ピーターの苦難の日々10


 由緒正しいタナカ家には、婚約者を決闘で決めるしきたりがある。


 しかしながら決闘はあくまでも武を計る手段に過ぎない。

 厳しい審査を抜け、現当主に認められた者だけが、最後の決闘へと進むことができる。つまり智と武と財の全てを兼ね備えた人物こそが、名高いタナカ家の一員となれるのである。


 そして、このイベントは一次審査の時点でほぼ勝者は確定していた。


 永い時が過ぎ、すでにしきたりは形骸化しているそうだ。


「――こちらで一次審査と二次審査は通しておいた。あとは最後の決闘だが、君には三回戦ってもらうことになるだろう」

「あの、一言も参加するなんて言った覚えはなかったと思いますが」


 淡々と話をするペロさんに、僕は何故こうなったのか答えを求めた。

 逆に彼はきょとんとした顔になり、それから『素直じゃないな』とばかりに笑みを浮かべる。


「では不参加の意思を向こうに伝えておこう」

「ま、待ってください! 出ないとは言ってないです!」

「はっきりしたまえ。好いた相手を見送るか、手を伸ばして掴むか、この場ですぐに決断しろ。もう時間はあまりない」 


 そんな、いきなりすぎて困る。

 もちろんクラリスのことは好きだけど、こんな僕がふさわしい相手と言えるのだろうか。他にもっと良い人がいる気がする。


 溜め息を吐いたペロさんは「言わないつもりだったが」と話を始めた。


「クラリス嬢は今回の婚約者選考会も潰すつもりらしい。実はすでに六回行われているのだが、全てにおいて彼女は勝者となっている」

「選ぶ側も出られるんですか?」

「もちろんだ。選考会は一族が決めたことだが、当然本人にだって選ぶ権利はある。故に望まぬ相手に対し勝利することでNOと言えるのがこのしきたりだ」


 婚約者選考会の具体的な内容はこうだ。


 1、選考会開催が決定され、一族や上流階級でのみ詳細が伝えられる。参加の意思がある者はタナカ家の設けた窓口へと、プロフィールなどを収めた書簡を郵送する。


 2、審査員による身辺調査が行われ、ふさわしくない者は落とされる。ここで九割が落選すると言われているそうだ。これが一次審査。


 3、厳選された参加者を、タナカ家現当主が直々に審査する。必要であれば面談も行い、気に入らない者がいればここで落とす。二次審査で落ちる者は希だそうだ。


 4、決闘当日。参加者同士で戦いを行い、最後に勝ち残った者が真の婚約者候補となる。そして、その人物を認めるならば敗北を選び、否ならば勝利しなければならない。


 と、まぁ表向きはこんな感じだが、実際は開催決定の時点で候補は絞り込まれており、二次選考を終えた直後から贔屓にしている人物へ、タナカ家による特別訓練が行われたりヒントが与えられたりしているそうだ。


 ほぼ出来レースなのである。


「クラリスには婚約したい相手がいないってことですか?」

「選ばれた候補の中にはな。しかしだ、そう何度も選考会を潰されてはタナカ家の面子に関わる。今回は確実に決まるように、入念に準備が行われているだろう。彼女が焦っているのもその為だ」


 なるほど。そういうことだったのか。

 ここ最近の彼女は、ずいぶんと力を欲しているように見えた。恐らく相手は相当に強いのだろう。ああ見えて彼女も必死だったのか。


 ペロさんは『もう分かっただろう』とばかりに眼鏡を上げた。


「父も俺も現当主が推している人物は好ましいと思っていない。だからといって直接介入するわけにもいかん。そういう決まりだからな」

「最初から僕を参加させるつもりだったんですね」

「その通りだ。君にはクラリスの婚約者となってもらい、当主の思惑を潰してもらう。さて、もう一度聞こうか。YESかNOか」


 脳裏にクラリスの寂しげな顔がよぎった。

 正直、彼女の気持ちがどこにあるのかはまったく分からない。僕のことをどう思っているのかも不明だ。

それでも僕はこう答えるだろう。


「この話、受けます」

「惚れているのなら至極当然の決断だな」

「うぇ!? また、心を読みましたか!?」

「見れば分かる。気が付いていないのは当人達くらいだ。まったく見ていてやきもきする。さっさと奪ってしまえばいいものを」


 当人……達?


 ペロさんは話し終えたところで、デスクに分厚い参考書を置いた。

 それからゾクッとするような微笑みを作る。


「さて、今夜の勉強を始めようか」


 ひぇ。



 ◇



 僕とクラリスの剣が打ち合わされる。

 ステップを踏む度に汗が飛び散り、お互いに相手の姿だけを目に映す。


 邪魔の入らない二人だけの世界。


「ピーター、貴方に謝らないといけないことがあるわ」

「実は僕もなんだ」


 今は純粋な剣技のみの戦い。

 火花を散らしながら一定の距離を保つ。


「本当は貴方とずっと話をしたいと思ってたわ。あの頃のように楽しくおしゃべりをしたいと。でも、私はだんだんとそれが許されない存在だと言うことに気が付いたの」


 彼女は話を続ける。


「私はどうすれば、もう一度貴方と元通りの関係になれるのか考えたわ。そして、出た答えが、貴方が力を付けて私の元へ来ることだった」

「まさかだけど、急に冷たくなったのは」

「奮起してもらいたかったのよ。序列なんかに負けず、私の元まで這い上がってきてもらいたかった。もちろんとんでもなく無茶な希望だとは分かってたわ」


 確かに無茶だ。ぜんぜん伝わってなかったし。

 てっきり身分が違うことを、思い知らせるつもりでやっているのかと思っていた。


 ただ振り返ってみれば、確かに冷たい態度ではあったが、困っている時には必ず助け船を出してくれていた。

 妙に弱いことを強調していた節もあった。あれはもしかしてもしかすると、『もっと強くなって欲しい』と暗に言っていたのだろうか。


「あのさ、ちゃんと言ってくれないと分からないよ」

「そのことに最近気が付いたわ。言葉にしないと伝わらないなんて知らなかったの」

「やっぱりお嬢様だなぁ」

「呆れないで! と、とにかく私は、やり方を間違っていたわ」


 顔を赤くするクラリスは、剣を盾で弾き即座に蹴りを繰り出す。

 それを僕はギリギリで躱し、剣で剣を受け止めた。


「僕は勇気がなかったことかな。どうせ何も変えられないと最初から諦めていた。だから後悔しているんだ。もっと早く君と話をすべきだったんだって」

「相談してくれればデイトや成績や、解決できることはあったわ」

「うん。だから謝りたかったんだ」


 何合重ねたか分からない。 

 すでに僕も彼女も勝つことよりも、こうして剣を交えることが目的と化していた。


 そろそろ訓練の終了を知らされるはず。


「だけど、もう遅いわ。私はたぶん次で負ける」

「…………」

「私ね、婚約者ができるの」

「うん」


 彼女は寂しそうな表情を浮かべた。

 どうやら僕が参加することは知らないようだ。


 ビー----。


 終了のサイレンが鳴る。


 だが、僕らは剣を振り続けていた。


「私を連れて逃げてほしい、って言ったら叶えてくれる?」

「どこにも逃げられないよ。君はタナカ家の娘だ」

「……そうね。そうよね」


 クラリスは突然、剣を放り出し部屋を飛び出す。


 チラリと見えた目元には涙が流れていた。

 僕は双剣を投げ捨て、大の字で床へと身を投げ出した。


 次会ったら、ちゃんと許してくれるかな。


 不安だ。




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