という感情がよく分からないのである。


 その後、色々な準備をして家を出ようとすると姉さんに止められる。

「あ、栞ちゃん待ってください! 私ももう行きますから!」

 姉さんがブレザーを着ながら向かってくる。中のワイシャツには青いリボンがつけられているが、それは縦に曲がっていた。私はため息を吐きつつ、それを直してあげる。


「待っててあげるから。急ぎ過ぎてリボン曲がってるわよ」

「すいません、これじゃあどっちが姉か分からないですね」

 それは、あちこちでよく言われることだった。私と姉さん、どっちの方が姉らしいかと言われれば、私と言う人の数が多いのである。

 それでも、私にとって姉さんは姉さんだった。

「何言ってるのよ、姉さんが姉に決まってるじゃない。ほら、行くわよ」

「はい!」

 そして私達は一緒に学校へ向かった。


 二年三組の教室に入って一番窓際の中間あたりの自席につく。すると、その後すぐに和泉が登校してきた。

「栞、おはよー」

「おはよう」

 和泉の髪には水色の花のヘアピンがつけられていた。この前に、私が和泉の誕生日にあげたものである。和泉が、「私って女の子にしかモテないんだよねー」と嘆いていたので、ワンポイント女の子らしくすればいいんじゃないかと思って買ってみたものである。


 自分で買ったからか、それはすごく似合っているように感じた。

「似合ってるんじゃないかしら?」

 私が何に対して言っているのか、和泉はすぐに気づいてそのヘアピンに触れた。

「そ、そうかな。私としては私にこういう可愛いの似合わないと思うんだけど」

 和泉が少し照れながら、そう言ってのける。

「そんなことないわ。廊下の方、見て見なさい」


 私が和泉の視線を廊下の方へと向けさせる。そこには、さっきから和泉のファンのような女の子達が群がっていた。

「きゃあーー! 和泉先輩、今日は可愛いヘアピンつけてるわ! 可愛いし美しい!」

「もはや神だわ!」

「……似合ってるってことでいいのかな」

 和泉が少し引き気味に私に尋ねてくる。

「……似合ってるってことなんじゃないかしら」

「これで男の子にもモテるかな」


 和泉は考えるように顎に手を当てていた。

「思ったのだけど、和泉は特定の誰かにモテたいのかしら。それとも大勢?」

「うーん、特定の誰かとは言っておこうかな。誰とは言わないけど」

 てことは、和泉も恋をしているということなのかしら?


「……そう。頑張ってね」

「うん、頑張る」

 和泉がはにかむように笑う。その笑顔を見て、私は思った。

 誰から見たって和泉は可愛いわ。失敗はしないでしょう。

 そうして朝の時間は過ぎていった。


 そしてお昼休みに入って、すぐ。私は彼方君と屋上で出会った。

というよりも、彼方君から連絡が来て、ここで集まることにしたのだ。

 念願の彼方君との連絡だったのに、その連絡が境界線だったに違いない。


『予知夢を見た。このままじゃ……和泉先輩がやばい』


 和泉が次の予知夢の被害者……。

 

 私は日常と非日常の境界線を越えて、非日常へと足を踏み入れたのだった。

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