エピローグ

第23話 リスタート(卓球部)


 先程〝全中四天王〟全員が過去の騒動について和解をした。だが卓球部はまだロードワークから帰ってきておらず、部長である門脇さんと話をすることができずにいるため、完全な解決というわけではなかった。そこで僕たちは卓球部の面々が戻ってくるまで身体を休めながら駄弁を弄していた。


「ところで、不動さんの『絶対に負ける相手』っていうのは、番匠のことでいいのか?」


 その一幕にて、僕は床に座り込んでいる不動さんにそう尋ねていた。


 番匠は直江さんに負け、直江さんは黒木さんに負けた。そしてその黒木さんは不動さんに負けた。となると、不動さんを負かせられるのは番匠ではないだろうか。


「そうだよ。ボクは風香には勝てない。ボクには風香のスマッシュを打ち返せる要素が全くないんだ」


 そして不動さんはすんなりそう答えてくれた。曰く、攻撃に重きを置く不動さんは、防御に関しては並みであるらしい。そのため後陣にて行う防御技は、できないこともないが所詮付け焼刃でしかないそうだ。それ故番匠のスマッシュを防ぐことができないとか。


 番匠に勝つには、後陣で戦えるスタイルであり、更にそのスタイルに高い技量を必要とし、加えて番匠に次を打たせない工夫をしなければならないのだ。不動さんにはその三つの要素がないため、番匠から点を奪うことがかなわないとのこと。


「なら、そうすると、番匠の『勝つか負けるかわからない相手』が、会長になるってことか?」


 勝つか負けるかわからないということは、勝つときもあれば負けることもあるいうことだ。必勝ではないが、必敗もしない。つまり互いに接戦となってしまうのだ。


「そう。ワタシと風さんは、どちらが勝つかはやってみないとわからないわ。打球予測で無理やり風さんのスマッシュを打ち返してしまえば、反射された自分の勢いに反応できずに失点するもの。でも半分くらいは力技で押し切られてしまうわ」


 僕の疑問に、足を組んでパイプ椅子に座っている黒木さんが答えてくれた。


「じゃあ、直江さんと不動さんが、互いに『勝つか負けるかわからない相手』ってことだな」


「ええ、そうよ。私の精密打球も通用するし、真理菜さんのフェイントの打球も通用してしまう。私と真理菜さんの試合は、ノーガードでボクシングしているようなものよ」


 僕は不動さんに尋ねたつもりだったが、答えてくれたのは壁に寄りかかっていた直江さんであった。こちらから問いかけたわけではなく、あくまで直江さん本人が会話に介入してきたので、直江さんの態度は別段不機嫌そうではなかった。珍しい。


「結局のところ、『勝つか負けるかわからない相手』ってのは、双方能力が効いてしまうんだよねー」


 そしてピンポン玉を弄んでいる番匠がその話題を締めくくった。


 丁度そのとき、第三トレーニングルームの扉が開かれ、ロードワークのため出払っていた卓球部員たちが入室してきた。しかし彼女たちは室内に誰かいるとは思っていなかったのか、僕たちを見た瞬間意表を突かれたかのようにびっくりとした表情を見せた。そして自分たちが見た人物が〝全中四天王〟であることを認識すると、驚愕のあまりその場に立ち止まってしまった。


 まるでヘドロのように入口付近で詰まった人の流れであるが、後続に押し出されてぞろぞろと中に入ってくる。そして最後に入室してきた門脇さんと成瀬さんは、僕たち五人の存在を視認するやいなや、穏やかな微笑みを浮かべた。


 門脇さんは部員たちにウォーミングアップとしてラリーするよう言い渡すと、指示された部員たちは第三トレーニングルームに展開されている卓球台へ向かい、打ち合いを始めた。その間門脇さんは僕たちを呼んで集め、練習の邪魔にならないよう隅に固まった。


「皆、戻ってきてくれたんですね」


 門脇さんは一度部を離れた四人の顔を見て感極まったのか、微笑みながらもその瞳は潤んでいた。門脇さんは〝全中四天王〟の復帰を一番に願っていたのだ。それが叶った今、その嬉しさが雫として実体化しようとしていた。


「その前に、大事な話があるわ」


 しかし素直に喜んでもいられない。何故なら門脇さんに、卓球部の過去の騒動についての真実を語らなければならないのだ。門脇さんが傷つきそして苦心したことが、実は黒幕によって仕組まれた虚構でしかないことを教えなければならない。そしてそれは門脇さんを更に傷つけるものでしかないのだ。


 だが避けて通ることもできない。これからチームを組むのだから、なあなあにしたままではいけないのだ。


 黒木さんは過去の真実を語る。ただ部活動中であり、現在は練習の時間を割いているので、要点をまとめた簡潔なものになってしまった。しかしそれでも伝えなければならないことは伝わったのか、門脇さんの表情から笑みがスッっと消えていった。


「アタシは別にいいけどね。ほら、アタシは面倒なことに巻き込まれたくないって思っていたから、あのときは我関せずの中立だったじゃない。だからあのとき本当は何が起こったのかとかは、正直アタシは気にしないかな」


 門脇さんの傍らにいる成瀬さんは、さばさばとした態度で答えてくれた。その超然とした対応は意外なものでもあったが、僕としては内心安堵していた。


「わたしは……簡単には割り切れないかな」


 しかし門脇さんは成瀬さんとは違う反応をした。門脇さんは表情を曇らせ、目は若干伏せられている。でもそれは当然の反応といえた。何せ真実を見直してみれば、結果的に一番傷を負ったのは、〝全中四天王〟と上級生との間で板挟みになっていた門脇さんなのである。そしてそれが策略であり奸計であったと明かされたのなら、どう反応していいのか困惑してしまうのは当たり前であった。


「その……わたしとしは、怒っていいのかそれとも許せばいいのか、……それすらもわからない」


 門脇さんは自分の思いを伝えようとするが、その思いが曖昧な状態であるため、言葉は訥々としたものとなり声が震えていた。


 だがそれでも、「でも」と言葉を続けようとする。


「わたしの一番の気持ちとしては、皆戻ってきて、また一緒に卓球ができればいいなと思っているの。この六人で試合に出たい、そう思っているの。……だから、過去のことはひとまず考えないようにします。なかったことにはしないけど、だからといっていつまでもそのことに縛られるつもりもないの。これから一緒に部活動していくなかで、少しずつわだかまりが溶けていけば、それでいいのかなって思う」


 そう述べる門脇さんの表情は変わらず曇ったままだが、伏せられていた瞳は持ち上げられ、その場にいる彼女たちを見つめた。そして最後にはぎこちないながらも曇りを取り払い、微笑みを浮かべた。


「そう。……では、これからもよろしくね」


 黒木さんは一瞬戸惑ったものの、微笑み返して手を差し出した。恐らく最初は改めて謝ろうとしたのだろう。しかし門脇さんは自分で過去のことはひとまず考えないと言ったので、それを掘り返すような謝罪はかえってわだかまりが増すだろうと黒木さんは考えたようだ。門脇さんは割り切ることはできなかったが、区切りをつけることはできたようなので、その気持ちを尊重したかたちなのだろう。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そして門脇さんは差し出された手を取り握り返した。明確に和解したわけではないが、今確かに彼女たちは歩み寄ったのだ。そして彼女たちの問題の解決は最早時間の問題でしかなく、のちのち自然に解消されていくことだろう。今後はそれを見守るだけである。


「その、皆が復帰したときに、お願いしようと思っていたことがあるの」


「何かしら。なんでも言っていいのよ」


 門脇さんの突然の頼みごとを、黒木さんは手を繋いだまま受け止めようとする。


「これから〝全中四天王〟にわたしと成瀬さんが加わった六人でチームを組むことになるけれど、この中で一番実力のないのはわたしのはず。わたしとしては、チームの足を引っ張りたくないの。だから、わたしを鍛えてくれませんか?」


「ええ。よろしいわ。責任を持って鍛えさせてもらいます」


 きっと黒木さんとしてはどんな頼みごとでものむつもりだったのだろう。門脇さんのその頼みごとに対して即承諾した。


「よし! そういうことなら、早速地獄のトレーニングだ!」


 そしてそのやり取りを見ていたせっかちな番匠は、唐突に叫んだかと思うと徐に門脇さんの空いている方の手を引いて連れ出してしまう。


「そうね。音を上げるまで扱いてあげるわ」


 それに生真面目な直江さんが便乗した。


「お! なんだか面白くなりそう」


 更に愉快な嘘つきである不動さんがそのあとに続いた。


「それではまず、素振りでもしましょうか。千回くらい」


 そして腹黒い黒木さんが無茶苦茶なメニューを突きつけた。


「そういうことなら、アタシも付き合うぞ!」


 出遅れた成瀬さんは小走りに彼女たちを追いかけた。


「え? ええぇぇぇぇ!?」


 そして最後に引きずられている門脇さんの驚きの声だけを残して、六人の女子は第三トレーニングルームの隅から真ん中へ歩み出した。


 六人の少女は、再び集った。


 僕はその後ろ姿を見送ったあと、誰にも言わずひっそりと退室したのであった。




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