『うさぎ強盗には死んでもらう』番外編――『鴉と深海の盤上遊戯』

橘ユマ

1.  0勝0分け137敗

2014年6月22日 上海外灘のアパート


「どーすりゃこんな負け方できんだよ」


 オセロの盤面をじっと見つめ、パンクファッションの男――夜鷹が言った。スコアは四対六十。盤面は白で、他は全て黒一色だ。


「……大丈夫ですか?」

「なんか自分がすげー馬鹿になったように思えてくるぜ」

「……ごめんなさい」

「あー、いいって。お前が悪いわけじゃねーから」


 昼下がりのこと。ソファに座って暇そうにしていた少年の姿を見て、夜鷹は彼をオセロに誘った。少年が三連勝した時点で、傍で観戦していた牡丹が、ふと思いついたように勝ち方に注文をつけ始めた。


「全面黒にできたりする?」

「左右対象の模様にできる?」

「上下対象でもいけそう?」

「四隅だけを取らせた上で勝てたりする?」


 少年は不安そうな顔で夜鷹と牡丹を見比べながら、要望通りの勝利を飾った。

 牡丹が少年の肩を抱き、盤面を指さしてみせる。


「……そろそろ夜鷹に勝たせてあげよっか」

「同情は受付ないぜ、牡丹」

「……四隅だけ黒にして、他全面白にして負けてみよう、れでぃごー」

「お前のリクエストはいつだって、絶妙な角度から俺の心を抉ってくるぜ!」


 夜鷹はオセロをさっと片づけると、机にぐでんと突っ伏してしまった。


「梟の親父から賭博場での話は聞いたけど、お前この手の盤上遊戯じゃ負けなしらしいな……チェスだろうが囲碁だろうがシャンチーだろうが、何だって、鬼のように強いんだろ?」

「そんなの、買い被りです」


 少年は縮こまり、目を泳がせている。


「僕だって、負けてばかりです」

「えー、じゃあ一番最近負けたのいつだよ」

「昨日指した相手に負けたばかりです。ぼろ負けです。こてんぱんです」

「……へえ、昨日? まあいいや、戦績は?」

「0勝0分け、137敗です」


 夜鷹と牡丹はそろって目を丸くした。牡丹が首を傾げながら尋ねた。


「……一日二日の対局数じゃなさそうなんだけど?」

「早指しでしたから。一手に二秒もかけていません」

「……熟考する時間がないから、負けたんだと思う?」

「いえ、多分そんなことはないと思います。そもそも、相手のほうが、僕よりも打つの早かったですから」

「相手は誰?」


 少年は困ったように頭をかいた。


「分からないんです。タークって名乗ってました」

トルコ人ターク?」 


 少年は顔を両手で口元を覆い、ぼそぼそとした口調で言った。


「何度戦っても、何一つ、欠片も、勝ち筋が見えなかった。多分千回戦っても、一万回戦っても……いえ、一生の全てをあの人との試合に捧げても、僕は、勝てなかったと思います。それぐらい、タークさんは強かった」


 牡丹がいぶかし気な顔で訊いた。


「……その人と、何処で会ったの?」

「タークっていうのは、あるゲームサイトでの、アカウントネームです。画面の向こうにいた人が、どんな人かは知りません」

「……なんでまた、そんな人と対局することになったの?」


 少年は口元を覆った手を外すと、ぼそりぼそりと話し始めた。


「……一昨日、あの、鴉って人に会いに行って……」

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