ひとちがい #25

「クッソ、何なんだ一体いったい

 腰を抜かしていた田中が、悪態あくたいきながらのろい動きで立ち上がったのを見た叶は、改めて名刺めいしを取り出しながらいた。

「大丈夫か?」

「ああ。つか、お前何だ?」

 いどみかかりそうな勢いで訊き返す田中に、叶は名刺を差し出して自己じこ紹介しょうかいした。

「探偵の叶。コイツはオマケ」

 叶がとなりの玲奈を指差して言うと、玲奈が平手で叶の背中をたたいて抗議こうぎした。

「何よオマケって! ウチのおかげで命拾いのちびろいしたんじゃん」

「そうだったな」

 受け流す叶の前で、田中は名刺を受け取ると関心かんしん無さそうにズボンのポケットにしまった。

「助けてもらった礼は言う。だが俺は探偵には用はぇ」

 田中はぶっきらぼうに告げて、薫から受け取ったボストンバッグを抱えて立ち去ろうとした。その肩を左手でつかんで、叶が引き止めた。

「待てよ、そっちに無くてもこっちにはあるんだよ」

「うるせぇ!」

 田中は声をあららげてバッグを振り回した。瞬時しゅんじに左手を引いた叶は、返す刀で右ボディアッパーを田中の腹にめり込ませた。

「うごぇっ」

 うめき声をらして、田中が気絶きぜつしている薫のそばひざいた。

「あ〜、アニキ暴行罪ぼうこうざいじゃん」

 横から意地悪いじわるそうな顔で言う玲奈に、叶はスマートフォンを取り出しながら返した。

正当せいとう防衛ぼうえいだ」

 足元で苦悶くもんする田中を見下ろしつつ、叶はメールアプリを開いて優美子のアドレスを呼び出し、今居る場所にすぐ来て欲しいと打ち込んで送信した。

「てめぇ、何しやがる」

 腹を押さえながら、それでもバッグをはなさずにゆっくりと立ち上がった田中が、ひたい大粒おおつぶあせしたたらせて叶をにらみつけるが、叶はひるまずに見返して言った。

「オマエには居てもらわなきゃこまるんだ、大人しくしてろ」

 田中はなお反駁はんばくしかけたが、叶の眼力がんりきに押されて二の句をげず、不貞腐ふてくされた様にその場に座り込んだ。

「オイ、飲み物買って来てくれよ、コイツの分も」

 叶が玲奈を振り返って指示すると、玲奈はスマートフォンに目を落としたままみぎてのひらを差し出した。

「何だよ?」

 叶のいに、玲奈は目だけを向けて返した。

「決まってんじゃん、お金」

 叶はあきがおでかぶりを振ると、玲奈の掌を軽く叩き落として言った。

「カフェ行く前にわたした金、残ってんだろ」

「ばれたか」

 玲奈は舌を出しながら周囲しゅういを見回し、離れた所にコンビニエンスストアの看板かんばんを見つけてす。その背中を見送った叶が、何かを思い出して声をかけた。

「ああ、ついでにビニールひもたのむ」

「何で?」

 足を止めて訊く玲奈に「後で教えてやる」と告げると、叶は田中の横にしゃがみ込んでたずねた。

「なぁ、何で婚活こんかつアプリに昔の相棒の名前使ったんだ?」

 意外いがい質問しつもんに、田中は少し目を見開いた。

「何でそんな事?」

 訊き返す田中に、叶は微笑と共に返した。

「別に言いたくなきゃ言わなくていいぜ、ちょっと興味があっただけだ」

 田中は顔を明後日あさっての方向に向けて言った。

きらいなんだよ、自分の名前」

「どうして?」

 叶がさらに問うと、田中は苦虫にがむしつぶした様な顔で答えた。

「どうしてもこうしてもねぇよ。大体、『田中』って苗字みょうじはそこらじゅうに居るだろ、それに『忍』って、何度女と間違まちがわれたか」

「それで、『狩野リョウ』の名をかたったのか」

 田中は無言むごんうなずくと、ほんの少しだけかたくなった右手の指先を見つめてしゃべり始めた。

「リョウと高校で会って、ギターの上手うまさもそうだけど名前の格好かっこうさがうらやましくてさ、ユニット組んでた時は名前かくして『シン』って名乗ってたけど、それもイマイチだろ。だからずっと、無理なのは判ってたけどあいつと名前を取り替えたいって思ってた。『Pearlingtact』やる時にふと思い出してさ、それだけだよ」

「つまらん理由だな」

 叶が言うと、田中は横目で睨んだものの、すぐに項垂うなだれて、地面に向かっててた。

「何とでも言え」

 そこへ、コンビニエンスストアのレジ袋をぶら下げた玲奈が戻って来た。

「はい、ビニール紐。それと、コーヒーでいいでしょ? そっちの人も」

 玲奈が自分のため購入こうにゅうしたミルクティーのペットボトルを抜いてから袋を差し出し、叶が立ち上がって受け取った。

「サンキュー」

 礼をべた叶が、袋の中からコーヒーのペットボトルを一本取り出し、田中に向けて突き出した。

「ホラ、飲めよ」

 田中は少し逡巡しゅんじゅんしてからペットボトルを受け取り、軽く頭を下げた。次に叶はビニール紐を出すと、先程さきほど薫から取り上げたナイフでふうを切って先端せんたんを引き出しながら玲奈に言った。

「ちょっと手貸してくれ」

「何すんの?」

 玲奈の質問に、叶はいまだ気をうしなったままの薫を指差して答えた。

「手首をしばる。逃がすわけには行かないからな」

「なるほど、OK」

 った玲奈と共に薫の両手首をビニール紐で縛ると、叶はナイフをほうってコーヒーを取り出した。そこへ、田中が問いかけた。

「警察、呼んだのか?」

 叶はコーヒーを開栓かいせんしながら田中の隣に戻って答えた。

「ああ、オレの知り合いのデカをな。大分だいぶ前からオマエの自宅を張り込んでたから不憫ふびんでな」

「俺を? 何で?」

 真顔で訊き返す田中に、叶は困惑こんわく気味ぎみに返した。

「オマエ、殺人現場の近くに免許証めんきょしょう落としてったろ? 気づいてないのか?」

「免許? ああ、そうだったのか」

 叶の指摘してきを受けて、田中は深く頷いた。叶はコーヒーをひと口飲んでから再び田中に尋ねた。

「オマエ、何でこの社長と会ってたんだ? しかも殺されそうになるなんて、どう言う事なんだ?」

 田中は手首を拘束こうそくされた薫を見つめて言った。

「人殺しだよ、この女は」


《続く》


 

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こぶし探偵ともちん 松田悠士郎 @IDEA_JAM

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