ピーターの苦難の日々11


 慣れないネクタイに首元が苦しい。

 大人とは窮屈な生き方をしているのだと妙な学びを得る。


 窓の外では喧騒とした街の景色が流れていた。

 反対に車内では品のある香りが微かに漂い、いかにも高級な革張りのシートが光に照らされて鈍く反射する。


 対面の座席に座っているのはペロさんだ。

 いつもと変わらない物静かな雰囲気で、眼鏡を布で拭いている。


「婚約者選びは学年八位を取るより簡単なこと。凡俗の者達を圧倒的力で蹴散らせばいいだけだ。緊張する必要はない」

「本当に僕なんかが勝てるんでしょうか。他の参加者は家柄も才能も全てを兼ね備えた人達なんですよね。とても勝てる気がしません」

「ならば、惚れた女を他人に渡すか?」

「!?」


 クラリスが僕以外の誰かと結ばれるなんて。そんなの嫌だ。

 やっと彼女が振り向きかけてくれているんだ。話したいことだってまだまだ沢山ある。一緒に行きたい場所だってあるんだ。


 こんな僕でも彼女の隣に立ちたい。


「僕、やります! クラリスが好きだから!」

「それでいい。有象無象の者共に、父が鍛えた君が負けるなんてことはあり得んからな。しかし、なかなか愉快じゃないか。末席の息子がトップの娘を娶るなんて」


 僕には何が楽しいのか分からないけど、ペロさんはニヤニヤしていた。


 車はタナカ家の立派な門を抜け、程なくして大きな屋敷の前で停車する。

 外に出れば宮殿のような豪華な建物に目が点になった。


 過去に一度だけ来たことがあったが、こうして改めて見るとすごい建物だ。


「来い」

「はい!」


 ペロさんに連れられ建物へと入る。


 エントランスにはすでに他の参加者が来ていた。

 次に目をひくのはタナカ家現当主ヘイジン・タナカの姿だ。


「遅い。十秒の遅刻だ」

「申し訳ありませんね。少々道が混んでいまして」

「……ふん。くだらぬ言い訳を。早くその者を並ばせろ」


 ヘイジン様とペロさんは面識があるようで、顔を合わせるなり険悪なムードを醸し出す。

 僕はこそっと質問する。


「いくら当主でも、ペロさんにあんな態度許されるんですか」

「俺は表向き前当主の第一秘書として活動していてな、彼には正体不明の気に入らない若造に映っているのだよ。クビにできないことをさぞ悔しく思っていることだろう。ククク」

「意外に意地悪ですね」


 僕は四人目の参加者として列に並ぶ。

 どうやらまだクラリスは来ていないようだ。


「諸君、よくぞ娘の婚約者選抜会に参加してくれた。今回ですでに七回目となるが……マルコス君、本日の調子はどうだね」

「万全でございます。此度こそクラリス様の伴侶として、素晴らしき結果をお見せいたしましょう」

「期待している」


 ヘイジン様はあからさまな態度だった。

 僕を含めた三人には目もくれず、マルコスだけに強い視線を向ける。


 マルコス・エルギーニ。


 タナカグループのライバルであるエルギーニグループの御曹司だ。

 容姿端麗に頭脳明晰にして運動神経は抜群、すでに経営にも参加しており、彼の判断でグループはさらなる成長を遂げた、とか。

 個人の戦闘力もかなりのもので、剣技は同年代においてトップクラス。


 同時に性格と女癖が悪いのも有名だ。


 他の二人も雑誌で見たことがある有名な人達。

 どちらも大会社の子息で、内一人は上位に位置するタナカ一族の者だ。


 不意にヘイジン様が僕を見る。


「やはり凡俗の輩としか思えんな。父上は何をお考えなのか」


 明らかに僕へ嫌悪感を向けていた。

 それとなくペロさんに視線を向けると、彼は『相手にするな』と呆れた様子で肩をすくめた。


「彼らが今回の参加者ですね」

「おおおっ、クラリス。今日も実に美しいぞ」

「世辞は結構です」


 ドレス姿のクラリスが階段を降りて現れる。

 普段も良いけど、着飾った彼女は驚くほど綺麗である。


 彼女はマルコスに冷たい視線を向けた後、僕に目を向けてぎょっとした。


「ピーター!?」

「こんにちは、クラリスお嬢様」

「なんで、うそ、こんなことって」


 彼女は顔を赤く染め、歓喜に表情が緩む。

 が、あわてて両手で口元を隠し、キリッとした表情に戻った。


「皆様、本日はどうかよろしくお願いいたしますわ」


 クラリスは儀式的に挨拶をした。



 ◇



 剣と剣がぶつかり、金属音が耳に届く。

 二人の青年は激しくステップを踏み、攻防を繰り返していた。


 一人が技スキルを放ち、切っ先が腹を突き破った。


 勝負あり。

 勝敗が決するや否や、控えていた医師と看護師が駆け寄り手当をする。


 隣にいるマルコスがニヤニヤした顔で話しかけてくる。


「なんてつまらない戦いだ。あんなのは児戯だね。えーと、ピーター君と言ったか。君はあれらをどう思う?」

「上流階級の戦いに驚きました」

「はははは、あの程度でそう思えるとはね。これなら本気を出さずとも勝てそうだ」


 うん、こんなにも上流階級の決闘がぬるいとは思ってなかった。

 ペロさんが言っていた意味をようやく理解したよ。


 僕らの番になり、僕とマルコスが向かい合う。


 決闘はタナカ家の敷地で行われるのがルールだ。 

 戦いの様子を現当主とクラリスが静かに見物していた。


「まさかこんな平民と戦うことになるとはね。これじゃあ余興にもならないな」

「気を引き締めた方が良いと思うけど……」

「言われるまでもない。獅子は兎を狩るにも本気を出すものさ」


 互いに剣を抜く。

 間違いなくマルコスは強い、と思う。

 だから最初から本気でいく。


 超感覚発動。

 黄龍の闘気発動。


 不意にヘイジン様とペロさんの会話が耳に届いた。


「父に頼んでリストにねじ込んできたようだが、あの小僧が我が娘を手に入れる可能性はゼロだ。マルコスの勝ちに揺るぎはない」

「もっと本質を見抜くお力を付けてはいかがか。貴方がエルギーニグループと手を結ぼうとしていることを前当主はご存じですよ?」

「口の減らない男だ。だからどうした。父がどんなに拒もうが、マルコスが婚約者となればそれは決定したも同然。貴様も父も、あのような冴えない者に託すとは愚かを通り越して呆れ果てる」


 酷い言われようだ。

 僕を応援してくれているペロさんの為にも、ここはしっかり勝利をしないと。


 執事によって開始が告げられた。


「一撃で終わらせ――速い!?」

「はぁ!!」


 距離を詰めて剣を打ち込む。

 彼は辛うじて反応し、剣で剣撃を防いだ。


「想定外だ、距離を取って立て直さなければ! エアロジャベリン」

「通用しない!」

「ばかなっ、魔法を斬るだと!?」


 飛んでくる風の槍を双剣で斬り続けマルコスへと迫る。

 彼は咄嗟に反撃に出るが、それは予想の範囲だった。


「ブレイブチェーン」

「鎖が!?」


 剣を振ろうとする腕に、黄金の鎖が巻き付く。

 隙を突いた攻撃は剣を宙へ飛ばした。


 とすっ、地面にマルコスの剣が突き刺さる。


「あ、ああ……」


 武器を失った彼はぺたりと地面に尻を付けた。


 彼は初手で誤ったのだ。

 最大級に警戒していれば、勝負は長引いていただろう。

 もしかすれば僕に勝っていたかもしれない。


「マルコス、何をしている! まだ勝負は終わっていないぞ!」

「いいえ、すでに終了しました。喉元に突きつけられているあの切っ先が見えないのですか。審判、すぐに判定を」

「ぐっ、ならん! これは引き分けだ! 彼は負けてなどいない!」


 ペロさんとヘイジン様が揉めている。

 審判はどうすれば良いのか判断に苦しみ、未だ判定を下そうとしない。


 正直、この状況で引き分けとするのはかなり苦しい気もする。


 マルコス自身はすでに、敗北を認めるように脱力している。


「ピーターの勝ちです。目の前の現実を受け止められないなんて、タナカ家当主にあるまじき行い。初代様がこの場にいたらなんと申されるか」

「だがしかし、これはお前の為なのだぞ……」


 クラリスの言葉にヘイジン様は冷や汗を流す。


「ならばはっきり申し上げます。私のことを想うなら、マルコスをきちんと負けとしてください。先ほどの戦い、誰が見ても明らかです」


 彼女の説得により、ヘイジン様は観念した。

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