ピーターの苦難の日々9
開始のサイレンと同時に、僕は後方へと下がり距離を取る。
彼女が魔法を得意としているのは有名な話だ。炎魔法に関しては国内で上位五十に入る使い手。恐らく剣技もそれを組み合わせた厄介なもののはず。
クラリスは左手を僕に向けて微笑む。
「まずは小手調べをさせてもらうわ。まともに打ち合う価値があるのかどうか、これで試させてもらう」
「お、お手柔らかにね」
「セブンフレイム」
げ、いきなり中級魔法なの。
ちょっと、待って。
七つの火球が次々放たれる。
僕の駆け抜けたあとは爆炎に包まれた。
今さらながらに魔法は禁止にしておくべきだったと後悔する。
「逃げてばかりでは訓練にならないわよ。少しくらいはカッコイイ姿を見せてもらいたいわね。イレブンフレイム」
「それもそうだね」
新たに十一個の火球が彼女の周りに出現する。
双剣を抜いた僕は真正面から火球を斬り、最短距離で彼女との距離を縮めた。
「うそ!? まっすぐ向かってくるなんて、正気なの!?」
「魔法の雨は慣れてるんだ。修羅場をくぐってきたって言ったよね」
クラリスは左腕に装着していた盾で剣を受け止める。
もう片方の剣も剣で受け止め、僕と彼女は至近距離でにらみ合う。
「認識を改める必要があるわね。ピーター、貴方は変わったわ。見違えるくらい強くなった」
「少しは一族の者と認めてもらえたのかな」
「お爺様やお父様はともかく、私は……ちゃんとそう思ってたわよ」
クラリスはほんの一瞬、困惑したように僕から目をそらした。
確かに幼い頃の彼女は一族内の序列など気にしない雰囲気を纏っていた。末席の僕にも笑顔で接してくれて、そんな分け隔てない姿に恋心を抱いた。
いつからだろう。彼女が素っ気なくなったのは。
中等部に上がる頃には今のクラリスができあがっていた。
優しくいつも楽しそうにしていた彼女はどこかへと消え、誇り高いお嬢様然としたクラリスが僕を冷たく見ていた。
けど、今の彼女の言葉を聞いて、かつての彼女は消えたわけではないのだと気づいた。
僕に失望したのは確かだろう。
生きている世界が違うのも確かだ。
それでも彼女は、ずっと僕を見ていたんだ。
「君は変わったように見えて、本当は変わってなかったのかな」
「……?」
「何を言っているのか分からないよね」
「戦いに集中しないと、大けがをするわよ」
彼女の左手から爆炎が発せられる。
寸前で躱した僕は、身体をひねり斬撃を繰り出した。
何度も交差する剣と剣、あのクラリスと戦っているなんて夢のようだ。
ずっとこの時間が続けばいいな、なんて思っていた。
対等の敵として見てくれるその目が、なんだか嬉しくて仕方がない。
「しつこいっ!」
至近距離から炎魔法を放たれるが、僕は難なく斬って見せ、再び彼女へと肉薄する。
間ができればそれだけ彼女が有利となる。
だから常につかず離れずの位置で攻め続けていた。
いやらしいやり方だろうが、ブレイブチェーンしか魔法を有していない僕にとって最善の策。あっさり負けるわけにはいかないのだ。今後も彼女の相手に選ばれるためにも。
「金剛力!」
「!?」
クラリスの強烈な一撃が僕の剣を跳ね上げた。
恐らく物理的な攻撃力を上げるスキル、今までとは段違いの打ち込みだった。
さぁ小手調べはこれで終わり、ここからが本気だ。
ビーーーーーー。
突如として終了のサイレンが鳴る。
僕は「へ?」とガラス張りの管理室を見た。
そこではルアーネが眉間に皺を寄せて頷いていた。
つまり訓練終了。
ちょっと短すぎやしないだろうか。
フレアさんとならここからが本番なのに。
全然力を発揮しないまま終わってしまうなんて。
「ピーター、お疲れ様」
「ありがとう」
彼女は僕にタオルと飲み物を差し出した。
受け取って顔の汗を拭くと、甘い香りがふわりと香る。施設の備品だと思うけど、彼女が渡してくれたってことだけで特別な物に感じられた。
「あとで返してね」
「返す……?」
「私の物だもの。当然でしょ」
手の中のタオルが輝いて見えた。
し、私物だったのか。
「洗濯して返すよ!」
「……そうね、次の訓練の時にでも返してくれればいいわ」
彼女は照れくさそうにそう言ってから、訓練室を出て行った。
次、ってことは合格?
これからも一緒に訓練できる?
やった! やったぞー!!
僕はスキップしながら部屋を出た。
◇
僕は廊下に張り出された成績順位をじっくり確認する。
下から中ほどまで見てきたが、未だピーターの文字は出てきていない。
残り十五人。
これでなければ圏外確定だ。
十一位まで名前はなかった。
いよいよ上位十名の確認だ。
もし入れていなければ師匠にどんなひどい目に遭わされるか分からない。
ペロさんにだって合わせる顔がない。
八位 ピーター・ロックウッド
何度目を擦ってもその名は僕だった。
「信じられない、嘘みたいだ」
「ふふっ、すごい急成長ね」
「クラリス!?」
振り返るとクラリスが微笑んでいた。
しかも妙に距離が近く、腕に腕が当たっている。
さらに後ろのルアーネは、十位から二十三位に転落して真っ白になっていた。
「私はやり方を間違えたかもしれない。もっと積極的に関わるべきだったのよ」
「……?」
「ごめんなさい。またあとで」
寂しそうな表情を浮かべた彼女は、足早に去ってしまう。
そんなクラリスが引っかかった。
「かんぱーい!」
「おめでとう、ピーター!」
「ありがとう」
本日の訓練はお休み。
家族三人で成績のお祝いだ。
テーブルには大量のヤキトリとケーキがある。
タナカ一族ではお祝い事には必ず串に刺した鶏肉が出るのだ。本家では独自のタレが用意されるそうだが、レシピなど教えられない末席の僕らはタナカ印の市販のタレで用意する。
さらにママが山盛りのヤキメシをテーブルに置いた。
ヤキメシはこのマーナの代表的な料理の一つ。
かつてはチャーハンと呼ばれていたが、そこから多くのアレンジが加えられ、現在のヤキメシへと変化を遂げたそうだ。
ワインを飲むパパはご機嫌である。
「これも初代様のおかげだな。ピーターが立派になって、経営も順調で、これ以上の幸せはないだろう」
「貴方、ピーターが序列を変えてくれるって言ってたじゃないの」
「そうなんだが、高望みしすぎてもな。ほどほどが良いんだ。序列なんてどうだっていいじゃないか。家族が何事もなく暮らせればそれでいい」
「そのような調子では困る。もう少し野心を持っていただかないと」
僕らはいつの間にか席に着いているペロさんに、腰が抜けるかと思うほど驚いた。
彼はヤキトリをむしゃむしゃ食べている。
部屋の中を見渡したがフレアさんの姿はなかった。
「ピーター、成績はどうだった」
「八位でした」
「よろしい。だが、できれば三位以内には入ってもらいたかったな。君には届くだけの学力がすでに身についている。ふむ、この味もなかなかいける」
あの、ペロさん。
それ僕のヤキトリ……。
「さて、君にはまだクラリスとの戦いが待っている。一戦交えて彼女の実力は多少なりとも理解したはずだ」
「ええ、まぁ」
「君には一週間後のこれに参加してもらう」
ペロさんから封筒が渡される。
封蝋にはタナカ家の印が押されていた。
ぺらりと中の便箋を広げる。
「あの、これって」
「聞く必要もあるまい。見たとおりだ」
便箋には『クラリス・タナカ婚約者選抜会への参加を許可する』と記載されていた。
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