epilogue

世界を終わらせなかったカミサマへ

 夏は終わる。蝉は相変わらず鬱陶しくて、それでも少しずつ近づいていく、秋。

 窓の外からやってくる風は涼しく、同時にどこか寂しくて、陽が暮れるのもいつの間にかすっかり早くなった。町の先に見える水平線が、ゆらりと煌めく。

 放課後のグラウンドからは運動部の掛け声が遠く木霊する。校舎内のどこかで、吹奏楽部の音色が柔らかく響き渡る。

 茜色の教室。私は目を閉じて、そんな世界に融け込んで。


 東京の祖父母の家に戻った私を出迎えた母は、泣きながら私を抱きしめた。

 父は私を叱った後、「これ以上家族を失いたくはない」と、言った。

 祖父はただ黙って、その大きな手で私の頭を撫でた。

 みんな日和のことを大切に思っているんだよ、って、祖母は微笑んだ。

 私はその時ちょっとだけ、泣いた。


 生まれ育った田舎町に戻って、世界は何事もなかったかのように進んで、あっという間に学校は再開して。

 呆気なく始まった新学期。夏休みにあれだけの冒険をした私のことを、きっとこの教室の、誰も知らない。

 日常は、終わらない。私のちっぽけな悩みにも、小さな少女の計り知れない悲哀にもお構いなく、世界は廻る。



 世界を終わらせなかった神様へ。


 私は多分、生きていくのだと思う。

 終わらない世界の中で、迷ったり、怒ったり、焦ったり、泣いたりしながら、それでも生きていくのだと、思う。

 それは多分、そんなに絶望するほどのことじゃなくて。諦めるほどのことじゃなくて。

 霞みがかっていた視界が晴れて、私は少しだけ、そう気づけたような気がする。


 あの旅の最後に、剥がしてもらった薄皮。私を守るものは、私を塞ぐものは、取り払われた。

 だから、触れよう。ありのままの、醜くて、美しい、この世界を、受け入れよう。

 少しずつ、そうやって、歩んでいこう。


 それを気づかせてくれたカミサマへ。

 世界を終わらせなかった、カミサマへ。

 小っちゃくて可愛い、大好きなカミサマへ。


 ありがとう。



 私の手元にある、進路希望調査。

 あなたの日常まいにち平和しあわせでありますように、って願いを込めてつけられた、私の名前。

 月明かりの教室を思い浮かべながら、その下に書き込んだ第一志望。


 例えば、例えばいつか、私が教壇に立った時。教室の真ん中に座る、金髪の、ブレザーを着た元気な少女が、いつかみたく私の名前を呼んで。



 終わりなき日常の中で。どうしようもなく平坦な戦場の中で。

 カミサマのことを思いながら。お兄ちゃんのことを思い出しながら。


 私は生きていく。

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世界を終わらせなかったカミサマへ 蒼舵 @aokaji_soda

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