後編 恋人がサンタクロース

 青雲寮うんりょーの階段わきの廊下には、数日前から年季の入ったクリスマスツリーが設置されている。

 飾りだけは毎年誰かが100均などで買ってくるらしく、色あせた細い葉や枝にピカピカで可愛らしいオブジェがいくつもついている。


「これ、家の外にあったヤツを今日だけ借りてきたんだ」

 うっちーが得意げにリュックからLEDのイルミネーションライトを取り出して、階段の手すりに垂らす。

 電源をつなぐとチカチカと白い星のように瞬き出して、「おおーっ」という歓声が上がった。


 そんな風に1、2年生がせっせとパーティーの準備をしている間、サプライズ演奏を終えた3年の先輩たちはというと。


 ドラムを叩いて人格の変わった霧生先輩リズムの鬼による、ダメ出し反省会が2階で行われていた。

 楽しければいいんだし、サプライズは成功したんだし…というトミー先輩の執り成しも霧生先輩には全く聞き入れられなかったらしい。

 先輩方、お気の毒さまです。


 テーブルセッティングも完了し、合奏会のために1、2年生が2階へ戻ると、反省会を終えた3年生の先輩方はサンタコスのままげんなりしていた。


 そんな3年生には前方に用意したパイプ椅子に座ってもらい、トミー先輩の後を継いだ新指揮者・軽部先輩が緊張した面持ちで指揮台に上る。


「では、1回限りの『そりすべり』合奏会、始めたいと思います!」


 ぶっつけ本番。

 いつもよりさらに緊張感の増す中、久しぶりに山崎先輩の鼻をかむ音が聞こえてきて、皆思わず頬がゆるんだ。


 ♪ ♪♪♪ ♪♪ ♪ ♪♪♪ ♪♪


 軽快な鈴の音とトランペットの音。やわらかい中低音の合いの手。

 短い前奏の後に、クラリネットが主題を奏で、木管楽器全体で音を重ねていく。

 馬の蹄の音と共にリズミカルなメロディに変わり、その後は再び主題が戻ってくる。


 知ってる曲だし、管楽器のパート練習でなんとなく『そりすべり』のメロディは掴めていた。

 でも、各楽器の音色が複雑に折り重なっていくのを聞くと、やっぱり鳥肌が立つくらい感動する!


 3年生の先輩たちは反省会によるダメージから立ち直ったようで、手拍子をしながら演奏を楽しんでくれている。


 そんな中で、指を折りながら休みの小節を必死で数える私。

 だんだん私の出番が近づいてきた。

 スラップスティックの左右の板の取っ手にそれぞれ手を入れて構える。


 チューバなど中低音の転調が曲の変わり目を告げる。

 パッカッ、パッカッ、と、クレッシェンドして近づいてくる馬の蹄テンプルブロックの効果音。

 蹄の音が3連の16分音符になった瞬間が合図だ!


 パッカッ、パッカッ、パッカッ、パッカッ、パカパカッ!

「パンッ!!」

 ♪♪~


 ふうっ。打てた!

 もう一回。


 パッカッ、パッカッ、パッカッ、パッカッ、パカパカッ!

「パンッ!!」

 ♪♪~


 中間部はこの蹄&鞭の効果音が4回入る。

 タイミングを間違えずに4回打てた!はず!


 胸をなでおろした時には、再び主題のメロディが奏でられていた。

 この部分では主題と並行する低音のメロディがスウィング・ジャズっぽくてお洒落だ。


 元々はクリスマス用の曲というわけではなかったみたいだけど、こんなにウキウキさせる曲だもの。

 やっぱりクリスマスという楽しいイベントにぴったりの曲だよね!


 何度目かの主題の後、グロッケンと木管楽器で曲の締めへと向かうメロディが提示される。

 金管楽器も加わって、クレッシェンドしながら曲の締めへ…


 ヒヒィ~~~ィン!!


 !!?

 馬っ!?


 突然のトランペットにひるんだけど、すぐ横で先輩がテンプルブロックをパッカッ、パッカッ、と鳴らす。

 ハッと我に返って、


「パンッ!」


 ♪♪


 私がスラップスティックを鳴らした後に二音続いて曲が終わった。


 3年生の先輩たちから拍手が起こる。

 緊張から解放され、安堵の色を顔に浮かべる1、2年生。


 ふうっ。

 馬のいななきに気を取られて最後の一発を忘れるところだった。


「では、合奏の総評を富浦先輩からお聞きしたいと思います」

 軽部先輩に突然振られたトミー先輩は「オレ!?」と自分を指差しながら、チャラい笑顔で立ち上がる。


「うん!よくまとまってたし、皆ちゃんと譜面読み込めてる感じでいいんじゃない?

 っていうか、年に一度のクリスマスだよ?

 楽しきゃいーんだし、固っ苦しいのナシにしようぜ!」

 トミー先輩、今日は真面目な指揮者の顔は封印し、チャラいままでいるつもりらしい。


「なんなら霧生キリっちにダメ出しさせてもいいけど」

 この言葉には後輩達もみんな苦笑い。

 すっかり毒っ気の抜けた霧生先輩だけが「なんで俺なの!?」ってきょとんとしていた。


 *****


 合奏会終了後、みんなが1階のクラ部屋に移動するタイミングで、私は鷹能先輩の傍につつっと寄って聞いてみた。


「先輩、よくそのサンタコスやりましたね!」

 ニヤける私をちらと見て、恥ずかしそうにふいと横を向く。

「3年の皆が着ているのに、俺だけ制服というわけにいかないだろう」

「え?そうですか?

 鷹能先輩なら“それでも構わない”って言いそうなのに」

「……」


 なんだか気まずそうな先輩。

 すると、私たちの肩の間からトミー先輩がにゅっと顔を出した。


「タカちゃん説得したのオレ!

 簡単だよ?

“知華ちゃんが絶対惚れ直すよ”って言ったら、“じゃあ着る”って言うんだもん」


「あっ!トミー!余計な事をっ」

 割って入ったトミー先輩の首を、鷹能先輩がガッと羽交い締めにする。

「いてて!ホントのことじゃんかよー」

「そんな下心を明かしては、こんな恥ずかしい格好をした意味がなくなるだろうっ」


 そんな仲良しコンビのやりとりを見て、思わず吹き出してしまった私。

 鷹能先輩、私に見せたくてサンタコスやってくれたんだ…。

 それを聞いてまたニヤけてしまう。


 後で先輩に写メ撮らせてって言ったら嫌がられるかな。

 先輩のコスプレなんて、金輪際見られないかもしれないもんね!

 あ、でも私が“惚れ直す”って言ったら、コスプレまたやってくれるのかな?

 ヴァンパイアとかめっちゃ似合いそうだけど、動物系も案外…


「ほら、知華ちゃん!何ニヤけてんの!

 コップにジュース注いでまわって!」


 先輩のコスプレを次々と妄想していた私に、うっちーが冷たい視線を向けてきた。

「あっ、ごめんごめん!」

 慌てて近くのペットボトルを手に取って、テーブルに置かれた紙コップに注いでいく。


「はーい!では、吹奏楽部恒例、クリスマスパーティを始めまーす」


 あれ?軽部先輩が司会?

 トラちゃん部長じゃないんだ。

 てか、トラちゃん部長の姿がさっきから見えない気が。


「久しぶりに3学年そろったわけですし、楽しくやりましょう。かんぱーい!」


 皆は部長の不在をあまり気に止めていない様子で談笑を始めた。


 私が一年生の女子グループで盛り上がっていると、ヒューヒューとはやし立てる声が聞こえてきた。

 声のする廊下の方に目を向けると──


「「トラちゃん部長!?」」

「「長内君!?」」


 なんと二人がミニスカサンタコスで女装して登場したのだった。

 これって、3年生女子の先輩達が着てるのと同じ衣装だ!


「どう?二人とも可愛いでしょ?

 二人に着せたくて、同じ衣装を2着余分に注文しといたの♡」

 もじもじする二人を連れてきた咲綾さあや前部長が得意気に胸を張る。


「絶対二人とも似合うと思ったのよね!」

 咲綾先輩の美しい笑顔がどことなくサディスティックに見えるのは気のせいでしょうか。

 文化祭でこの二人が女装させられたのも、きっと咲綾先輩の趣味に違いない。


 ただ――。


 ご丁寧にウイッグとメイクまで施されているトラちゃん部長も長内君も、頬を赤らめてまんざらでもないように見える。

 二人とも文化祭の女装がきっかけで、そっち方面に目覚めてしまったのか!?


「長内~!スネ毛がニーハイから出てるぞ!ちゃんと剃っとけよ~」

 と笑う男子の先輩たちに

「もうっ!変なトコ見ないでくださいッ」

と頬をふくらます長内君。

 もはや口調も表情も女子のそれになっている。


 そして、そんな二人をスマホで激写している小柄な女子…って!

 あ、あゆむちゃんっ!!


 さっきまで女子トークには参加せず、ひたすらお菓子を頬ぶくろに詰め込んでいた小動物リス系のあゆむちゃんが、目の色を変えて女装の二人を撮影しまくってる!!


 ここにも妙な方面に目覚めてしまった人がいたか――。


 うん。

 やっぱりうちの部は”藤華の魔窟”だわ。


 クラクラしてきて、てのひらで額を押さえた私の横では、常識人のうっちーが呆然とその光景を眺めている。


「うっちー、やっぱりうちの部活ヤバい人の集まりだったね…」

 苦笑まじりに話しかけると、

「うん…。マジやべぇ…」とうっちーがつぶやいた。


「トラちゃん先輩の女装初めてみたけど――。

 やべぇ。可愛すぎて、俺マジで惚れそう」

「ええっ!!? ちょっとうっちー、正気なのっ!?」


 確かに、トラちゃん先輩は去年の文化祭の女装で男性ファンまで獲得したっていう噂だけれど、常識人うっちーの心までとらえるなんて…。


「内山田と葉山ならなかなかお似合いではないか」

 いつの間にか鷹能先輩が私の横に立ち、腕組みをしながら女装コンビを見つめている。

「俺が二人の仲をとりもってもいいくらいだ」

「ちょっ、先輩!真顔でそんな提案しないでくださいっ」

「俺は至って本気だぞ? 知華につく悪い虫が減るに越したことはない」

「いや、でも、うっちー達をそんな方面に誘導しなくても…」


 私が言いかけたところで

「ビンゴ大会始まりまーす!」

 とイベント大好きトミー先輩が仕切り始めた。


「昨年度末の定期演奏会の収益で豪華景品を用意しましたぁっ!

 1位はなんと! 人気テーマパーク・TBRのペアチケット!!

 さぁ、誰の手に渡るのか、早速始めちゃうよー!!」


 ビンゴのカードが各部員に配られ、クラ部屋の空気が一気に熱くなる。

 トミー先輩の横にはトラちゃん先輩と長内君の女装コンビ。

 この3人がビンゴマシンを回して出てきた玉の番号を読み上げる。


「出ましたー!16!!」

 数字を読み上げるたびにどよめきが起こる。

「あーっ!16ねぇよーっ!」

「こっちが開くかぁぁ!!」

「次こそ43来いっ!」


「あっ!先輩リーチじゃないですかっ」

 隣の鷹能先輩のカードを覗き込んだ私が声を上げると、部員の皆が焦りと羨望の入り混じった視線を先輩に集中させる。


「しかし、俺は1等など当てなくても──」

「出ましたー!29番」

「っしゃあっ!俺もリーチ!!」


 鷹能先輩に対抗するかのごとく、うっちーが咆哮してカードを高々と掲げる。

 うっちーの態度に挑発された先輩が、じろりと冷たい視線でうっちーを牽制する。

 ほんとこの二人、いつまで経っても仲悪いんだから…。


 数字が次々と発表されるけれど、2人はなかなかビンゴにならない。

 その間に数人がリーチの声を上げ、勝負の行方は混迷していく。


「次!ラッキーセブンの7!」


「ビンゴォォッ!!!」


 叫んだのは、うっちーだった。


 おおーっとどよめきが起こる中、鷹能先輩はむっつりと押し黙る。


「1等のTBRペアチケットは内山田君がゲットしましたー!おめでとうー!」


 盛大な拍手の中、うっちーが前にいるトミー先輩の元へ行き、チケットの入った包装紙を受け取って嬉しそうにガッツポーズした。


 2等以下を決めるためにビンゴゲームが続く中、ゲームを放棄した鷹能先輩の分までカードに穴を開けている私の元へ、うっちーが歩み寄ってきた。


「知華ちゃん!このペアチケットで一緒にTBR行こうよ!」

「はっ!?」

 ふてくされてパイプ椅子に座っていた鷹能先輩も目を丸くしてうっちーを見やる。

「ちょっ、うっちー、なんで私っ!?」

「え?何か俺、おかしなこと言ってる?

 知華ちゃんのこと誘ってるんだけど」

「おい!内山田!調子に乗るなっ」

「俺がゲットした景品です!友達誘ってるだけなんですから、紫藤先輩は関係ないでしょ」

「でもうっちー、いくら友達でも二人きりでは…」


 私の言葉を遮るように鷹能先輩が立ち上がり、うっちーを高圧的に見下ろした。


「知華はTBRへ行くのだ。

 お前は葉山でも誘って行け」


「「えぇっ!?」」


 私とうっちーが同時に声を上げる。

 明日のデートの行き先、鷹能先輩には内緒だって言われてたけど、まさかTBRだったなんて。


「イ、イヴの激混みの中で行ったって疲れるだけで…」

 気圧けおされて動揺を見せるうっちーに、鷹能先輩がふふんと不敵な笑みを向けた。


「俺はTBRグループの大株主なのだ。

 特別優待パスポートでアトラクションやレストランにも並ばずに利用することができる」

「「なっ…」」


 またしても同時に驚愕する私とうっちー。

 やっぱり鷹能先輩は、一般高校生の立場で太刀打ちできる人ではないのだ。


「くっそー!

 こうなったら葉山トラちゃん先輩をTBRで女装させてみせるっ!!」


 うっちーは謎の捨て台詞を残して、ビンゴの続きで盛り上がっている輪の中に消えていった。


「それにしてもすごいですね、先輩…。

 高校生でTBRの大株主だなんて信じられない」

「子どもの頃からお年玉で株の運用をしていたからな。

 明日のサプライズにして知華の喜ぶ顔が見たかったのだが…。

 内山田のせいで台無しになった」

 やれやれと苦笑いする先輩の手を、私はぎゅっと握る。


「今だって充分嬉しいですよ?

 それに…。先輩と一緒にいられるなら、うんりょーだって、TBRだって、私はどこでも幸せです」


 サンタクロース姿の先輩ににっこりと微笑む。


 深紅のベルベットを着ていなくたって、先輩はいつでもサンタクロースみたいに、私に幸せをプレゼントしてくれる。


「だって先輩は、私のサンタクロースだもの」


 お母さんがこないだ口ずさんでいた歌を思い出す。


“恋人がサンタクロース”


 ほんと、鷹能先輩はそんな感じ。


 先輩の右手を包んだ私の両手を、先輩が左手でそっと持ち上げて口づける。


「では、明日イヴの夜も俺はサンタクロースになって知華に幸せを贈ると約束しよう」

「明日の夜?」

「実は、TBR内のリゾートホテルを予約してある。

 バルコニーから閉園前の花火が見られる特等席だ」


 爆弾投下!


 私の心臓に命中して、体じゅうの血が沸騰したように体温が急上昇する。


「せせ、先輩…。ホ、ホテルって…」

「なんなら明日もこの衣装を着て、サンタクロースを演じようか」


 いたずらっぽく微笑む先輩に、

「実は意外とコスプレ気に入ってるんじゃないですか?」

 と軽口を叩いてみたけれど、胸の鼓動は相変わらずバクバクと大きな音を立てていて。


 私のために着てくれるなら、明日もそのサンタクロース姿を見たいなあ、なんて思ったりして。


 そして、やっぱり私は鷹能先輩に抗えないなあ、って思いながら。


 私は目の前のサンタクロースの大きな左手にキスを返した。






 ✽.。.:*・゚ Merry Christmas✽.。.:*・゚



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うんりょーのクリスマス☆<番外編> 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari

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