第24話 リスタート(渡部想太)


 卓球部は大会が近いわけでもないのに、気合を入れて練習に打ち込んでいる。僕はその練習が終わるのを体育棟のエントランスに置かれているベンチに座って待っているのだが、玄関から見える外の景色はとうに夜闇に包まれていた。まだ遅い時間ではないが、二月の日は短い。元々寒い季節なのに日が落ちたことによりその寒さは増し、十分に暖房が効いていないエントランスはその寒さに侵食されていた。僕は寒さに耐えるため身体を縮こまらせている。


 そうしていると、何人もの女子がぞろぞろと一階に降りてくる。卓球部の部員である。部員たちは一階に降りるとそのまま更衣室の方へ向かい、シャワー室で汗を流し、制服に着替え終わった者から出てくる。いくつかの部員グループが楽しそうな会話をしつつエントランスを抜けていき、底冷えする外気に包まれながら帰宅してく。


 その中には〝全中四天王〟の四人も含まれている。四人の女子は一塊となり、雑談しながら体育棟を出ていき学生寮へと帰っていく。


 その光景を見て、そういえば、と僕は思った。僕は四人が一堂に会するところをあまり見たことがない。もしかしたら今日の部活が初めてだったかもしれない。四人は以前から僕と知り合いであったが、その関係を持っているシーンはそれぞれ違っていたので、一緒にいるところを見るのは新鮮であった。


 果たして個性的な彼女たちは、四人集まるとどのような会話をするのだろう。当然男子である僕とはしないであろう話題になっているはず。それはそれで気になるのだが、残念ながら今の僕は待っている人がいる。そのため、僕は彼女たちに声をかけることなく無言で見送った。


 それから数分が経過した頃、ようやく僕の待ち人が姿を現した。門脇さんである。卓球部の部長である彼女は、部員たちが去ったあとの第三トレーニングルームの戸締りをし、体育棟の教務室に鍵を返していたので、更衣室に向かったのは最後であり、当然出てくるのも最後であった。


 そんな門脇さんと一緒に行動をしていたのか、傍らには成瀬さんもいる。僕は二人の姿を見つけると、徐に立ち上がり二人のもとへ向かった。


「お疲れ様」


 僕は掴みとしてそう挨拶をした。すると彼女たちは一斉に僕の方を見て顔を綻ばせる。


「どうしたの? こんな時間まで」


「いや、ちょっと話したいことがあったから」


「じゃ、アタシは先に出るよ。えみ、校門のところで待ってる」


 門脇さんの問いかけに、僕はやや緊張気味に答える。するとそのやり取りを見ていた成瀬さんは、唐突にそう言い残して立ち去ってしまった。僕が門脇さんに想いを寄せていることは成瀬さんも知っている。だからこそ、空気を読んでくれたのだろう。中性的で男前なところはあるけど、やっぱり彼女は姉御肌だ。さりげなく気遣いをしてくれる。僕は内心成瀬さんに礼を言った。


 そんな成瀬さんが作ってくれたチャンスを無下にするわけにはいかない。僕は改めて門脇さんと向き合う。


 門脇さんは暖かいシャワーを浴びてきたのか、肌はほんのりと紅潮しており、髪も汗から開放されて本来のしなやかさを取り戻している。その姿はどことなく艶やかであり、僕はその美しさにしばし見蕩れてしまった。


「話って、何かな?」


 話があると言っておきながら無言でいる僕を不思議に思ったのか、門脇さんは微笑みながら尋ねてきた。またその笑みが艶然としており、より一層僕を虜にしていた。


「えっと、話ってのは……」


 ここまできてこんなことを明かすのはどうかと思うが、実のところ僕は話す内容を全く決めていなかった。というのも、彼女の依頼でもある〝全中四天王〟を部に引き戻す案件は、今日をもって完遂してしまった。僕の好きな女の子はその件で僕に話しかけたので、これまではその大義名分があったからこそ、僕は気さくに声をかけることができたのだ。


 しかし用件を済ませてしまった今では、彼女に話しかける口実がなくなってしまった。そんなことを気にせずこれまで通り話しかければいいとは思うのだが、これまで好きな女の子に話しかけることすらできなかった草食系な僕が、口実なしに声をかけるのは困難であった。


 だからこそ僕は、以前の関係に戻ることを恐れた。


 ただの同級生に戻ることを、恐れた。


 この想いを今何かしらのかたちで伝えなければ、僕たちはここで終わってしまいそうであった。だからといって今ここで告白をしたところで、僕は門脇さんの好感度を十分に上げたとは言えず、受け入れてもらえるとは到底思えない。


 少なからず僕に対して好意的になったとは思うが、それは所詮彼女の依頼という補正があったからであり、僕を異性として好意を抱くまで発展していないと思われる。そのことを、僕自身が自覚していた。


 こういう事情のため、僕は彼女を呼び止めたのだ。


 でもまだ告白するタイミングではない。


 よって、僕は話の方向性を見失った。


 それでも、僕はこの想いをどうにかして伝えなければならなかった。


「えっと、あれだ。ほら、全員揃ったってことは、これから一緒に練習して、他校との練習試合とかしたり大会に出場したりするんだろ」


 僕は気恥かしさを紛らわすために明後日の方向の虚空を見つめながら、思いついたことを並べてみた。しかしそれは思わぬ奇跡を呼び、僕は活路を見出した。


「だからその、試合になったら応援しに行くよ。それに何か手伝えることがあればなんでも言ってくれ。それで連絡しやすいよう、連絡先、教えてくれないか?」


 そして僕は高鳴る鼓動を無視しながら視線を戻し、制服のポケットから徐にスマホを取り出した。


「うん。いいよ」


 僕の話を聞いた門脇さんは、穏やかに微笑みながら自分のスマホを取り出す。そして僕たちは連絡先を交換した。想い人の連絡先を聞き出せるなど、片思いしている人にとっては大きな前進である。


「これからも、よろしくね」


「ああ」


 こうして僕は、改めて門脇さんと確かな繋がりを得た。


「それじゃあ、成瀬さんを寒い中待たせるのも悪いから、もう行きましょう。渡部くんも電車通学だから、一緒に駅まで帰ろう」


 僕は二つ返事をし、門脇さんと一緒に帰路についた。


 これから彼女たちは、全国の頂点に挑む。伝説を従えた卓球部は新たな伝説となるだろう。


 そこには数多くのドラマが生まれるはずである。ただ本格的な卓球経験はなく、そもそもこれまでの人生の中で積極的にスポーツに打ち込んだことのない典型的な文化系である故、僕が委曲を尽くして彼女たちのドラマを物語ることは、残念ながらできそうもない。だからこそ僕が語れるのは、個性的ユニークな最強チームの結成秘話であるここまでだ。


 恐らく今年の夏は忘れられない夏になると思う。まだなにも始まってはいないけど、僕には不思議とそんな予感がしていた。


 門脇さんに告白するのは、全てが終わってからにしよう。その方が練習や大会に集中することができ、迷惑にならないと思う。


 だからそれまで、今日からの約半年間、僕は彼女たち、ひいては門脇さんを見守っていこうと考えているのであった。




〈了〉



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ユニーク 杉浦 遊季 @yuki_sugiura

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