ピーターの苦難の日々7


 授業中にもかかわらず僕はぼんやりとする。

 連日の戦闘訓練と座学に疲れていた。


 フレアさんも鬼だ。彼女の指導は容赦がなく、骨折なんて当たり前で、腕や足なんか簡単に切り飛ばしてしまう。

 治療も一瞬で、虹色のキノコを口に押し込まれて訓練再開。

 エンドレスな地獄である。


 その後はペロさんの七十二時間座学。

 寝ても覚めてもずっと問題が頭の中を支配していた。


 しかし、その苦痛も今日は関係ない。


 やっと、やっと休息日が来たのだ。

 逃していたゲームや漫画を手当たり次第買いまくって、それから美味しい物を腹一杯食べて、自室で最高にダラダラしてやる。


 ――そう、思っていたのだけれど。


「結局来ちゃったなぁ……第四研」


 ビルを見上げる。

 いざ休もうと思っていても、身体は未だ修行モードである。出された課題も僕なりに確かな目標として捉えつつあるし、頭では理解していても心や身体がここへ足を向けさせる。


 休んでいる時間なんてないと。


 フレアさんからいただいたカードを取り出そうとしたところで、見覚えのある黒塗りの高級車がすぐ近くで停車した。

 慣れた動きで運転手が後部のドアを開け、二人の女子学生が地に足を付ける。


「ピーター? どうしてこのような場所に?」

「あら、ほんとだわ。珍しいところで会ったわね」


 先にルアーネが僕を見つけ、次にクラリスが目を向ける。

 まさかこんな場所でばったり会ってしまうなんて。


 いや、同じタナカグループの施設を利用していれば、いずれ今日みたいな日は来るはずだった。それが早いか遅いかだけの問題だったのだ。


「何の用でここへ来られたのかは存じませんが、貴方では中に入れないと思いますよ?」

「そ、そうだね、末席だし。あはは」


 やっぱり第四研は特別なんだ。

 そこに自由に出入りできる彼女もまた特別。


 クラリスはジト目で僕をじっと見ていた。


「それで、ここへのご用とは?」

「え!? あ、えっと、僕もここで訓練してるから……」

「末席の貴方が、第四研で?」

「うん、まぁ」


 訝しげな顔となるクラリスとルアーネ。

 フレアさんには口止めされてないし、嘘をつく理由も思い当たらない。

 ここは正直に打ち明けた方が良いと判断した。


 クラリスはにっこり微笑む。


「冗談ならセンスがいいとはいえませんね。誰の紹介でしょうか」

「フレアさんだよ」

「フレア? そんな方、関係者にいたかしら」

「私も覚えがありません」


 クラリスとルアーネは互いで問うように見合わせる。


 まさか超有名なあのフレアさんとは考えなかったようだ。

 それも当然か。表向き死んでることになってるし、ペロさんもフレアさんも現在は偽名で生活しているそうだ。偉大な先祖が何食わぬ顔で会社を出入りしているとも普通は考えないだろう。

 少なくとも彼女達は、フレアさんとは面識がないようだ。


「とても信じられませんね。私ですらここへの立ち入りをずいぶんと渋られたのです。末席の貴方が――」


 僕は警備員にカードを見せて通過するところを見せる。

 それだけで二人は沈黙した。


「先に行ってるよ」


 二枚目の自動ドアをカードで開き、僕は軽い足取りで中へと入る。

 ドアが閉まる寸前、向こう側で口をぽっかりと開けたままの二人が見えた。





「あぐっ!」

「まだ貴様は力に使われている状態だ。もっと試行錯誤しろ、もっと頭を使え。さもなければ今日も腕を失うぞ」


 フレアさんの声が訓練室に響く。

 戦闘モードに入った彼女は容赦がない。違うか、手加減はしてくれているけど、僕が弱すぎてそうはなっていないだけ。彼女が本気を出せば僕なんて一秒以内に殺せる。


 フレアさんの槍から八本の水蛇が出現する。


 八匹の蛇は一斉に僕へと襲いかかった。

 当たる寸前で真上に飛ぶと、ブレイブチェーンで三匹を縛る。

 さらに双剣で残り五匹を倒し、そのままの勢いでフレアさんへと挑んだ。


「うわっ!?」

「必ずしも直接戦闘をしてくれるとは限らないぞ。魔法とスキルを忘れるな」


 足下から水流が噴き出し、一気に天井へと叩きつける。

 すさまじい水圧はなおも僕を天井に押しつけ、息をすることも困難な状態に。


 ブレイブチェーンを壁に接着、黄金の鎖を引っ張りなんとか圧迫から脱出した。


 フレアさんに魔法を使わせる余裕を与えてはいけない。

 最大速度で攻め続けるんだ。


 黄龍の闘気発動!


 黄金のオーラが僕を包み、身体能力が向上する。

 反動の大きい力だが、その分得られる力も大きい。

 さらに技スキルだ。


 雷閃乱舞発動!


 雷光を纏った双剣がフレアさんを苛烈に攻める。

 だが、彼女は涼しい顔で全ての斬撃を一本の槍でいなしていた。


 やっぱり師匠と同じで、この人も化け物だ。


 一撃一撃に大岩を割るだけの力を込めているのに。


 だが、策はまだある。

 せめてかすり傷くらいは負わせないと。


「ここだ、ブレイブチェーン」

「おお?」


 床から出現した黄金の鎖が彼女の腕を縛る。

 至近距離からの不意打ち魔法だ。


 いける。もらった。


「いい線だが、甘い」

「うへ!?」


 ぶちっ。簡単に鎖は引きちぎられた。

 僕の剣はフレアさんの髪の毛を一本だけ斬り、ぎりぎりで躱した彼女は槍で僕の左腕を切り飛ばす。

 間髪入れず腹部に蹴りが入り、壁へと背中から叩きつけられた。


 また負けだ。


「ほら、これで回復しろ」


 虹色のキノコをもらい腕をくっつけた。


 はぁぁ、悔しいな。

 惜しいところまでいったのに。


 いきなり僕はフレアさんにハグされる。


「やるじゃないか、さっきのは驚いたぞ! ペロ様もそう思いますよね!」

「そうだな。タイミングと縛る箇所は最適とは言えないが、考えそのものはそこそこいい。大体の敵は初見で倒れるだろうな」


 どこからともなくペロさんが現れた。

 いつからそこに。まったく気が付かなかった。


 彼は飛びついてくるフレアさんをさっと躱し、僕へと歩み寄ってきた。


「油断していたとは言え、フレアが髪を一本切られるとはな。想像以上の成長だ。父が期待するだけのことはある」

「うんうん、ピーター君は育て甲斐のある子だ!」

「素が出ているぞ。もう戦闘は終わったんだキリッとしろ」

「コホン。失礼いたしました」


 普段のフレアさんへと戻る。

 それからペロさんは僕へタオルを投げた。


 受け取った僕は顔の汗を拭った。


「休みだと伝えていたはずだが」

「すいません。なんだか落ち着かなくてここへ」

「身体はきちんと休めておけ。近く、クラリスとの戦いがあるのだからな」

「え!?」


 もう決まったの?

 だってまだ戻ってきて一週間しか経ってないけど。

 クラリスからもそんな素振りはなかったし。


 僕らは話をしつつ訓練室から出る。


 それから廊下にあるウォーターサーバーへと寄り、僕は冷たい水で喉を潤した。


「試合のことは後日詳細を伝える。目下の問題は成績だ。確か明後日から定期試験だったな。十位以内に入るためにも対策はしておかなくては」

「本当に入れるのかな」

「入るんだ。疑念を挟んでいる余裕などあるのか」


 ないです。すいません。

 一生懸命頑張ります。


 僕は空になった紙コップをゴミ箱に落とす。


「他に強い方はいないのですか。これでは訓練になりません」

「ですが彼以上となると限られてしまいます。焦りがあるのは承知しておりますが、どうか落ち着いてくださいませ」

「パワードスーツを装着させれば私と互角にやれるでしょう。あのロボットだってかなりの戦闘力だと聞きます。どうにかして使用許諾をとってきなさい」

「しかし、あれらはまだ開発途中で、お嬢様と戦っていただく段階では……」


 怒気をにじませるクラリスと説得を試みるルアーネの姿があった。

 二人はこちらに気が付くことなく去ってしまう。


 僕は先ほどのやりとりからペロさんに質問した。


「パワードスーツもロボットも使えないんですか」

「スーツの方は力の調整が微妙でね。AIについても対人戦までほど遠い。つまりどっちもやり過ぎて相手を殺す可能性がある状態だ」

「そうね、ほんと困っちゃう~」


 見知らぬ美女が紛れているのに気が付き、僕は目を見開いて驚く。


 ブロンドの長髪に薄汚れた白衣を着た美女。

 彼女は僕にニコッとした。


「どうも~、キャサリンよ。ウフッ、可愛い坊やね」

「あの、この方は?」


 ペロさんは中指で眼鏡を押し上げる。


「この第四研の所長だ。とは言っても業務のほとんどを副所長に任せて、自分は研究室に籠もっている変人だがな」

「ひどーい、ちゃんと成果をあげてるのに~」

「もういいだろう。またなキャサリン」

「それではキャサリンさん」


 ペロさんは関わりたくないオーラを出して、足早に僕らを連れて去る。


「綺麗な人でしたね」

「あいつは元男だ」


 僕は信じられない気持ちでキャサリンさんへと振り返った。




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