二人の今後
契約の行方
「ねぇ。それで付き合ってないってどういうことよ。」
今日は大きな会議があるため、その会議の資料作りや会場のセッティングに可奈と二人で会議室にこもっていた。
そこでつっこまれていたのだ。南田との関係を。
「だって…。別に付き合おうって言われたわけじゃないし。」
あれから可奈には契約を持ちかけられたことから、今の関係までを全て話していた。最初こそ応援してくれていたが、いくら待っても発展していかない二人の関係に最近ではお説教を聞く羽目になっていた。
「それなのにキスはしてるんでしょ?」
「キスじゃなくて認証!!」
「もー!そう言うからややこしくなるの!」
私だって変な関係だなぁとは思ってるけどさ…。
華と南田は相変わらずの関係だった。心配していたペア制度は解消されることはなかった。仕事が順調に進んでいることを評価されてのことだった。喜ばしいことだ。
プライベートな関係は契約関係から恋人という変更はされないまま、たまに仕事帰りにマンションに寄って食事を共にして認証をするという奇妙な関係が続いていた。
会議室の準備が終わると今日は珍しく部内で朝礼があるらしい。
「誰か新しく人が入ってくるのかな?」
新人の人が配属される時や転職や異動で新しく人が入る時は朝礼をして紹介するのが通例だった。
派遣の人が配属された時は朝礼はなかったし、大勢過ぎて一人一人の紹介もなかったけれど…。
「こんな時期に誰だろうね。4月ってわけでもないのに。」
二人は不思議に思いながらも部長の席前で行われる朝礼に急いだ。
「えー。こちらが神奈川支店から異動してきた森山海翔くんだ。今日から同じ部で働くことになった。では森山くん。自己紹介をお願いするよ。」
森山海翔。聞いたことのある名前に、群衆の後方にいた華は遠くに見える森山の顔を確認する。
「初めまして。森山海翔です。神奈川支店では自動車部品の設計をしていました。今年度入社のまだ1年目ですが頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」
やっぱりそうだった。同期の森山くん。華は可奈の方を見ると可奈もこちらを見ていた。
部長が加えて森山を紹介する。
「この時期の異動は会社が危機に面している時だからこそ優秀な人材を本社へという意向がある。私たちも今が正念場だ。こういう時だからこそ会社をより良くしていこう。以上。」
人が散り散りに席に戻った。華と可奈も自分の席に戻ることにした。
森山とは新人の懇親会という名の飲み会で話したことのある同期の中でも仲がいい方だった。人懐っこい性格で子犬みたいなつぶらな瞳は男の人だけれど可愛いと思わせる子だった。配属が神奈川で疎遠になっていたのだが、本社勤務に異動になったようだ。
席に戻り仕事を始めようとしていると思わぬ声をかけられる。
「やっぱり華ちゃん!」
華ちゃんだと?
華の隣で南田は苛立つ気持ちを表情に出さないように努めて、耳をそばだてる。
「森山くん。華ちゃんは恥ずかしいから!」
華は困惑した表情を浮かべた。
森山くんって人懐っこいけど、人懐っこ過ぎてたまにどうしていいのか困るのよね…。
森山は華の言葉に不満そうな声を上げた。
「なんで〜。せっかく同期で同じ職場になれたのに〜。ねぇ!今日の仕事終わり食事行かない?」
仕事終わりに食事…。別に南田さんと約束しているわけじゃないけど、今日は早く仕事が終わったらマンションにお邪魔できたらなぁって思ってたんだけどなぁ。
「ねぇ!華ちゃん聞いてる?何か予定あるの?」
「予定っていうか…。」
なんて答えたらいいんだろう。
南田の方を気にする様子の華に、二人の仲を察知した森山はわざと質問する。
「華ちゃん付き合ってる人でもいるの?」
「付き合ってるっていうか…。」
華はなんと答えていいのか言葉を濁す。その様子に勘のいい森山は全てを察した。
ふ〜ん。今は微妙な関係ってわけだ。確か隣の人は南田って人だな。有名らしいけど堅物で面白みが無さそうな奴。微妙な関係ならまだまだ付け入る隙あるもんね。
森山はわざと甘えるように華にお願いした。
「じゃいいでしょ?せっかく同じ部になれたんだからさぁ。」
「でも今日はちょっと…。」
困惑する華にたたみ掛けるように森山は言葉を重ねる。
「ほら。前に部署に配属してからの飲み会で恋話したじゃん。その時に教えてくれた人の話とかしようよ。」
別に俺は華ちゃんが誰を好きだろうと、こっちを向かせる自信はあるけどさ。こんな堅物の南田さんじゃ無理だろうね。好きな人の話を聞いて撃沈すればいい。
森山は意地悪く心の中で笑う。
森山の言葉に華は焦り、南田も奥村さんの恋話など初耳だ。と動揺していた。
「えっと…。今はもうその人のことはいいっていうか…。」
何も今ここで南田さんに聞こえるように話さなくてもいいのに!
「え〜。ほら。だって柚子シャーベットの彼でしょ?」
柚子…シャーベット…?
南田は思わず操作していたマウスの手を止める。森山は、シメシメ気にしてる。と内心ほくそ笑んだ。
しかし南田は平然とした顔で華に指示を出す。
「奥村さん。この仕様のことだが、あと少し変更した方がいいだろう。」
華は珍しく名前を呼ばれてドキッとすると、指し示された資料に目をやった。
置いてきぼりの森山は不満顔だ。
「ねぇねぇ。まだ話の途中だよ。」
南田は冷たい視線を向けて、冷ややかな言葉を投げた。
「いい加減、迷惑がられていることに気づかないのか?だいたい始業時間は過ぎている。仕事も満足に出来ない者に仕事後の予定を話す資格はない。」
な…。言ってくれるじゃないか。
森山も負けじと牙を剥く。
「プライベートなことにまで口出ししないで下さい。華ちゃんが誰と仕事後に食事しても南田さんには関係ないですよね?」
南田は返事もせずに森山に背を向けてパソコンへ向かった。
「ちょっと!」
森山が何か言おうとしたところへ、苛立った声がかけられた。
「も・り・や・ま〜!お前が女の子を口説こうなんて百年早い!仕事しない奴が定時で帰れると思うなよ!」
山本が森山の教育担当らしい。山本は怒り心頭した顔で立っている。
その山本へ南田が冷静な言葉を発した。その声は冷静というよりも不機嫌そうな声だった。
「山本さん。僕らも迷惑なので新人の指導しっかりお願いしますよ。」
何を偉そうに!森山が反論しようとすると山本に頭を押さえられ、頭を下げさせられた。
「悪かった。もう仕事の邪魔するようなことさせないから勘弁してくれ。こいつの指導ビシバシするからよ。」
「あの…ちょっと待って…。」
森山の声は聞き入れてもらえずに、引きずられるように山本に連れていかれた。
「さぁ無駄な時間を過ごした。仕事を進めよう。」
南田は何もなかったように仕事を再開した。表向きはそうだった。しかしデスクの下の誰からも見えない所で、華の手をつかむ。
「!」
南田さん!手!他の人に見られちゃうから!
動揺する華に南田は表情を崩さずいつもの無表情で声を落として言葉を発した。
「僕も新人歓迎会である人に柚子シャーベットを譲った覚えがある。」
「え…。」
柚子シャーベットって…。
「その日は眼鏡をしていなかったか。しかし歯車の話など興味深い話を聞けて満足する飲み会だったのは覚えている。それがあったからこその契約なのだが…。」
それって…。
そこまで話すと南田は華の手を離して、今度こそ仕事を始めるようだ。
「さぁ。雑談は終わりだ。仕事をしよう。」
華は質問したいことがあり過ぎるのに、ここで顔を赤くするなんてあり得ない!と動揺しそうになる気持ちを懸命に抑えていた。
一方の森山は山本に無理矢理連れていかれながらも、面白くなりそうだ。と心の中でニヤニヤしていた。
--- Fin
キス税を払う?それともキスする? 嵩戸はゆ @Takato_hayu
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