閑話 立花栞、一週間を振り返る

 エレベーターで九階まで上がり、自宅の鍵を開けて中に入る。ちなみに二回目の帰宅である。そして広々とした居間に鞄を置いて、私はそのままソファにダイブした。


「……色々疲れたわ」

 今日は色々なことがあった。今日は和泉の誕生日だったのに、まさかプレゼントを忘れてしまうなんて。さらにそれを取りに帰ってる時に事故に遭うなんて。まぁ、事故の方は雨が降り始めたから薄々今日じゃないかと気づいていたんだけど。

 結局、プレゼントは無事に和泉に渡せたのだった。


 私は体を仰向けにして天井を仰いだ。天井はなかなか高く、ここが高級マンションだということを思い出させてくる。

「でも、まさか彼方君まで霊が見れるなんてね」

 そのことが、この一週間で一番の驚きだった。彼方君に死ぬぞと言われた時も驚いたが、その時よりも何倍も驚いた。

 私が霊を見ることが出来るというのは、今まで誰も知らなかった。一度だけ、幼いころに初めて見た霊の事を指さしながら、

「お姉ちゃん、あそこに人が飛んでるよ」

 と言ったことがあった。だが、姉さんは「そんなのいないよ?」と首を傾げたのだった。


 その時から、あれが見えるのは私だけなのだと気付いて霊のことは言わないようにした。あれが霊だと気付いたのはもう少し大きくなってからだが、とにかく私は霊が見えるということを隠し通してきたのである。


 だが、それは彼方君の登場で変わった。

「……不思議な子」

 私に対してタメ口なのに、何故か苛立ちを感じない。むしろ、ほんの少し心地よさを覚えるくらいだった。

「あんな子とは会ったなかったわね」

 彼方君のことを思い浮かべて少し笑う。

 私は彼方君と出会った日のことを思い出していた。


 あの日はいつも通りつまらない授業を屋上で休んでいた時だった。もちろん、ただつまらないから休んでいたわけではない。授業の内容は全部理解しているし、むしろ教師の話を聞くことで分からなくなりそうだったからである。

「あの先生、独自の方法で進め過ぎなのよ」

 私がそう独り言を呟いた時だった。

 突然、屋上の扉が開いた音がしたのだ。私は屋上に来た時、いつも鍵をかけない。全員が屋上は立ち入り禁止だと知っているから屋上に来る奴がいないと思っているからだ。


 私が持っている屋上の鍵はスペアである。というのも、姉さんに無理やり作らせたものだ。本物の鍵は借りることすら出来ない、そこをどうにか姉さんに借りさせて作ってもらったのだ。

 つまり、そういう経緯が無いと鍵を手に入れることは出来ないため、屋上に誰かが近づいてくることはないと思っていた。それだけに突然の来訪者の存在は私を驚かせた。


 その来訪者は生き生きと屋上に踏み入り、そして屋上を囲うフェンスに近づくと、大きな声で叫び出した。

「なんて良い学校なんだーーーー!」

 その声に私は焦った。もしかしたら、この声を聞きつけて屋上に人がいると知られてしまうかもしれない。だから、私はその来訪者に鋭い言葉を浴びせた。

「うるさいわね、今、何の時間だと思ってるの」

 これが、私と彼方君の出会いだった。


 そして彼方君と別れて教室に戻った私に前の席の和泉が尋ねてきた。

「おや、どうやらゆっくり出来たみたいだね。さっきは暗い顔だったけど、今は明るくなってる」

「そうかしら? 私としてはあまりゆっくり出来ていない感じがするわ。だって、私の憩いの場に邪魔者が入って来たんだもの」

「えぇ? 屋上にかい?」

 和泉は私が自由に屋上に出入りすることが出来ることを知っていた。

「そうなのよ、本当にわけがわからないわ」

 嘆く私の顔を和泉がじっと見つめてくる。


「……何かしら」

「いや、邪魔者が入って来たにしては、何かご機嫌良さそうだね」

「……そんなことないわ。邪魔されて嬉しいはずないじゃない」

 そう言って私は授業の準備をして席から立ち上がる。次の授業は移動教室なのだ。

「で、どんな邪魔者が来たのかな?」

「……ほら、置いていくわよ」

 別に彼方君のことは言っても良かったのかもしれない。なのに、何故だかその時はあまり言いたくなかった。

「さては、何か隠してるでしょ」

「……隠してないわよ、もう行くわね」

「あぁ、ちょっと待ってよ!」

 慌てて授業の準備をする和泉を置いて、私は教室を出たのだった。


 その後、食堂にて私と彼方君は再開し、お互いの名前を認識し合った。どうやら彼方君には双子の妹がいるらしい。名前は雪というようだ。長い茶髪を長いツインテールにしている彼女は、目も大きくかなり可愛かった。美少女と言ってもいいレベルである。

 彼方君、私の見た目にそんな反応しなかったけど、もしかして雪ちゃんを毎日見てるから目が肥えてるのかしら。


その次の日、私はまた昼休みに彼方君に出会った。というより彼方君が会いに来たという方が正しい。でも、彼方君の会いに来た理由は本当にわけがわからなかった。

「大雨が降る日、俺と登下校してくれないか?」

 彼方君にそう質問された時、何よりもまず浮かんできたのは、失望だった。それと同時に疑問が浮かぶ。

 失望? 私、彼方君に何を期待していたのかしら。

 その後、わけもわからない言い訳を並べていく彼方君の姿に私は耐えきれなかった。思わず、回し蹴りを放ってしまった。そして彼方君が和泉に連れられて教室を出ていく。私はそれをガラス窓越しに見ていた。

 彼方君が教室からいなくなった後、冷静になった私はどうして私があそこまで怒っていたのか考えてみたものの、答えは出てこなかった。


 その後、帰ろうと校門前を通ろうとした私を待っていたのは彼方君だった。その彼方君から一緒に登下校しようとしていた理由を聞いた。何でも私が死ぬところを予知夢で見たんだって。普通の人なら、そんな話は鼻で笑い飛ばしてしまう。

 でも、私は違った。霊が見えるという人と違うところを持っていた私は、その話が嘘だと笑うことは出来なかった。そして何より……そんな命に係わる嘘を彼方君が言うとは思えなかった。


 その後、場所を移動して彼方君と一緒に公園に移動した。この公園の名前は蓮池公園という。別に蓮の池があるわけでもないし、とても古く子供達が使っている様子はない。とはいえ、この公園の静けさは結構気に入っていた。

 彼方君が予知夢について詳しく話してくれる。それを聞いていると、ふと私は自分が彼方君に回し蹴りしたことを思い出した。それと同時に罪悪感というかなんというか、とりあえず彼方君に対する申し訳なさが溢れてきた。ただ、溢れてきたのは申し訳なさだけではない。私の命を助けるために行動してくれているということが、私はとても嬉しかったのだった。

 だから、私は拒絶したことを彼方君に謝った。そして、

「それと……ありがとう」

 彼方君に微笑む。その笑みは今まで浮かべてきたものの中で、一番自然に浮かべることの出来たものだった。私の笑みを受けた彼方君の顔が少し赤くなったような気がした。


 これって夕陽がそう見せてるだけ? それとも……。

 もし私に照れてるんだったら……なかなか可愛いところあるわね。


 そして私は気付いた。やはり、彼方君は他の男子とは違うのだと。


 それからは、廊下で彼方君とすれ違う度にとりとめのない会話をするようになった。でもそんな私を皆が不思議そうな目で見てくる。

 学校で、私は男嫌いと有名である。それは全くの……事実だった。男が言い寄ってきたことは数え切れない程ある。だが、それは全て私の見た目目当ての人だった。


 我ながら確かに素晴らしいプロポーションをしていると思う。すらりと長い美脚、ほっそりとした腰、大きすぎず小さすぎない胸などなど、言えばキリがない程度には素晴らしいプロポーションをしていると思う。

 だが、それ目当てで寄ってくる男子というのは不快でしかなかった。そして今まで出会った男は私の見た目目当ての人しかいなかった。それ故に私は男が嫌いなのである。それと……男があまりにも幼稚なために相手にする気にもならないのであった。


 でも、彼方君は違った。私の見た目を見ても他の男みたいにギラギラと目を輝かせたりしなかった。タメ口とはいえ、こんなに普通に接してくれる男は初めてだった。


 私はソファから体を起こしてこの一週間を振り返るのをやめた。すると、その時自分の中で起こっている感情に気付いた。

「不思議ね。どうやら私、少し彼方君と会うのを楽しみにしているみたい」

 そう呟いてから、目の前の大きな窓に映る自分の顔を見てみると、そこには自然な笑みを浮かべた私の顔が映っていたのだった。

 


 



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