3.  タークの正体

2014年6月23日 上海外灘区のアパート


「タークは人工知能です」


 小奇麗な身なりをした大柄な男――燕が言った。

 夜鷹と牡丹、そして燕の三人がアパートの共同ロビーに居合わせたとき、夜鷹が雑談のつもりで「タークってチェッカーの指し手について、何か知ってる?」と話を振ると、燕はすらすらと説明を始めた。


「タークという名は、かつてハンガリーの発明家が作り上げたチェスを指す自動人形オートマタからとったものでしょうね……まあ、実際は中に人が入って動かすの類なのですが……中身が人間であるフリをしてチェッカーに興じる人工知能にこの名前を授けるとは、開発者も趣味の悪い皮肉をしたものです」

「なんでそんなもんが普通にアカウントとってチェッカーしてんだよ」

「おそらく、荒らしの類でしょうね。うさぎ君がハマっているポーカーのサイトと違って、このゲームサイトには金銭が絡みませんから。タークは、数多くのチェッカー愛好家のプライドをへし折って回りました。タークをゲームサイトに連れてきた男は、ゲームサイトの専用掲示板に寄せられたプレイヤーたちの阿鼻叫喚を見るのを楽しみにしていたそうです」

「ふーん、世の中には色んな趣味嗜好の変態がいるもんだな。つうか、何でお前がそんなこと知ってんの?」

「鴉の兄様からの受け売りです」 

「あ、鴉の兄貴もチェッカー好きだっけ」

「ええ。突然ゲームサイトに現れたこの強豪プレイヤーのことを不審に思い、アカウントの持ち主のPCに侵入したそうです。そこで、タークの正体を知ったとか」

「……あいつもあいつでしょうもないことに熱中してんな……あ、ひょっとして、鴉の兄貴もタークと対局したことあんの? 勝てた?」

「……いえ、兄様の力をもってしても、タークに勝つことはできませんでした」

「へえ、だっさ」


 燕は眉根を寄せ、長くため息をついて襟を正すと、詰め寄るように夜鷹に顔を近づけた。


「いったい何をもって鴉の兄さまをダサいと評したのか、答えてもらいましょう」

「何コイツ面倒くさ……」

「相手は人工知能なのですよ? 私としては、そもそも勝負が成立していないと考えますね。鴉の兄様は何者にも負けていません」

「本当気持ち悪いなお前。えーと、いや、何というかなあ……相手は人工知能だから、勝ち負けノーカン、っていう風にはならなくね?」

「いいえ。相手が機械である時点で、誰かに勝ったわけでも、誰かに負けたわけでもないと思いませんか? 勝ち負けの概念が存在しないのです」

「……いやまあ言いたいことは分かるし、実際タークはイカサマアカウントなんだけど、何というかなあ……試合が成立してないとは言えない気がする」


 夜鷹が腕を組んで言葉を選んでるうちに、牡丹が会話に割り込んできた。


「……囲碁や将棋の電脳戦とかって、大抵、開発者が試合に呼ばれたりするでしょ? 人工知能の裏側にいる人間の姿をイメージしながら観戦するものなの。結局、人間対人間……棋士とプログラマーの知恵比べなんだよ……若干、異種格闘技戦っぽいってだけで、勝負の構造は成立してる……鴉の兄さんは、タークの開発者に、知恵比べで負けたんだよ……」

「おー的確。さっすがうちの相棒だわ」


 夜鷹は相棒の頭をわしゃわしゃと撫でた。牡丹はくすぐったそうに目を細める。

燕は厳めしい顔で鼻を鳴らした。


「あなたがたの意見は的外れと言わざるをえない」

「お前はホント何なんだよ」

「鴉の兄様は、人間と戦ってるわけではありません。からです」


 夜鷹と牡丹は不思議そうに首を捻った。燕は軽く咳払いして、厳かな調子で言った。


「タークの裏に存在するものは、人間の知性ではありません……誇張でも比喩でもなく、チェッカーの真理なのです」

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