ピーターの苦難の日々12


 二戦目は同じ一族の青年。

 先ほどの戦いからその実力は見させてもらっている。


 この勝負に勝てば晴れて本当の婚約者候補となり、クラリスと真剣勝負ができる。


 僕と青年は互いに向き合い、柄に手を添えて開始を待つ。


「待った!」


 突然、対戦相手の青年が中断を申し出た。

 彼は僕に一礼すると、ヘイジン様とクラリスの元へと歩み寄る。


「此度の選抜会、辞退させていただきます」

「何故にそのようなことを申す。君は一族の上位にあるアッシュフィート家の長男ではないか。我が娘と婚姻を結ぶに充分過ぎる家柄だ」

「そのように評していただき誠に感謝いたします。しかしながらクラリス様には、もっとふさわしい人物がいるのではないかと。そこの彼は先ほど、見事な戦いを見せました。加えてロックウッド社は現在、驚くべき急成長を見せております。故に辞退という形で彼を推薦いたします」


 ふぁ!? 辞退!??

 こんなことあるの!?


 ヘイジン様にもこの辞退は予想していなかったらしく、その顔に動揺が表れていた。

 反対にクラリスは満足そうに頷き、ペロ様は声を殺して笑っている。


「お父様、彼がこう言っているのですから素直に受け取りましょう」

「う、うむ、しかし……末席が候補とは」

「何か問題でも?」

「もちろんないが、そうだ、今回も本気で戦うのだよな! 勝利を期待しているぞ!」


 最後の希望はお前だけだ、とばかりにクラリスを応援し始める。

 確かに彼女が本気で拒めば僕に勝ち目はない。


 いや、待てよ。彼女はマルコスに負けると考えていた、それに勝った僕は彼女よりも強いってことになる。


 そんなはずはないと思うけど、僕はクラリスの戦闘能力を過大評価しすぎていた?

 もしそうなら僕は彼女に余裕で勝ってしまう。


 婚約者が現実味を帯びてきて、急に緊張感が湧き起こる。


 オロオロしているとペロさんが声をかけた。


「どうした?」

「クラリスの婚約者になってしまいます」

「そのつもりで来たんだろうが。今さら何を言っている」

「そうですけど、本当になれると考えると気持ちの整理が」

「気持ちの整理は勝ってからつけろ。少なくともクラリスは手を抜くつもりはないようだぞ。たとえ相手が君だとしても」


 クラリスはドレスを脱ぎ捨て、下に着込んでいた戦闘スーツを露わにした。

 その目はすでに戦闘モード、僕だけをはっきりと見ていた。


 そうだ、やっとここまで来たんだ。悔いのないように全力を尽くさなければ。


 互いに武器を構える。


「ピーター、私が欲しければ本気で来なさい」

「うん」

「金剛力」

「黄龍の闘気」


 互いに万全の状態で挑む。

 審判から開始の合図が発せられた。


 刹那の時、僕とクラリスは剣と剣とぶつける。


 力は互角だ。衝撃から互いに後方へと弾き飛ばされる。

 着地と同時に走り出し、クラリスは炎魔法を苛烈に撃ち続ける。一方の僕はジグザグに移動しつつ攻撃を回避、どうやって遠距離攻撃をくぐり近づけるのか思案していた。


「バーストグラウンド!」

「ブレイブチェーン」


 彼女の得意魔法だ。

 地面に赤い亀裂が入り、僕の足下で蜘蛛の巣状に輝く。咄嗟の判断で黄金の鎖を伸ばし、安全圏の地面に接着。一気に鎖を巻き上げた。

 直後、先ほどまでいた場所は爆発する。


 間一髪、師匠に鍛えられた僕でも、あれを受けたらひとたまりもない。


「逃げてばかりじゃ、私に勝てないわよ! イレブンフレイム」

「まだ、迷っているんだ。本当に勝っていいのか。末席で鈍臭野郎な僕と結婚だなんて、君にとって不幸じゃないかと」

「幸せは自分で決めるわ! いい加減気が付いてよ、私は貴方を待ってたんだから! 私はずっとピーター・ロックウッドが好きなの!」

「僕も、初めて君を見た時から好きだ!」


 飛んでくる火球を双剣で斬り消し、勢いのままクラリスへと剣を振る。

 剣と剣がぶつかり、一瞬だけ拮抗したのち破砕音が響いた。


 僕の剣が、彼女の剣を砕いたのだ。


「ばかなぁぁああああああ! クラリスが負けただと!!」


 ヘイジン様の叫びが聞こえた。

 僕はクラリスの首筋へぴたりと刃を止める。


 彼女は足下から崩れるようにして座り込んだ。


「……一族の序列が変わるわね。私がロックウッド家に嫁ぐもの」

「そんなのどうだっていいじゃないか。君と一緒にいられるなら些細なことだよ」

「貴方、本当に変わったわね。誰のおかげかしら」

「あー、うん、それについてはのちのち話すよ」

「二人とも立て。間もなく父が来られる」

「「え」」


 ペロさんは敷地を横切る、長い道の先を見ていた。

 数秒後、黒塗りの車が列を成してこちらへと向かっていた。


 異様な光景に、ヘイジン様も呆然と見ていた。


 先頭の車が停車、次々に後続の車も停車する。

 中央にある一際高級感の漂う車が停車したと同時に、前後の車からサングラスを付けたスーツ姿の男達が飛び出し、恭しくドアの前で整列した。


「誰が来たと言うのだ。まさか父上か?」

「もちろん前当主もお乗りになっているが、そこはさして重要ではない。君にとって問題はとの初対面がこのような場である、ということだ」

「あの御方とは? 誰のことを言っている?」


 ペロさんの言葉にヘイジン様は混乱した様子。

 隣にいるクラリスも、どのような人物が車から降りてくるのか分からない雰囲気だった。


 ペロ様が父と呼ぶ相手は一人しかいない。


 本能へ刻み込まれた恐怖が、あの人の気配をビンビン感じ取っていた。


「ふぉふぉふぉ、どうやら決着がついたようじゃの」


 最初に車を降りたのは茶色い羽織を着た細身の老人だった。

 確かあの方は前当主――ヘイジン様のお父さん。


「父上! 何故ここに!」

「静かに、偉大なる方がお目見えになる」


 前当主は自身が降りたドアへ頭を垂れた。

 遅れて師匠が姿を現す。


 ペロさんと僕は深々と頭を下げた。


 ヘイジン様とクラリスはその二人が何者か判断できず、戸惑った様子で顔を見合わせている。


「今回の選考会の結果、儂は非常に好ましく思う。お前もこれで良いな?」

「ははっ。愚息がご迷惑をおかけし、前当主として面目ありませぬ。まさか悪名高きエルギーニグループと手を結ぼうとしていたとは。それも娘を差し出すような真似をして」

「うむ、あのグループはマフィアと繋がりのある黒い組織だ。ヘイジンでは取り込むどころか、逆に取り込まれるのは目に見えておる。いずれどこかで片を付ければならんが、今はまだその時ではない」


 師匠はヘイジン様の前に立ち、静かに人差し指を立てた。


「儂が誰か分かるか?」

「いや、貴様のような人物は記憶にない。父上、なぜこのような得体の知れない男にペコペコする。我らはタナカ家だぞ」

「馬鹿者め」

「ふぎっ!?」


 人差し指が左肩に落とされ、ヘイジン様はすさまじい圧力から地面に片膝を突いた。

 何をされたのかも理解できていない現当主は怯えた顔で見上げた。


 クラリスは僕の背後に隠れ、腕の辺りの布をぎゅっと握る。


「儂はタナカ家初代当主タナカシンイチだ。小童が、口の利き方を覚えろ」

「ひぃ!? 初代様!?」


 圧倒的オーラにヘイジン様は戦いて地面に額を付ける。

 初代当主の打ち立てた偉業は、色あせることなく現在も語られ続けている。タナカ家が世界のタナカとなったのは初代様がいたからこそだ。

 一族において師匠は伝説を通り越して神として崇められている。


「まさか、まさかご存命だったとは! つゆ知らずご無礼を!」

「本来ならすでに知っておかねばならぬ事実。だが、お前は少々考えが足りぬ故、前当主は今まで儂のことを伏せていたのだ。今回の件で自覚したであろう?」

「ははっ、これからはよりいっそう一族に尽くすことを誓います!」


 師匠は僕へと目を向ける。

 その顔はニンマリしていて、僕の全身が震える。


 絶対なにかある。

 これで終わりなはずがない。


「婚約おめでとう。ベストカップルだな」

「あ、ありがとうございます」

「ところで、儂から二人に頼み事があるのだが聞いてもらえるか?」

「嫌です」

「師匠の頼みだぞ」

「絶対面倒事ですよね」

「そこまで面倒ではない。ちょっと行って帰ってくるだけだ」

「ほら、やっぱり面倒事だ」

「クラリスちゃんはどうかの。初代の頼み事を断るなんてことはせんだろ?」

「ええまぁ。できれば引き受けさせていただきたいです」

「だめだクラリス! 師匠の口車に乗ったら、とんでもないことになる!」

「もう遅い。クラリスちゃんはYESと言ったぞ」


 あああああああっ!

 きっとひどい出来事が待っているに違いない!

 だって師匠の頼みなんだぞ!


 控えていた黒服の男達が、僕と彼女を捕まえ車に押し込む。


 師匠はペロさんを置いて一緒に乗り込んだ。


「では、あとのことは頼む」

「承知いたしました」


 ペロさんは微笑みながら軽く一礼した。





「――どうしてこうなった」

「ねぇ、ピーター。私達どこへ行くの」


 宇宙服に身を包んだ僕とクラリスは、ベルトでがっちり椅子に固定されていた。

 前方にある操縦席では、同様の恰好をした二名のパイロットが、出発に備えてせわしなく機器を操作していた。


 ビビ。ヘルメットに内蔵されているスピーカーから音声が流れる。


『聞こえているかピーター。これよりお前達にはテラフォーミング中の惑星へと向かってもらう』

「惑星開発団に送り込まれるってことですか!?」

『案ずるな。滞在するのは一ヶ月程度だ。実は、数日前に惑星開発団より緊急の報告があってだな、どうやら彼らは未知の知的生物を掘り起こしてしまったそうなのだ。しかも攻撃的な種族らしく、現在も開発団と交戦中らしい』

「未知の知的生物!?」

『そこで高い戦闘力を有する二人に、しばし時間を稼いでもらいたい。なぁに、死んでも生き返らせてやるから大丈夫だ。良い暇つぶしを期待し――おっと、誰か来たようだ』


 師匠!!

 暇つぶしって言ったよね!?


「お二人とも間もなく発射します。カウントダウン開始」


 宇宙船にびりびり振動が走る。


 このクソししょうぉおおおおおおおおおっ!!



 【完】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

これにて後日談は完結となります。

お付き合いいただきありがとうございました。


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ホームレス転生 ~異世界で自由すぎる自給自足生活~ 徳川レモン @karaageremonn

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