ピーターの苦難の日々8


 定期試験最終日。


 今回の試験、僕は生まれて初めての体験をした。


 目に映るあらゆる問題が理解でき、その答えを迷うことなく書き出すことができたのだ。

 まるでカンニングペーパーを見ながら試験を受けている感覚。さらに開始十分で全ての問題を解き終えてしまったのも初めてだった。


 ペロさんとの勉強が実を結んだのだ。


 ちなみに現在、ペロさんには大学で学ぶような知識を教えてもらっている。

 高校で学ぶ範囲はたった一週間で終えてしまっていた。


 僕は問題用紙を先生に提出し、クラスメイトが驚きに満ちた視線を向ける中、堂々と教室を退出する。


 廊下には先に出たクラリスの姿があった。


「やぁ、ここで暇つぶしかい」

「一応聞くけど、ちゃんと問題はといたの?」

「簡単だったよ」

「そうね、今回の試験は前回よりも解きやすかったわ」


 ベンチで本を読む彼女はほんの少し目を上げて、僕であることを確認してから再び本に目を落とす。

 僕は恐る恐る隣へと腰を下ろした。


 まだルアーネは試験に手こずっているようだ。

 二人きりで会話するなら今がチャンス。


「あのさ、もし良ければ僕と訓練しないか」

「……貴方と?」

「この前、施設で聞いたんだ。君が手応えのある相手を探してるって。もちろん君よりは弱いと思うけど、そこそこ修羅場もくぐってきてるしそれなりに骨はあると思うんだ」

「修羅場って、貴方あのピーターよね?」

「色々あってさ、その辺は聞かないで」


 クラリスは一度呆れたような表情を浮かべ、それから怪訝な表情を作って僕をじっくり眺めた。


 不意に彼女が僕の胸に手を当てる。

 心臓が胸を突き破って飛び出すのかと思えるほど強く跳ねた。


「引き締まった大胸筋、肩と腕も僅かに太くなってる。休学していたあの短期間に鍛えたというの? けど、いくらなんでも尋常じゃないわ。どこまで追い詰めればここまでできるのかしら」

「あの、クラリス……?」


 彼女は僕の全身を、その細くしなやかな指で振れながら呟く。

 そして、最後に右手をじっくりと観察した。


「剣を使うのね」

「どうして分かるの」

「剣ダコがあるわ。でも割と最近にできたものね」

「まぁ、双剣使いだしね」


 彼女は顔を上げて僕の目をはっきりと見た。


「双剣! 素晴らしいわね! まだ戦ったことがないからすごく興味を引かれる!」

「じゃあOKってことかな?」

「もちろん。実は私、一度だけ双剣に挑戦したことがあるのだけれど、扱いが難しすぎてすぐに断念してしまったの。もし良かったらその辺りも聞かせてもらえる?」


 目を輝かせたクラリスは、試験時間が終わるまで武器について僕と語り合った。



 ◇



 バンッ。ロッカーを閉める。

 僕は内心でスキップしていた。


 試験も終わり、これからクラリスと一緒に施設で訓練するのだ。


 彼女に勝つにはまず彼女のことを知らなければならない。

 試験の時と同じ、確実な勝利には対策が肝心。


 ――とまぁ言い訳をしているが、実際は単に彼女と仲良くなりたいだけだ。せっかく同じ施設を利用しているのだから、これを機に一気に距離を縮めるべきだろう。


 僕はクラリスが好きだ。初めて会った日から。

 今まで頼りない姿ばかり見せてきたけど、これからは違う僕を見せてゆくつもりだ。


 施設に向かって歩いていると、路地に見覚えのある三人組が現れる。


 デイトとデゴスとラゴス。

 普段以上に怪しい雰囲気を醸し出していた。


「ピーター、クラリスとずいぶん楽しそうに話をしていたじゃねぇか」

「たった一回勝っただけで、もう調子面かよ」

「デイト、やっぱり止めておくべき……」

「うるせぇな! だったらデゴス、てめぇは黙って見ていろ!」


 デイトが腰に差し込んでいた拳銃を抜いた。

 同様にラゴスもナイフを抜く。


「前々から人に向けて撃ってみたかったんだよ。ぞくぞくするぜ」

「それを使ったらどうなるか、分かっているんだよね?」

「当たり前だろ。てめぇは死んで、俺は気分すっきり。うざい邪魔者が消えてハッピーな人生へと元通りだ」


 僕は溜め息を吐きたくなった。

 そんなものが僕に通用すると本気で思っていることに。


 対銃火器の訓練は師匠にたたき込まれている。


 夜の森でミニガン(複数)相手に戦わされた僕が、今さら拳銃一つでビビるわけないだろ。

 ああ、思い出しただけで震えてくる。


「どうだ、腰が抜けるほどビビっただろ」

「ぜんぜん」

「そうか、現実を認めたくねぇんだな。強がっても無駄だぜ」

「どうでもいいから早く始めよう。あまり時間がないんだ」


 腕時計を確認して、クラリスがすでに待っている姿を想像した。


「鈍臭野郎が調子こいてんじゃねぇぞ!」

「――ふっ!」


 発砲音よりも先に僕は射線上から離れる。

 ラゴスがナイフで刺突を狙ってくるが、素早く身をひねって躱し、即座に滑り込むようにして肘突きを鳩尾にめり込ませた。


「ちっ、邪魔だラゴス!」


 ラゴスの身体が邪魔で僕を狙えないようだ。

 まぁ、そうなることを考えて動いたんだけどね。


 デイトはラゴスの左右どちらから僕が飛び出すのか分からず、銃口を何度も左右に動かしていた。


 その読みは大外れ。

 僕はすでに真上に跳躍している。


 くるんと空中で身体をひねって回転、そのまますとんとデイトの真後ろに着地した。


「いつのまに、くそっ!」

「おっと」


 すぐ近くで拳銃が火を噴く。

 が、姿勢を低くしてさらに間合いを詰めたことで、弾は当たらず路地の壁を跳弾した。


 腕を掴み背負い投げをする。


「――!?」


 地面に背中から叩きつけられたデイトは、何が起きたのか理解できておらず、驚愕の表情のまま固まっていた。

 彼の手から拳銃を奪い、目の前で握りつぶしてやる。


「次からは魔法をお勧めするよ。これは一般人には脅威だけど、本当の強者の前ではほとんど玩具だ」

「ば、ばけもの……」


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。

 銃声を聞いて誰かが通報したのかな。


 デゴスが近づいてきて『行け』と合図した。


「デイトもラゴスもこれに懲りただろう。俺達はもうお前に関わらない」

「もしかして君が」

「お前を見ていて目が覚めた。こんなことは無意味だ。誰の為にもならない。今さらだが悪かったな。いつかきちんと謝罪させてくれ」


 僕は言葉が出なかった。

 ただ頷き、この場を彼に任せて走り出す。


 そのまま第四研へと急いだ。



 ◇



 ボディースーツを身につけ、双剣を腰に帯びる。

 いよいろクラリスとの訓練だ。


 更衣室にフレアさんが入室した。


「調子はどうですか」

「問題ないです」

「分かっていると思いますが、これは正式な戦いではありません。たとえ勝ったとしても、課題のクリアとは認められませんからね」

「理解してますよ。それに僕がクラリスに簡単に勝てるとも思えませんし」

「あー、うん、とりあえずほどほどに」


 フレアさんは視線を彷徨わせてから逃げるように退室した。


 ……なんだろうあの態度?

 ちょっと引っかかるな。


 あ、もう時間だ。


 部屋を出て、クラリスの待つ訓練室へと向かう。





「本当に双剣なのね」

「まぁね。もしかして信じてなかったの?」


 顔を合わせた彼女の第一声は双剣についてだった。


 僕は応じつつ彼女の姿に目を奪われる。

 ぴっちりと密着したボディアーマーは、抜群のスタイルを浮かび上がらせていた。

 視覚で先制攻撃されたような気分だ。卑怯だぞ、と言いたくなるほど目が釘付けになってしまう。


「ほんの少しだけね。双剣使いってほんと珍しいから」

「…………」

「ピーター?」

「ごめん、そろそろ始めようか!」

「そうね」


 ふるふる顔を横に振る。


 しっかりしろ。あっさり負けたら二度と一緒に訓練できないんだぞ。

 ここで印象づけるんだ。僕もやれると。


 ビーーーー、訓練開始のサイレンが鳴った。




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