第5章 隼人の焦り

1.


 5月10日。昨日一日中降り続いた雨は上がり、今日は涼やかな朝となった。だが、雲ひとつない快晴に、午後の暑さはやはり初夏であることを道行く人に否応なく教えている。

「久しぶりだね、日曜日に4人で買い物なんて」

 理佐の声が弾む。ぐうっと伸びをした彼女の腹に、優菜がすかさず手刀を突き入れた。

「きゃっ!」

「うわ! なにそのかわういリアクション」

 突きを食らわせた優菜自身が驚いていては世話はない。

「クール・ビューティが台無しだね」

 るいがくすくす笑う。

「小学生か!」

 と理佐が繰り出した空手チョップは優菜に難なくかわされた。

「ふっ。槍を持たない理佐の攻撃など、すべて見切れるわ!」

「分かった。今度、思いっきり味あわせてあげるわ」

「ああ、仲間同士で戦うなんて! だれか、だれか2人を止めて」

「いや、るい、君が止めろよ」

 長谷川がるいのボケにツッコミを入れる。

 4人はとりとめのない話をしながら、街の中心にある、セレクトショップなどが立ち並ぶ地区へ向かった。

 やけに高校生らしき姿が多いことに、イベントかな、と優菜が首をかしげる。

「違うわよ。塾でしょ。そこにある――」

 と言いかけた理佐は、その塾のある建物の近くに知り合いらしき人を見つけた。

「ん? あれ? 隼人君?」

 塾の入っている建物に吸い込まれていく高校生を、塾の講師らしき背広の男性が2人、挨拶をかけながらさばいている。そのうちの1人は隼人だった。やがて、8つの眼が自分を凝視していることに気づいたらしい。ちらりとこちらを見たが、そのまま生徒へのあいさつを続けている。

「そういえば、塾講師してるって言ってたっけ」

 るいが隼人の気を引こうと手を振ったりしながら言うが、長谷川は興味を早々となくし、日曜の昼間っから御苦労さんだねぇ、と大あくび。

「あ!」

 るいは成功したらしい。隼人が近付いてきた。

「よう、お揃いで。今なら入会キャンペーン中だぞ」

「あたしらに何を学べと言うのかね?」

 と優菜が聞くと、隼人はもっともらしい顔で応じた。

「世間常識だ」

「ほう。お前からか?」

「優菜、ツッコむポイントが違う」

 理佐は会話に割り込んだ。

「お疲れ様。がんばってね」

「ありがと。じゃな」と笑って、隼人は生徒の波に戻って行った。

「さ、行こうよ。満足したでしょ」

 長谷川の提案に、理佐たちはちょっと名残惜しそうに、その場を去って行った。



「沙良ちゃん、なにしてるの?」

 ビルの陰に隠れていた沙良をみて、塾で同じクラスの友人・木造みやびが声をかける。

「え? ううん、別に」

 沙良は飛び出すと、ツインテールを揺らして一気に入口まで近づいた。

「隼人先生、こんにちわ!」

 そして隼人の返事を待たず、たったと中へ入ってしまった。

 ようやく中で追いついたみやびに捕まった。

「どうしたの沙良ちゃん? 今日はプンプン、だね?」

 その言葉に沙良が窓ガラスをちらと見やると、確かに自分の垂れ目がちな大きな瞳が今日に限ってキッと釣り上っているのが映っている。ほかの友人も訳知り顔で近づいてきた。

「そんなの決まってるじゃない。隼人先生が女の人たちとお話ししてたのが、気に入らないんでしょ」

 ああ、と友人たちが沙良を見やってニヨニヨし始めた。

「沙良ちゃんは隼人先生ラヴだもんね」

「すっごい美人が1人いたね。沙良ちゃん危うしの巻!」

「いやいやここからだよ。向こうはコレから劣化する一方、こっちはコレから昇る一方だぜ。沙良ちゃんの美貌と、発展性に期待のボデーをもってすれば、そりゃあもう」

「なに勝手に妄想してるのよ!」

 沙良はここでようやく友人たちの話をさえぎることに成功した。

「隼人先生ラヴって、みんなもそうじゃん!」

 いやいやいやいや。友人達の追撃の手は緩まない。

「沙良ちゃんの隼人先生を見る眼がもう、もう」

「うんうん! なんか思いつめた目、してるよね!」

「盛り上がってるところ悪いが、授業、始めるぞ」

 講師がいつのまにか教室に来ていた。みんなは慌てて席に着くべく散らばる。

(それだけじゃないのよ……)

 沙良のつぶやきは、講師の授業の声にかき消されるほど小さく、誰にも届かなかった。


2.


 夜前半の授業を終え、隼人はいったん講師控室に戻った。

 同僚にお疲れさんと声をかけられると同時に、携帯が鳴っていたことを教えてもらった。

 デイパックに入れてある携帯を取り出して画面を見ると、松木からのメールである。

『まだ独り会?開催のお知らせ』

 にやりとしながらメールの文面を読む。斉藤が撃沈されたので、急遽飲み会が開催される。日時は今度の火曜日、夕方5時半。

 出席、と返信したとき、別の振動が携帯を揺らした。ボランティアからだ。アプリを起動し、状況を確認する。

『火災発生 対応中』

 隼人の動悸が跳ね上がる。『火災』とは、バルディオール・フレイムのこと。奴がまた現れて、現在出動している、ということなのだ。

(落ち着け。落ち着け)

 今はバイト中。俺には駆けつける事も出来ない。できない。デキナイ。

(ちくしょう! こんなときに――)

「どうした隼人君? なにか、あったのか?」

 心配顔で近付いてきたのは、この東堂塾の塾長だ。

「いえ、大丈夫です」

「そうか? ならいいが……」

 くるみのことも話してある塾長は、やや得心せずといった面持ちで隼人の机から離れていく。

(落ち着け。落ち着け)

 もう一度自分に言い聞かせ、隼人は立ち上がる。授業の時間だ。



「以上で、今日はおしまい。宿題、ちゃんとやっておいてね」

 隼人は後半の授業を終え、控室に戻ってきた。さっそく携帯を取り出し、現状を確認する。

(まだ対応中のままか)

 もどかしさを感じながら携帯に見入っていると、生徒の声がした。

「先生、教えてほしいところがあるんですけど」

「あ、ああ。どこ?」

 授業が終わった後、生徒が個別に聞いてくるのに応対する。これも仕事だ。だが今日は、今日に限っては、それが恨めしい。

「……先生、どこか具合が悪いんですか?」

 生徒の一人が、見るに見かねたのだろう、隼人を気遣ってきた。

「ん? いや」

 大丈夫だ。そう自分と生徒に言い聞かせて、隼人は個別の質問に答え続けた。



「今日の隼人先生、なんか変だったね」

「うん。なんか、考え事してたね」

「体調悪かったんじゃない? 終わってから行ったら、顔が青かったもん。にこりともしないし」

 生徒たちが今日の隼人のことを話題にしている中、沙良は無言だった。

「もしかして、お昼の女の人にメールで振られちゃったとか?」

「うわ! 大胆な仮説だねみやびちゃん!」

 生徒たちの妄想は広がる一方にみえたが、突如聞こえた音に、それも止んだ。

 駐輪場のほうから聞こえたそれは、ヘルメットをビルの壁に叩きつけた音。

 叩きつけたのは、隼人だった。彼はそのまましばらく荒い息を吐いていたが、やがてヘルメットをかぶりなおすと、生徒たちが呆然とする前を走り去っていった。



 浅間会病院。ここは、ボランティアが提携してる、『ワケ知り』の病院だ。

 隼人はこの3階にある病室に駆け込んだ。

 病室では、理佐がベッドに寝かされていた。支部長はじめサポートスタッフにも怪我人が出て、看護師に手当てを受けている。

 優菜とるいの姿はない。聞けば、優菜は敵の攻撃をまともにくらい、体力切れで倒れて別室で寝ているという。白水晶を奪われて、その上で殺されるのまではなんとか防いだのだが、結果は一目瞭然だ。

 西東京支部は敗北し、撤退していた。フレイムに手もなくあしらわれて。

「違うわ」

 理佐が痛みに顔をゆがめながら、必死に訂正する。なおもしゃべろうとする彼女を手で制して、支部長が言葉を引きつぐ。

「敗北、とはちょっと違うかな。相手にも結構な怪我を負わせたわ。これでまた、しばらく出てこないんじゃないかしらね」

「るいちゃんはどうしたんですか? あの子も……?」

「るいちゃんも無事よ。でも、優菜ちゃんと同じ病室で寝てるわ」

 状況が分からない隼人に支部長は説明した。

 ブランシュ1人でオーガに対応していたところ、フレイムが現れた。ほかの2人が遅れて到着し戦ったが結果は先ほどの通り。

 るいは優菜の怪我を治した時点で体力切れぎりぎりで、これ以上スキルを使うことはできないと判断して病院で休ませた。夜明け前に起きてもらって、変身して治癒スキルで怪我人を治してもらう予定である。

 そして支部長は、隼人を諭す。

「もう帰りなさい。明日も朝からバイトでしょ?」

 そんなわけにはいかないと粘る隼人に、支部長の無慈悲な宣告が下る。

「あなたがここにいても、することはもう何もないわ。無事なあなたは、あなたの出来ることをして。支部長命令よ」

「……分かりました」

 隼人はしばしの逡巡の後うなずいて、優菜の部屋番号だけ確認し、部屋のみんなに挨拶をして、部屋を出た。

 くやしさと、もやもやした思いを胸に抱いて。


3.


 翌月曜日。10時の時報とともに情報番組が始まった病室のテレビを、優菜はやっとの思いでリモコンを持ち上げ消した。どうせスイーツがどうだの、あの芸能人の恋がどうだのしか話題のない、下らない番組だ。もうひと寝入りも、夜に寝すぎてできやしない。起き上がって購買に雑誌を買いに行く気力は、もちろんない。

 エンデュミオールへの変身中に致命傷を負うと、白水晶は変身者の命を守るためその力を変身者に注ぐ。おかげで死にはしない。しないのだが、物凄い倦怠感が変身者には副作用として残る。よって、一晩入院コースとなるのだ。

 優菜が憂鬱なのは、副作用のせいだけではなかった。枕元に置いた携帯。朝からまったく鳴らないそれを見つめて、優菜の顔は曇る。あいつ、なんで返信してこないんだよ。馬鹿野郎……

 その時、突然病室のドアがノックされた。来たのか?

「失礼しまーす」と入ってきたのは、隼人だった。

 なんだ、お前か。そう毒づいた自分の声に喜色が滲んでいることを、優菜は自覚する。バイトじゃないのかと問うと、隼人はベッド脇の椅子に腰を下ろしながら説明してくれた。

「ああ、今日はすぐそこでさ。休憩になったから、わけをリーダーに話して来たんだ。どう、調子は?」

「見てのとおりさ。かったりぃよ」

 隼人にベッドを少し起こしてもらう。彼の顔と体が近づき、汗のにおいがする。

「力仕事か?」

「ああ、うん。引っ越しの手伝い」

 そこからしばらく無言で見つめられる。

 なんだよ? と思わず言ってしまい後悔したが、彼は気に留めなかったようだ。

「無茶しやがって。相討ちだったって?」

「ああ、理佐がやってくれたぜ。あの女、今頃ひいひい泣いてるんじゃないか?」

 治癒してくれるような仲間、いなさそうだからな。優菜は笑ったが、隼人の顔に浮かんだ表情に戸惑う。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「いや、その……昨日は塾のバイトで、何もできなかったから、俺」

「そんなのしようがないじゃん。ていうか、お前がいたら何かできるのかよ」

 優菜は笑い、付け加える。

「そんなこと気にしてたら、るいなんて今頃切腹ものだぜ。あいつがどれだけ飲み会でボランティアをさぼってると思ってるんだよ」

 そりゃそうだと隼人が笑い、優菜も笑う。そして、また沈黙。

 突然、隼人の左手が、優菜に伸びた。

「! ちょ――」優菜は抵抗しようとするが、体がだるくて腕も早く上げられない。

 ……本当に? だるさのせい?

「あ――」

 隼人の左手は、優菜の頭をなで始めた。

「あの……ちょっと……」

 おお、やっぱりと隼人は何やら感動している。

「前々から思ってたんだ。優菜ちゃんの髪の毛って、サラサラで撫で心地がよさそうだな、って」

 よくがんばったな。ご褒美だ。そんな戯言を述べて、隼人のなでなでは続く。そしてそれは隼人の携帯が鳴るまで続いた。

「――あ、はい、いま行きます」

 隼人は携帯を切ると、優菜に言った。

「じゃ、またな」

(ばか……)

「ん?」

「早く行けよ。バイト代減らされるぞ」

 やべ。そう言って隼人はあわただしく病室を出て行った。

 10分前とは別の理由で、優菜は眠れなくなった。


4.


 12日火曜日。昼の大学構内をイッショクめがけて歩いていた隼人は、突然なにか柔らかいものにぶつかられた。後ろも見ずに隼人は挨拶する。

「るいちゃん、おはよう」

「あれ、あっさりばれた?!」

 るいはするすると隼人の前に出てくると、ぺろりと舌を出した。

「あの双子風に奇襲をかけてみたのに」

「あの生き物はもっと小柄だからさ。それに」

 そこまで言って、隼人は言葉を飲み込む。

「なに?」

「なんでもない」

「言ってよ、ねぇ」

 るいがおねだりするように見上げてくる。小悪魔風の誘惑に、隼人は耐えた。だが。

「大丈夫! セクハラ防止委員会には訴えないから」

「心を読まれた?!」

 動揺する隼人を見て、るいは形のいい眉を下げて、ふふと笑う。

「で? なぁに?」

「肉付きがいいから。るいちゃんのほうが」

「えっち」

 そう言いながら隼人をを見つめるるいの瞳に艶やかな光が増す。

「訴えるなよ! いいか、絶対訴えるなよ!」

「えーと、お笑い芸人的反語だね?」

「違う! 断じて、違う!」

 妹2人抱えた若人の未来を奪わないでください。マジで。隼人は懇願する。

「分かった。あー、今日は唐揚げ定食が食べたいなー」

「それは恐喝と言うんじゃないのか?」

「違うよ。口止め料」

 るいは笑って、イッショクへ一足先に飛び込んだ。

 混み合う食堂内でどうにか席を2つ確保してくれたるいの所へ、隼人は唐揚げ定食を2つ運んだ。

「わぁーい! 2人前、ゴチになります!」

「違うから」

 本当にこっちのトレイに箸を伸ばしてきたるいの手を払いながら、隼人も食べ始める。

「今日はあの生き物は?」

 るいが隼人の背後を見越しながら尋ねると、隼人はやや憮然とした表情で返した。

「ひどいな、生き物なんて。あと、別に俺のオプションじゃないから」

「生き物って言ったのは隼人君じゃん」

 るいが柔らかそうな頬を膨らまして、ぷーとむくれる。

「ほかの人とお昼食べるから、だってさ」

 あ、振られたんだ。るいの返しの一言は、隼人には意味が分からない。

「? 振られた以前に、始まってすらいないんだが」

「あちゃー」

 なにやら難しげな顔でブツブツるいがつぶやくが、隼人には聞こえない。やがてるいは、ま、いいかと言って隼人に爆弾をぶつけにきた。

「髪の毛フェチなの?」

「……なにをおっしゃってらっしゃるのかさっぱり」

「だって、優菜になでなで、してあげたんでしょ? サラサラで撫で心地がいい、とかいいながら」

「いつ聞いたの、それ? それから、フェチじゃないから」

 意外そうな顔をして、るいの追求は止まない。

「さっき聞いたんだよ。今日はもう帰っちゃったけど。ほんとにフェチじゃないの? 妹さんにもなでなでしてたじゃん」

「そりゃ、妹だからだよ」

 るいは納得しない。

「優菜、怒ってたよ」

「あー、やっぱりナデナデはまずかったか。子ども扱いにとられたのかな?」

「いや、そうじゃなくて」

 また眉間にしわを寄せてるいがブツブツとつぶやく。今度は乙女心がどうとか以外はやっぱり聞き取れない。

「理佐ちゃんは?」

 隼人は無理やり話題を変えた。

「今日はそういえば見ないな」

 るいの答えはそっけない。そして、第2の爆弾投擲。

「気になる? 理佐もまんざらじゃなさそうだけどなぁ」

「……前にも言ったけど、他人の彼女に興味はないよ」

 へぇ、と今度は興味深げなるいに、隼人はあることを思いついた。

「ところでさ、理佐ちゃんじゃないけど、君、俺と飯食ってて、彼氏に怒られないの?」

「大丈夫。彼、学外の人だし。そんなことで目くじら立てるような人じゃないから」

 ちなみに、リサカレはまた旅行中らしいよ。狙うならいま!

 そんなことをさらりとのたまう眼の前の女の子に、隼人は苦笑いで返す。すると、

「私も聞いていい?」

 るいはそう前置きして切りこんできた。

「隼人君のモトカノって、どんな人?」

「……そんなこと、聞いてどうするの?」

 たちまち警戒感を露にする隼人に、るいはいたって明るく説明してくる。いろいろと物怖じしない性格のようだ。

「るいのカレシの話してあげたんだから、交換条件だよ?」

「学外の人、だよ。歌が上手で、料理が下手で、保育士になりたくて短大に通ってた人」

「ふーん。くるみちゃんの入院がきっかけ、なの?」

「ああ。『わたしと妹、どっちを取るの?』って聞かれてさ」

「あちゃー、それを聞いちゃいますか」

 さすがに気まずげに、るいは黙って昼食の残りを平らげ始めた。隼人もこれ幸いと飯を掻きこんで立ち上がる。

「ん? ああ、今日もヤボ用?」

「うん、そう。ヤボ用」

「そか。あ、ごちそうさまでした。またね」

 笑顔で手を振るるいに同じく手を振って、隼人はヤボ用へと向かった。



 夕方、隼人が支部で一仕事終えて、控え室で休憩がてらゼミの発表準備のための内職をしていると、理佐が来た。

 挨拶を交わし、理佐はかばんからファッション系の雑誌を出して読み始めた。しばらくそのまま控え室は無言に満ちていたが、チラ見した理佐のいでたちに違和感を覚えたので、思い切って聞いてみることにする。

「あのさ、理佐ちゃん、ちょっといいかな?」

「ん?」と理佐が雑誌から顔を上げた。

「その服って、俺が始めて理佐ちゃんと会った、というか駐輪場で倒れてた時の服?」

「え? ああ、うん、そうよ」

 理佐が自分の服を見ながら記憶を手繰り、肯定する。

「あの時、服にかなり破れがあったとおもうんだけど」

 と隼人が疑問を述べると、理佐は、ああそのことねという顔で隼人に教えてくれた。治癒スキルでついでに直るのだと言う。治癒というより修復スキルとでもいうべき代物のようだ。

「ご都合主義的だな」

「わたしに言われても」

 再び部屋に沈黙が満ちるより早く、今度はちょっとためらいがちに話しかけた。

「……あのさ、理佐ちゃん」

「うん?」

「また旅行に行っちゃったって聞いたけど、その、彼氏が」

「何で知ってるの?」

 当然の反問を理佐が、少し顔を赤らめながら返してくる。るいが話してくれたことを言うと、理佐はご心配なくといった表情になった。

「もう帰ってきてるんじゃないかな」

 と言うか言わないかのタイミングで理佐が携帯に出た。彼からの帰着メールらしい。

(なんというか、本当に絶妙のタイミングでかけてくるよな、彼氏)

 隼人がそう考えていると、警報が鳴った。出動だ。隼人がキャップとサングラス、通信機を装着していると、理佐が返信を打ち終わり、白水晶を取り出した。

「変身!」

 白い光が白水晶からあふれ出し、それは理佐の真上に大きな雪の結晶を成す。結晶はそのまま足下まで急降下し、理佐の髪を白く、瞳を紫に変えた後また急上昇し、エンデュミオール・ブランシュのコスチュームを形成して消えた。

「よし……なに見てるの?」

「あ、いや、綺麗だな、と」

 理佐の変身に見とれた隼人の言葉に、ブランシュは冷ややかなまなざしで応える。

「どうせ、ほかの子にもそうやってお世辞言ってるんでしょ」

「はっはっはっ。理佐ちゃんが一番だけど、みんなきれいだよね、変身シークエンス」

「まったく、あなたって人は……」

 ブランシュは頭を振ると、屋根伝いに現場へ向かうべく、控室から屋上への直通階段へと駆けていった。

(こうやって裏方やるのも、この子達と一緒に闘ってることになる、よな)

 隼人も出動のために控え室のドアを開けながら思った。それとなく、納得行かない自分に言い聞かせているのを歯がゆく思いながら。

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