第一章 第七話 零道彼方、栞と霊との関係が始まる

 救急車はすぐに到着し、トラックの運転手が運ばれていく。もう一台救急車が来ていたので俺と栞先輩は用心のために体の検査をしてもらったが、どこにも異常は無し。飛び込んだ際に出来たかすり傷の処置と当時の状況説明を終えた俺達はお役御免で解放された。解放された時は、もう雨は降っておらず延々と曇り空が続いているだけだった。

 

 病院を出た後、栞先輩と肩を並べてどこかへ続く道を無言で歩いている。先導は栞先輩がしてくれているから向かう場所は決めているようだが、検討はつかない。そもそもこのあたりの地理はまだちゃんとは理解していないのである。


 そして着いた場所はいつぞやの公園だった。俺と栞先輩はあの時と同じようにブランコに座る。その後は少しの間、沈黙が続くがようやく栞先輩が口を開いた。

「どうやら、お互いに隠していることがあるみたいね」

「……そのようで」


 あの事故以来、栞先輩と話す機会はなかった。だから、栞先輩が霊を見ることが出来るのかどうか、俺はまだ知らずにいた。だが、ようやく機会が訪れてくれた。

「……栞先輩は、霊が見えるのか?」

「……そうよ」

 栞先輩は思ったよりもあっさりと白状した。でも、相手が俺だから当然か。俺だって未来が見えるなんて霊が見えることよりも常識のないこと言ってるし、それに俺だって霊の存在が分かってしまうのだから。


「でも、彼方君もなんでしょ?」

 栞先輩も俺が霊を見れることには、気付いているようでそう尋ねてくる。だから俺も正直に答えた。

「まあな。とはいってもあれだろ? 栞先輩の場合は普段から見えるんだろ?」

「そうだけど。その言い方だと彼方君は違うのかしら」

「俺の場合は普通の霊は見えないよ。でも、予知夢に出てきた霊なら見れる。何でなんだろうな、存在を認識しているからかな。まあよく分かんないけど」


 どういう理論か分からないが、俺は予知夢に出る霊しか見られないのだ。そもそも霊が理論で語れるわけないか。

 栞先輩は俺の言葉を受けて、何やら考え込んでいた。

「……つまり、今回は偶然見た予知夢にあの霊が出てきたということかしら。でも、あなたの言い方だと予知夢に何度か霊が出てきているような言い方だったわ。そんな偶然何度もあり得るかしら。それとも、あなたの予知夢は霊が出てくるものしか予知しないということなのかしら」

「おおっ。栞先輩ってなかなか鋭いのな。そうだよ、俺は霊が関わる人の生き死にしか予知夢出来ないんだ。本当によく分かったな」

「私は頭脳明晰なのよ? これでも学年5位以内は当然なんだから」

「マジかよっ!? その見た目で頭脳明晰ってまじ反則なレベルだな」

「私から話しておいてあれだけど、今はそんなことどうでもいいのよ」

「本当にあれだな!?」

「どうしてその霊に関すること言わないのよ。そのせいで今回事故に遭ったと言っても過言じゃないわ」


 栞先輩の言っていることが分からなくて俺が首を傾げる。

「何でだよ、別に霊の事言っていようがいまいが関係なくねえか? ただ避けるだけだったろ」

 そう思っていたのだが、聞いているのといないのとでは栞先輩にとって大きな違いだったようだ。

「あのね、まさか迫ってくるトラックの中に霊がいるとは思わないわよ。おかげで霊を見つけた瞬間逃げようとしていた足が止まっちゃったじゃない」

「そーゆーことか。でも、霊なんて見慣れてるんじゃないのか? 普段も見えるんだろ?」

「確かにいつも見えるけど、いつも近くに霊がいるわけじゃないわ。むしろ、一か月に一回あるかないかだわ」

 その回数の少なさに俺は少なからず驚いた。


「そうなのかよ!? じゃあ相当悲運だな。月一の霊が自分を結果的に死に追いやろうとしてたなんて」

「こんな偶然、もう二度と起きてほしくないわね」

 話が一段落したかのように思った瞬間、俺は聞かなきゃいけないことを思い出した。

「ていうかさ! 何学校の途中で忘れ物取りに戻ってんだよ! 馬鹿か!」

 俺の言葉に栞先輩が反論しようと口を開いたが、そこから言葉が出てくることはなく代わりに目が大きく見開かれた。


「っ!」

 栞先輩が何かに焦ったようにブランコから飛び出して公園を出ていこうとする。

「おい、どこ行くんだよ!」

「今日、和泉の誕生日なの! プレゼントを忘れるなんて私としたことがぬかったわ!」

 そう言いながら、栞先輩は公園を飛び出していった。

「……また事故んなよ!」

 呆れながらそう叫ぶと、栞先輩が片手を上げてそれに応じた。そしてそのままいなくなるのかと思ったその時、栞先輩が振り向いて叫んだ。


「今度から予知夢を見たら私に言いなさい! 私なら助けてあげられるわ!」

 その提案は驚くほど魅力的に感じた。だが、同時にそれは今回みたいに危険を伴うかもしれないものだった。

「でも、結構危険かもしれないぞ!」

「別にいいわよ! どうせ、私がいなくてもあなたは予知夢を回避しようと頑張るんでしょ! それに私も参加した方が人も助かるはずよ!」

「……なら、助けてもらってもいいか!」


 俺がそう叫んだ時、栞先輩が俺の近くまで走って戻ってきた。そして俺の手に何かを握りしめさせると、今度こそ止まらずに走り出した。

「じゃあね、彼方君!」

 やがて栞先輩が見えなくなった後、俺は何かを握りしめさせられた右手を開いてみる。そこには九桁の番号とメールアドレスが書かれていた。

「これは……つまり連絡手段ってことか」

 俺は何故か緩んでくる頬を揉んで気を引き締めた。にも関わらず、どうしてもため息が出てしまった。


「今回はかなり栞先輩に振り回されたしな。困った先輩だよ」

 一人で呟きながら上を見上げる。

「ま、無事ならいっか。とりあえずはめでたしめでたし、だな」

 空を見上げると、そこには雲間から光が差し込み始めていた。

 その後、俺は学校に戻ることになるが、由夢先生に怒られたのは言うまでもない。

 

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